目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

閑話 獣二体のとある独白


 ◇◆◇◆◇◆


 初めて見た時は、なんとも弱々しい小娘だと思った。


 怒りを向ける矛先も分からず、怒りを行使する肉体は貧弱で、怒りを制御する精神も未熟。


 自分が宿るに足る憤怒を胸に秘めている事だけは認めても、それ以外何もかも足りていなかった。


 それでも一応宿主に対する義理立てで、



“怒れ。もっとだ。もっと深く怒れ! お前の大切な者共を踏みにじったモノに。理不尽な今にっ! 世界への圧制を強いる神族にっ! 痛みを、憎悪を、悲嘆を、怨讐を、自らに刻まれたそれらを、怒りと共に燃やし叩きつけろっ! ……神族、滅ぶべしっ!”。



 我が片割れの残留思念。その囁きによる怒りの増幅。気に入らんやり口だが一度のみ許容し、我が力を振るい宿主の命を救った。


 例え偽りの憤怒が芽生えようと、それを誰かに向ける方法も力もなければどうしようもない。


 宿主がここを生き延びれば、死者達を弔い穏やかな余生をという道もある。或いは失意のまま死んでいく道もあったが、それもまた一つの選択。


 どのみちこの年端も行かぬ宿主が、憤怒と憎悪の当てなき復讐の道を行く事はない……筈だった。



『あらあら。……近くで大罪の兆しがあったから来てみれば、妙な事になっているようね』



 俺がいずれ顕現し、溜まり溜まった憤怒を叩きつける相手。闇を司る神族の一柱。ジャニスと出会ってしまう事さえなければ。


 神族なぞ見るだけで怒りが募る。我が牙を突き立ててやりたいが実体はなく、宿主との繋がりが弱くては姿もまともに見せられず、出来る事と言えば宿主を見守るのみ。





 それから、宿主は幾つもの死線を、痛みを、苦しみを越え続けた。


 偽りに近い神族への憎悪と、それに覆い隠された自らへの尽きぬ憤怒を抱え、僅かにあった勇者の素養を鍛え歩み続けた。



「アナタ…………何者?」

「これを見たら分かるでしょ? わたしは…………勇者」

「それは奇遇ね。ワタシもよ」



 正当なる勇者に一矢報い、



“こんな……こんな筈はないっ!? 何故宿主が目を覚ましたっ!?”

「何が問題? 無理やり悪夢を見せて力を吸い上げていたお前との繋がりが断たれたから、こうして目を覚ましてやってきただけの事。……夢の中で目を覚ますというのも変だけど」



 我が片割れの巨人を討ち果たし、偽りの憎悪から解放された。そして、





『その上で問おう。我が宿主よ』

「……何?」


 ベッドで上半身だけ起こす宿主……アナに対し、俺は静かに問いかける。


『本当に良いのか? 今のお前なら、俺を切り離し平穏に生きる道もあろう』

「もう、決めた事。わたしは……


 アナはこれまでと違う、どこか穏やかさすら感じる声音でそう返した。


「無理やり駆り立てられる神族への憎悪はもうない。でも、わたし達をこんな目に遭わせた誰かには絶対報いを受けさせる。……それに、どこまで行ってもわたしは自分自身を赦せない。だから」


 そう言ってアナは俯いていた顔を上げる。


 その瞳には力が宿っていた。これまでの荒ぶるだけの憎悪でなく、自らを燃やし続けながらも静かに練り上げられた決意と憤怒が。


「勇者になり、必ず討つべき仇を探し出し報いを受けさせる。そうしてやっと……。その為にも次の試合……必ず勝つよ」

『……よかろう。お前と俺の目的は一部合致している。自ら安寧の道を棒に振るのならそれもまた良かろう。故に』


 俺はニヤリと牙をむき出し、軽く唸り声を挙げて笑う。


『その胸に憤怒を宿しながら、燃え尽きるのでなく先を生きる為戦う者よ。この憤怒の牙を好きに使うが良い。俺はその道行きを見届けよう』

「うん。そうする」





 ◇◆◇◆◇◆


 初めて会った時は、こりゃなんとも妙な事になったと思ったね。


 “…………バセ。……テヲノバセ”。


 “手を伸ばせ。もっと、もっと先へ。己が身を、魂を、命を燃やし、全てを糧として、手を伸ばせ。望め…………そう。神族、滅ぶべ”。


『うっせえええっ!』


 深層意識から神族への憎悪を囁く残留思念を追っ払い、オレ様は初めてライの前に立った。


(ああ。やっぱりか)


 鮮やかな赤毛でツンツンした髪型。どこか勝気な雰囲気。見れば見るほどガキの頃のに似てる。


 どこか懐かしさを想いながら、オレ様はライを叩き起こした。


『や~っと目を覚ましたか。まあ正確にはここは現実の一歩手前みたいな所なんだけどね!』

「…………子猫?」

『立派な雌獅子だってのっ!? 傲慢の獅子って呼ばれてるにゃ~!』

「やっぱり猫じゃないか!」


 そんな軽口を叩きながら、オレ様は頭をフル回転させる。まず目の前の小僧の事。そして今のオレ様の姿の事。


 そして、そこから導かれる結論は、



『すぐに分かるさ。にしても……ふわぁ。このオレ様がこんな姿になるなんて、当代の宿主はとんだへっぽこらしいにゃ~』

『良いかにゃ? オレ様の姿は宿主の持つ力によって変化する。オレ様が子猫の姿に見えるって事は、あんたもまだまだ成長してないへっぽこって事。お分かりぃ? や~いへっぽこ~!』



 ひたすらにライを煽る事だった。


 褒め過ぎてはいけない。今に妥協しないように。


 認め過ぎてはいけない。今に満足しないように。


 貶し過ぎてはいけない。未来を諦めないように。


 導き過ぎてはいけない。未来を自分の力で切り開けるように。



『あのさぁ。宿主さん。あんたは自分の手の届く範囲って奴をきちんと自覚する所から始めた方が良い。……少なくとも、先代宿主のバイマンはそれが出来てたにゃ』



 そう。アイツはそれが出来ていた。


 何度も痛い目を見て、大切な物を失って、それでも、不遜にも天に向けて手を伸ばし続けた。


 出せるヒントはここまで。後は自分で頑張りなと、オレ様はライの精神が浮かび上がるのを高笑いして見送った。


 そして再びライとの繋がりが強くなり、ちょいとオレ様のスキルについて手ほどきし、ついでに突っかかってきた坊やとの喧嘩を軽く揶揄いながら見守ったその日の夜、





『へぇ~。これは驚いた。まさか最初からそんな高評価だったとはなぁ。“傲慢の獅子”』

『悪いかにゃ? オレ様は見る目がある方なんだぜ? それは先代宿主バイマンの頃からな~んにも変わってないね』


 オレ様は目の前の野郎。いけ好かない神族の中でも一際いけ好かなくて、それでいて神族の中で一番ウマが合って、。七天主神ブライトと神族の間で宿主が寝てる間に密談をしていた。


『バイマンもオレ様の見立て通り大成したが、。奴こそ世界のシステムである勇者じゃなく、素養だけ持つ勇者候補でもなく、いずれ純粋なヒトの英雄となりうる器にゃ』

『ほぉ。そこまでかよ。ライから聞いた限りじゃ一貫して散々な言いようだったらしいが?』

『愛でて甘やかして懇切丁寧に教えてたんじゃ効率が悪い。そしてライは叩けば叩くほど伸びる。それも譲れない物が身近にあるから尚更に。……バイマンと同じにゃ』


 大きな果実を小さな体で抱え込みながら齧っていると、ブライトはふと気づいたように尋ねてきた。


『そういえば、その姿の事も黙ってて良いのか?』

『ああ。下手に調子に乗ったら困る。だからオレ様ももう少しの姿に甘んじるにゃ』


 大罪の獣は基本サイズや力の大小はあれどの姿で現れる。これは宿主の力と連動するスキルだからだ。


 例外は自分の意思で姿を変える場合ともう一つ。宿


 あの時未熟へっぽこと言ったのは間違いじゃない。だがそれはオレ様が子猫になる程の伸びしろがあるという事でもある。成長が楽しみでない筈がない。


『……で? もうすぐジャニスの勇者候補とやり合うんだが……お前さんはどっちが勝つと思う?』

『考えるまでもない。ライが勝つさ!』


 オレ様がそう自信たっぷりに言うと、ブライトはどこか興味深そうにこちらを見る。


『そうかぁ? 俺は将来的にはともかく今はまだ向こうが勝つと思うぜ。まあ善戦はするだろうから、手の内を知れたこっちの勇者ユーノが後日正面からぶっ潰して終いだ』


 まあその読みも悪くはない。いずれはバイマンを超える傑物だとしても今はへっぽこ。完全ではないとはいえ勇者の力を振るえる上、オレ様と同じ大罪スキル持ちとぶつかっては少々分が悪い。だが、


『分かってないな七天主神様。相手が勇者候補だろうが、大罪スキル持ちだろうが』


 プッと口に残った果実の種を吐き飛ばし、オレ様は当然の事を口にする。


『このいずれ最強になってお前ら神族をぶっ潰すオレ様が見込んだ男だよ? それが最強に成れない筈ないし、そんな相手程度に後れは取らないよ! ……まあいざって時に少しだけ伸ばした手を掴むくらいはしても良いけどにゃ!』

『……ククッ。ハハハハハハハっ!』


 すると何かツボに入ったのか、ブライトは思いっきり腹を抱えて笑い、


『ハハハハハ…………はぁ笑った笑った。最近笑えるような面白い話に事欠かなくて助かるな』

『それは結構なこった。じゃあオレ様そろそろ行くにゃ。あんまり宿主の傍を離れちゃまずい』


 そう一声かけて出口へと歩きだすと、ああ最後にとブライトが呼び止めてきた。


『そういえば結局聞いていなかったな。ライを見た時のお前さんの第一印象を教えてくれよ』

『第一印象? そんなの、決まってんだろう?』


 オレ様は最後に大きく尻尾を振って、たった一言返事をして退出した。





『“一目惚れ”。今はまだその素養と未来にだけだけどにゃ!』



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?