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そうですねぇ。彼を見つけたのは本当に偶然でした。
とある世界から少し面倒な案件を受け、どうしたものかと悩んでいた時の事。
実を言うと、彼の前にも候補者は何人か居たんですよ。ただその……誰もかれもちょっとアレな方ばかりでして。
やれ異世界転生なら望んだチートを寄越せだの、俺TUEEEさせろだのハーレムでウハウハだの。どうもお仕事そっちのけでやらかしそう……というか、ワタクシがお断りした後別の担当が送った異世界で皆様やらかして自滅したとかなんとか。
そんなこんなでうんざりしていた時、何の気なしに下界を眺めていて、偶々素養があった彼を見つけて何となく手を差し伸べた。ただそれだけなんですよ。
『おめでとうございま~す! 灰谷開斗様。貴方様は……えっと、そう! 厳正な抽選の結果、見事他の世界への転生権を獲得いたしました! これで来世はバラ色間違いなし! よっ! 大統領! イエ~イっ!』
最初に彼と会った時の印象は……
ワタクシが初対面でおちゃらけた態度で話すほどに、彼の精神は強靭かつ無残に見えました。
ちなみに最初の挨拶は半分嘘。抽選などしていません。強いて言うなら
ただここまでズタボロの魂ならば、彼が望むなら本当に言葉通り何らかのチートを持たせてバラ色の来世を歩ませても良いかなぁと少しは思っていましたとも。……まあ、
「願い……いや。特に思いつかない。強いて言うなら今のまま生き返らせてほしいというのが願いかな」
『左様ですか。ならば楽して無双するベリーイージーの来世を捨てる代わりに、現世に戻るためだけに難易度ベリーハードのご依頼を受ける覚悟、ございますか?』
最終的には転生ではなく転移の形になったのは驚きましたが。……これくらい今の人生を諦めない気骨のある方が多いと色々助かるのですがねぇ。
それからというもの、彼と共に案件の世界に飛び込んでからは日々大忙しでした。
着いて早々勇者が大ピンチですし、それをお救いしたと思ったら早速次の危機。勇者を守るべく彼にお渡ししたスキル『予言システム』があっても覆す事の難しく、この温厚なワタクシでも口汚く罵りたくなる危機の連続。
要警戒対象である神族のブライト様はやけにフッ軽だし、ジャニス様はどう考えても胡散臭さと裏切る気がプンプンだし、正当な勇者とは別に勇者候補なるアナちゃんが出てくるし。
おまけになんですあの大罪スキルってっ!? アレ根本は勇者と同じ
トドメに頭を悩ませるのは、彼に知らない内に与えられていたもう一つのスキル『試練システム』。誰が与えたのかは当たりが付いています。大方“世界”からの一方的な押し付けでしょう。こちらは良い迷惑です。
人工的に英雄を生み出すこのスキルは、持ち主が試練を超える度に強化されていく。しかし、それは表向きのものに過ぎません。
その真の意味は、
ワタクシはその事を最も危惧していました。彼もその影響を受け変質してしまうのではないかと。
……ですが、ある意味その方が良かったのかもしれません。
降ってわいた力に溺れず、やるべき事を忘れず、どこまでも真摯に勇者を、そして子供を守り続けるその在り様。
それは摩耗した鋼鉄。或いはひび割れた金剛石のよう。単体で見れば間違いなく強い筈なのに、ほんのちょっとの衝撃で砕けてしまうのではないかと思わせる脆さ。
強さと弱さを孕んだ彼は、ただ正気のままに狂気の如く、自らの身を省みず他者を救おうとします。
自分の命に価値を見出せず、自分を許す事も出来ず、夢も希望も生き甲斐もなくし、ただただもう目の前で誰も傷ついてほしくないという気持ちだけで自らを突き動かす。
それが……ワタクシには少し悲しい。
「……ふぅ」
『おっ!? お疲れですねぇ開斗様。どうです? ご用命とあればアナタのプリティな使い魔であるワタクシが身体をお揉みしますが?』
「そうだね……じゃあ頼もうか! 自分でも時折解してはいるんだけど、どうしても背中周りがね」
『かしこまりました!』
ジャニス様の拠点……実は聖都で最初に泊まった“輝ける栄光亭”の一室を無断改築していた……にて、ワタクシは横になった開斗様の背でトントンとリズム良くタップを踏む。
「これは揉むって言うのかい?」
『まあまあ。そこはサイズ的な問題がありまして。……どうです? 気持ち良いですか?』
「……そうだね。まあまあかな」
むむっ!? これはあんまりと言ったご様子。余程コリが酷いと見えます。もう少し激しめの方が良さそうですね。
それからしばらく部屋にはワタクシの華麗なステップの音が響き、ようやく開斗様の顔が少しだけ安らかになりつつあった時、
『開斗様。いよいよ明日ですね』
「ああ。勝っても負けても明日が勝負所だ」
勇者の守り手たるライ君と、勇者候補のアナちゃんの試合。それはもう明日に迫っていました。
「アナの体調は出来る限り整えた。この数日さりげなく確認していたけど、あの“憤怒の狼”に精神干渉を受けている様子も見られない。これなら問題はないだろう」
『それは明日の試合……
本来のご依頼を忘れてはいませんよねという言外の確認に、開斗様は小さく笑って首を横に振る。
「違うよ。そもそもライの様子が分からないのに、必ず勝てる勝てないなんて言えるものかい。それに本来の“勇者が覚醒するまで見守る”という依頼も忘れちゃいない」
『はぁ……すると、どのように問題がないと?』
「決まっているさ。
そう言った開斗様の目には、アナちゃんへの確かな信頼が映っていた。
「命の奪い合いでないのなら、これはあくまで子供同士のルールある試合。なら大人は見守るだけ……強いて言うなら、余計な茶々を入れられないよう気を配る事が俺に出来る最後の仕事だよ。違うかい?」
『なるほど。既に準備が整っているのだから、後はど~んと構えるのみという事ですか』
「そういう事。……大丈夫さ」
そう言うと、開斗様は突然予言システムを起動し、
「
『……もぉ。その言い方はズルいですよ』
ワタクシは抗議の代わりに思いっきりギュッと開斗様の背を踏んづけた。
願わくば、いつかこの心優しい方が誰かの安寧だけでなく、自分自身の事でもこうして微笑む事ができますように。