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決戦当日


 時は正午。聖都から少し離れた荒野。そこに今回の為に建築された特設リング。その両側にて、


『いよいよだな。勝てそうかライ?』

「勝てそうかって? 勝ちますよ!」


『アナ。準備は良いかしら?』

「……うん。勿論」


 主役である二人とそれぞれを支持する神族二柱が、戦いの時を待っていた。





 時はそれぞれ少し遡る。


(いよいよだ)


 出発直前、大神殿一室にてライは軽く拳を握りしめて感覚を確認する。


 肉体面は上々。訓練の疲れはユーノの治療で万全に回復している。そして精神面の方だが、


『どうした宿主さんよ。手が震えてるぜ? まさか怖いのかにゃ~?』

(怖い? ……まあそうだな。でもそれ以上にやる気に満ちてるよ)


 半透明の子猫がどこか揶揄うように尋ねると、ライはもう慣れたもので内心だけで返事をする。


(勝てば良い。ただそれだけでユーノの事も先生とヒヨリの事も大体解決する。そして今日の為にみっちり鍛えてきたんだ。やる気にならないでどうするよ)

『ほ~ん。嘘じゃなさそうだ。ある意味その真っすぐさと良い意味で悩まない所が良い具合に働いたって感じかにゃ』

(それ褒めてないだろっ!? 馬鹿にしてんだろっ!?)

『まさか。本当に褒めてるのにゃ。緊張するより余程良い』


 そう言ってクスクスと笑う子猫をライが手で追い払っていると、


 コンコンコン。


「兄さん? もうすぐ時間だよ」

「ユーノっ! 今行くよ」


 ノックに応じてライは装備を整えた姿で扉を開ける。見た目は聖都で挨拶回りをする時に着ていた礼服を簡易にしたような物だが、より戦闘向けに仕立て直されているものだ。


 ユーノはその姿を見て一瞬息をのみ、何か言おうとしたが何も言わずに一緒に歩きだした。


 コツンコツンと廊下に足音が響く中、その様子を子猫はニヤニヤと見守っていて、遂にライ達はブライトの待つ神族の間に辿り着く。


 後はここからブライトに現地まで送ってもらうだけ。ライは扉を開けようと手を伸ばし、


「えっと……兄さん。今回の試合」


 そこで、意を決したようにユーノはおずおずと話しかけた。ライは手を止めてユーノの方を見る。


「んっ!? ああ! 任せておけって! 俺は絶対勝つから!」

「そうじゃないの。……わたし、兄さんを信じてるから。あれだけ頑張ってきたんだもの。でも……その」

「……ああ。分かってるよ」


 ライは懐からを取り出し、ポンと軽く叩いて再び仕舞い込む。


「俺も、ユーノと先生を信じてる。やれるだけやってみるさ」


 ライはそう言って心配させないようににっこり笑うと、力強く扉を開いた。





 同時刻。聖都“輝ける栄光亭”の一室。ジャニスの拠点にて。


「……行こう」

『ああ。お前の望むままに。我が宿主よ』


 いつもの黒ローブ姿の内に武装を仕込み終え、アナは黒狼を連れて部屋を出る。


 これから大一番だというのに立ち姿に気負いはなく、まるで散歩に行くかのような気楽さで歩みを進め……途中でふと立ち止まった。そこには、


「やあ。きちんと眠れたかい?」

『一見すると分かりづらいですが、調子は良さそうですかねアナちゃん!』

「カイト。それと……ヒヨリ」


 見慣れた自分のトレーナーと、一応名前を呼ぶ程度に仲が深まった超越者を見てアナの歩みが止まる。


「ジャニス様は既に準備を終えている。アナの用意が出来次第すぐ出発だよ。問題はないかい?」

「カイトに言われて睡眠も食事も済ませた。朝の瞑想とストレッチも問題ない」

『そこだけ聞くと完全に健康優良児の一日って感じですね』

「慣れた」


 アナの身体は……実の所


 肉体や精神の強度、単純な戦闘面だけで言えば、間違いなく式典襲撃時の方が上だったろう。だが、


「今日は身体も軽いし調子が良い。何より、

「……痛みがない事が本来普通なんだけどね」


 これまでアナが受けていたジャニスの調整。無理やり力の底上げをする為のそれはアナに大きな負担をかけていた。“憤怒の狼”を痛みで育てる意味合いもあったが今は調整がない。


 結果カタログスペックは下がったものの、痛みという枷が無くなった事でアナの肉体と精神には大きな余裕が生まれていた。


 しかし一瞬逡巡した後、アナはどこか申し訳なさそうに話し出す。


「ねぇカイト。これからわたしが戦う相手は、あなたの教え子……なんだよね?」

「そうだね。本格的にではないけれど、勉強や柔道を少し教えたよ。特に柔道の筋はとても良かった」

「そう……ゴメン。カイト。先に謝っておく。わたし、そいつを本気で倒しにかかる」


 そう言ったアナの瞳は、一瞬だけ以前の研ぎ澄まされたナイフのような鋭さを見せていた。


「カイトがどちらかと言えば向こうに勝ってほしいのは分かる。でも、わたしの目標はまだ先にあってここで負けるわけにはいかない。だから、勝ちに行く」

『アナちゃん……』


 ヒヨリがなんとも言えない顔をする中、開斗は少しだけ瞑目して考える。そして、


「謝らなくて良い。全力でやると良い。それが試合のルールに則ったものであるのなら、俺は仕方がないと受け入れよう。それに」


 ライはそう簡単には倒せないよと微笑む開斗に、アナはそうかもねと穏やかに、どこか年相応に笑って返した。



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