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傲慢対憤怒 二体の獣


 ドンっ! ドンっ!


 連続する衝撃音が響く。それこそは高質量同士のぶつかり合いの音。“傲慢の獅子”と“憤怒の狼”。二体の大罪の獣が、互いの牙と爪をぶつけ合わせている証だった。それと同時に、


 タタタタッ! キィン!


「……ふっ!」

「なんのっ!」


 リングを駆ける足音と、獣のそれとは違う甲高い金属音が響く。それは勇者の守り手と勇者候補。互いの刃がぶつかり合う音。


 先に攻め入ったのはアナの方だった。アナは初手の奇襲が失敗した瞬間、間髪入れずに自身が双短剣を手に切り込んだのだ。


 しかし真っ向勝負であればライも望む所。刃を落としてこそあるが並の剣より遥かに頑丈とブライトからお墨付きをもらった鉄剣で迎え撃つ。


 そして、互いに剣を交えて思ったのは、


(……真っ向勝負では分が悪いわね)

(なんて速さだ。でも……行けるっ!)


 たった一合。されど一合。


 それである程度力量差を図り、互いに次なる行動に出る。つまり、


「黒狼っ!」

『応っ!』

「逃がすかってのっ! !」

『はいはい分かってんよ~っと!』


 


 一対一では分が悪いと黒狼と合流を図るアナに対し、今の有利な状態を維持しようとするライ。リアと呼ばれた元子猫の雌獅子が爪を振るって黒狼に迫るが、


『甘い』

『うにゃっ!?』


 とぷんと影に沈んで姿を消した黒狼相手に爪は空振り。その一瞬を突き、今度はアナの影から黒狼が浮上する。


『にゃろう。影に潜ればどっからでも宿主の影に戻れるとか、ワン公じゃなく魚公だったかこらぁっ!?』

「言ってる場合かよっ!? 来るぞっ!?」


 ウオオオンっ!


 ライが叫ぶ中、浮上しながらアナを背に乗せた黒狼が咆哮を響かせる。神族の圧に似たそれは周囲へ響き、一瞬だけライの動きを縛る。


 しかし一瞬があれば懐に迫る事は容易。黒狼がアナを乗せたまま疾駆し、爪撃と上方からのアナの短刀の二段構えがライを襲い、



『承認しよう!』



 ブオン!


 それは先ほどの再現。


 ただし違うのは、攻撃を空振りしたのはアナと黒狼であり、赤い靄を纏いながら目にも止まらぬ速さで身を躱したのはライだという事。


「まさかもうとっておきを切る事になるなんて、もうちょいあっちのデカい狼を抑えてくれよリア!?」

『オレ様としてはもっとガンガン使ってくれた方が嬉しいんだけどにゃ。供物的な意味で。まあそれはそれとして……向こうも中々厄介な動きをするのよな』


 ライは大きく息を吐いてゆっくりと剣を構え直し、その後ろにリアがゆるりと四足で佇む。


「黒狼……今のは?」

『ああ。だ。宿主が望めば望むだけその肉体や技を強化し、最後には宿主の全てを燃やし尽くして天まで届かせる。手を伸ばし続ける限り届かぬモノなどないと豪語する傲慢らしい権能よ』


 警戒するアナに対し、黒狼はグルルと唸り声をあげながら説明する。


『だが傲慢の権能には弱点がある。余程精密なイメージをしない限り、どうしても無駄に力を消費してしまう事だ。普通に権能を行使していればすぐ宿主が音を上げ』


 ドンっ!


 黒狼の説明に被せるように、今度はライの方から凄まじい勢いで突っ込んだ。そして、



「三秒間。

『承認しよう!』



「これは……黒狼っ!?」

『分かってる。任せよ』


 背筋に悪寒が走り、受け太刀はマズいと咄嗟に判断したアナは黒狼を前へ。黒狼は爪撃をライに向けて振るうが、


「おおおおっ!」

『何っ!?』


 ガァンと凄まじい轟音が響き、弾かれたのは何と黒狼の爪の方。そのまま腕に赤い靄を纏わせ、追撃を黒狼に見舞おうとするライだったが、


「させない」

『避けな。毒があるにゃ宿主』

「うおっとっ!?」


 ヒュンっとアナの投擲した黒刃を一本ギリギリで躱し、続けて飛んでくる物をリアが爪で打ち払う間に、体勢を立て直した黒狼がアナを連れて距離を取る。


『なるほど。強化の時間と場所を限定して宿主の代価を減らしているのか。それなら長時間戦える』

「へへ~ん。強化のイメージには苦労したけどさ。なんとかリアが教えてくれた合言葉と組み合わせる事で実践にこぎつけたぜ!」

『理想形には程遠いけどにゃ。まあその辺りは……お前らとの戦いの中で磨いてもらうか。宿主の良い試金石になってくれよぉ?』


 どこか自慢するように胸を張るライと、こちらを宿主の成長の糧としか見ていない傲慢の獅子に、アナは油断なく目を凝らしながら思案する。


(どうやら、あの赤い靄が出ている場所と時間のみ強化されているみたい。そして力も速さもその間は段違いだけれど、発現から強化されるまで一瞬間がある。ならいくら強くても勝機はある。それに)


「黒狼。……?」

『予定より少し多めといった所か。それだけ攻撃が苛烈という事だが……使うか?』

「ええ。出来れば対勇者戦まで見せたくはないけれど、どうしてもここで勝ちきれない時は躊躇わない。今のアイツなら死にはしないでしょう」


 アナは目の前の相手を手強いと認め、切り札を切る覚悟を決める。





 こうして、勇者の守り手と勇者候補の戦いは第二局面を迎えるのだった。



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