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第59話 魔女の首魁、考察する

「はぇ!? 第3皇子様ですかぁ?!」

「ひゅっ……」

「ちょ、坊っちゃん呼吸しろ、呼吸!!」

 キルシーと共に馬車を降りてすぐに、オレはジョンの事をリリに報告した。

 リリは数日とはいえジョンと過ごしていた時間もあるし、フロイトたちはまぁその場に居るだけならそれでもいいかな、と思って。

 しかしデカいダメージを食らったのはどうやらフロイトの方だったらしく、呼吸が一気に乱れて真っ青な顔になってしまったのを慌ててヴォルガが背中を叩く。

 冷静に考えてみれば、ジョンを捕まえていったのは神殿なわけだから【聖者】というポジションだったフロイトにしてみれば他人事ではない……というか、現在進行系の養父のやらかし、って所だろう。

 本人には何の罪もないし、なんなら彼だって犠牲者なのに、気の毒な話だ。

「神殿はそんな御大層なヤツ捕まえてどうするつもりなんだぁ? マジで戦争を起こそうって話なのか?」

「ヴォルガは何も聞いていませんの?」

「まったく! そもそも、神殿内では坊っちゃんに近付く事も出来なかったからな。オレみたいな護衛役にそんな重要な話なんざ聞かせねぇよ」

「僕も、そういう事はまったく……」

「うぅん……」

 馬車の中では、まだ辺境伯とアレンシールが相談を続けている。

 辺境伯の手勢はここに居るだけじゃないだろうし、アレンシールも「私兵」と言っていたからオレたちの知らないうちに何らかの手を売っているはずだ。

 つまりはそれだけ今は切羽詰まっている状況であり、今まで国の状況を無視してただ逃亡生活を送っていただけのオレたちも無関係ではない状況、という事なんだろう。

 いや実際、冷静に考えてみるとセレニアは「やべーこと」をしていたなぁと、正直思う。

 いくら意識がなかったとはいえあれだけジョンにベタベタしてたのは、あの女がジョンの素性を知っていたからなんだろう。彼女にとっては、恋人にするならばダミアンよりもよっぽど良物件だもんな。

 その上で王都へ即座に送ったという事は、セレニアの上……神殿の上司にとってもジョンが有用な存在って事で……神殿にとって有用な存在って事は国とかを飛ばしてなんか、そういう……なんか、なんか必要なんだろう多分。

 もうわからない。というか頭が痛い。

 本当に痛いわけではないが、考える事が多すぎて頭を抱えてしまう。

「……王都に、行かなければなりませんわ」

「……そうだね」

 だが、王都にいかなければならないという事だけはハッキリしている。

 ジョンも王都に連れて行かれているというし、神殿が何かをしようとしているのならそれを阻止しなければならないんだ。

 けれどそれはそれで「まんまと」と思わなくもない。

 もしもジョンが連れて行かれた理由が「エリスたちと行動を共にしていたから」だったとしたら、王都に連れて行かれたのはエリスたちを王都へ連れ戻すために連れて行かれた、という事も考えられるから、だ。

 エリスとリリを――【魔女】を、王都に連れ戻して断罪するために。

 思わず「うぅっ」と言いたくなる推測だが、【魔女】の断罪にこだわる神殿ならやらないとも限らない。何しろ【聖者】を祀り上げて【魔女】専門討伐部隊を作る程の連中だ。

 隣国の王子様を人質にしてまで【魔女】を断罪したいのか? という疑問はあるけれど、そこまでする理由があるというのならば知るためにも王都へ戻らないといけない、かもしれない。

 けれどもしかしたら、エリスの記憶の中にあった断罪のシーンは王都に戻ってからのものもあるのじゃないだろうかと、ふと思う。

 エリスは卒業式の日に断罪が起きると書いていたが、色々と変化が起きた今はそれは確定情報ではないんじゃないのか?

 それならば、無防備に王都に卒業式以外であんなドレスを着ていかなければならない状況の時に何か、神殿がいちゃもんをつけてきて断罪へ……という可能性も考えられる。

 特に国王陛下に謁見するなら今みたいな格好で行くのは難しい。

 あのドレスほどとは言わなくても、最低限の「それなりの服」は絶対必要だろう。

「……大丈夫だとは、思うのですけどね」

 あの赤い日の夢にはダミアンとセレニアの姿があった。だが今はもう2人共死んでいるし、怖がる理由なかはない、はずだ。

 同じ日だとしても同じ人物がそこに居なければ「同じ結果」にはならないはずだ。今のリリとオレが2人揃っていてそうそう簡単にやられるとも思えないし、今ならきっと王都に戻っても大丈夫。

 そうは思うのに、なんでなんだろうか。この胸がザワザワする感じは。

 今すぐに動かなければ手遅れになってしまうような、なんだか凄く、急かされているような感じがる。

 王都に【転移】して戻るべきか? でも、それじゃあまだ途中に居るだろうジョンの馬車を見落としてしまう事になるだろう。それって。本末転倒な気もする、し……

 そもそも、なんで王都なんだ?

 王都で何かあるという、ことか?

 オレがハッとして顔を上げるのと同時に、フロイトが「う~ん」と首を傾げながら、言う。

「王都は今大変だろうに、その上で騒ぎを起こすつもりなのかな」

「どういう意味ですの?」

「国王陛下が臥せっておられるんだろう? 王子の事が心配になってしまうな」

 思わずえっ、と声が出ていて、それは黙って聞いていたリリも同じだったのか困惑顔でオレの服の裾をそっと摘んでいる。

 陛下が臥せっておられる? そんな話は、オレは聞いていない。

 もし聞いていれば両親がオレの卒業式なんかであんなに浮かれているはずはないし、オレもその事情を聞いていてもおかしくはない。

 何しろ父のフィリップの仕事は国王陛下の補佐だ。そもそも、国王陛下が臥せっている事が周知されていれば卒業式のようなめでたい式なんか行われないはず。

 という事は、極秘だった、とか?

 それか、オレたちが王都を出て、から?

「僕が王都に向かっていたのは、国王陛下が臥せって居られるからと、その治療のためなんだよ」

「あっ……そういえば、そんな話を聞いた気がしますっ」

「あぁ~……」

 そうだった……ような、どうだったかな。

 なんだか途中で聞いたような聞いていないような曖昧な話に、肯くべきかどうか悩んでしまう。

 少なくとも、オレたちの旅において気にするような事件ではなかった、という事だけは間違いがなさそうだが、フロイトにしてみれば重要なお役目ではあったんだろう。

 バルハム大司教は、そこでフロイトの【聖者】としての力を大々的にお披露目でもするつもりだったんだろうか? 国王陛下が臥せっている状況で、その身体を治癒してみせたとなれば【聖者】の地位は一気に向上したことだろう。

 それこそ、ただ【魔女】に対抗するだけの存在であるよりもずっといい待遇が受けられただろうことは想像に難くない。

 となるとやはりオレたちも王都に戻るべき、なんだろう。

 それもできるだけ早く。

 このフローラでの事がバルハム大司教の耳に入る前に――フロイトが死亡したという偽装を、大司教が知る前に。

 もしもフロイトが死亡したということを大司教が聞いて、「癒やすことが出来ないのなら」と国王に何かをやらかす前に。

「……聖者が死んだ事にするのはいい案だと思ったのですけれど、こうなると死んだことにしたのは間違いだったかもしれませんわね」

「そう、ですか?」

「えぇ。だって、もしも陛下のお身体を治す事ができるのが聖者だけであったなら……もし陛下のお身体の異常が作られたものであったとしても、聖者という存在は必要不可欠だったはずですわ」

「……あ、」

「へ、陛下のお身体の異常が作られたもの、って……どういう事ですか?」

「そのままの意味よ。陛下に動かれては邪魔な者が毒を盛ったとか……あるいは王太子殿下を城に釘付にするために仕組んだ、とも考えられますわね」

 話していて「そうだよな」なんて思ってしまう。

 国王陛下も王太子殿下も、宗教に左右されるような愚か者ではなかったはずだ。特に王太子殿下は国王陛下が誉めそやす程に聡明な方で、アカデミー時代の成績もとても良かったとか。

 当然国王陛下や王太子殿下の抱える近衛部隊も相当優秀な騎士たちから構成されているはずだから、大司教側で彼らに動いてほしくない者が居てもおかしくはない。

 そういう時、一番容易な足止めが「一番地位の高い者」か「一番年齢の高い者」を狙う事なのは定石。

 強く納得しながらも、オレは無意識に空を見上げてしまう。

 王家の問題だけ切り取ってみればオレが関わるべきはノクト家が関わっても良い範疇までであって、そこから離れた場所でコソコソすればその理由も厳しく取り調べられても文句は言えない。


 問題は、ジョンを優先するか王家を優先するかに変わりつつある。

 オレは、新しく購入してきてもらったフローリンの花があしらわれている白い靴に視線を落としながらただただ焦っているだけの自分にまた少し、苛立っていた。

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