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第101話 魔女の一味と作戦会議

 魔女の壁画を見ている限りでは、魔女たちは過去に深い海の中で何らかと戦い封印をしているのだろう、と思われた。それにはあの気味の悪い本も関係していて、だからこそあの地下ドームにはあの本が大事そうに置かれていたのだろう、と。

 アレンシールと自分たちの持っている情報をすり合わせてみるに、恐らくはこのクソ気持ち悪い本こそが【ルルイェ異本】であり、ルルイェ召喚のために必要なキーアイテムだろうと思われた。

 つまりはこれに現状ルルイェを召喚するのに必要なパワーが溜まっているわけで、バルハムがオレたちではなくジョンの居る部屋の方を真っ先に狙ったのはジョンが「生贄」だったというのもあるが、アイツがあの本を持っていたから、なんだろう。

 しかしルルイェ異本は、ジョンが懐に入れていたワケで……つまりは、ジョンにしがみついていたノクト侯爵とジョンの身体の間に挟まれ、結果的にジョンの身体を離さなかったノクト侯爵によって守られたという事になる。

 ジョンも、ノクト侯爵も、こんなことは予想もしていなかったはずだ。

 オレたちにとってあの本はただ気持ちの悪い存在でしかなかったし、ジョンに渡していたのも「気味が悪いから」というだけで何の意味もなかった。

 でももしあの本を持っていたのがジョンじゃなかったなら……例えばオレが持っていたのなら、もっと効率よくバルハムに対応出来たのだろうか、とか、でも逆にカイウス王子が危なかったかもしれないとか、色々考えてしまう。

 あのノクト侯爵とジークムンド辺境伯を殺した男だ。例え肉体がズタボロ状態の国王陛下のものであったとしても、父を攻撃する事をためらうカイウス王子を倒すなんて事は容易だったはず。

 物事には必ず結果がついてくる。

 結果のない現実なんかはなくって、どんな事にも、例えバッドだろうがグッドだろうが、オチはつくのだ。今回の結末がバッドかグッドかで言えば、本を守れたという意味ではグッドの方だろう。

 死者を3人出したとはいえ、本は守られたのだ。きっとここでルルイェ異本を奪われていたなら、もっと沢山人が死んでいてもおかしくはなかった。

 そう思うしか、ない。

 震える膝を立たせる杖は、どんな形だろうが、どんな見た目だろうが何だっていい。ここで崩れる事がなければ、なんだって。


「つまり、封印する事自体は可能、という事だな」


 アレンシールと2人で話をした、夜。

 使えなくなった執務室は放棄して、オレとアレンシールはカイウス王子個人の執務室で持ち合わせていた情報の全てを開示した。全ては推察であり、確証はないと、そう言いおいてから、だ。

 この場に居るのはオレと、アレンシールと、ジークレインと、カイウス王子。それからリリとフロイトの双子に、ジョンと新たに任命された補佐官たちだ。

 ノクト侯爵の後任は、大急ぎで決められた。少しでも穴を開けて国政を滞らせる事になれば、それを知っているバルハムがどう動くか分からないという懸念からだ。

 決められた後任は同じ侯爵家の中でもかなり格下のピュードル家の当主で、ノクト侯爵よりいくらか若い彼の目は真っ赤だった。彼の補佐官だろうか、後ろに立っている男女の目も、ジョークレインの背後に立っている近衛騎士団の副団長と王立騎士団の総隊長の目元も同じように擦られたように真っ赤になっている。

 彼らは悼んでくれたんだろう。ノクト侯爵と、辺境伯夫妻の死を。血縁であるエリスの中に居るオレよりも、ずっと深く悲しんでくれたんだろう。

 そう思うと自分が人でなしのように思えてしまうけれど、今はそこでしょぼんとなんてしてられない。

「地下ドームにルルイェ異本と【魔女】の壁画があったという事は、大神殿にも過去の戦いを伝える何らかの役目があったのだろうと思います」

「だが神殿は、【蒼い月の男神】の一神教であろう」

「それは今の話です。かつでは、蒼い月も赤い月も、一緒に信仰されていたはず」

「……では」

「神殿はきっと、自分たちの都合の悪い事を【赤い月の女神】と【魔女】に押し付けて、都合のいい事を【蒼い月の男神】と神殿に与えて情報統制を敷いたのだろうと思いますわ」

 エドーラには、今でも普通に男尊女卑がある。ファンタジー世界にありがちな話だが、男性優位で女性がつけない仕事なんかいくらでもあるし、娘の結婚は父が決めるような世界だ。

 悪いものを「女」に押し付けるのは、ある種当たり前の思考と言えるだろう。

 ザワついた臣下たちを片手を上げて静めたカイウス王子は、机に肘をついて思案に沈む。オレも、ジョンが膝の上に乗せているルルイェ異本を見て少しばかり気持ちが沈んだのを感じていた。

 何故そんな事を? なんて質問には、世界を壊したいからだ、という返答しかないだろう。

 世界を支配したい、のであれば、クトゥルフなんかには頼らないはずだ。でもそれを知っているのはクトゥルフという存在が元々「居る」地球生まれのオレとアレンシールくらいのものだろうし、オレたちだってクトゥルフにそこまで詳しいわけじゃない。

 でも、見ただけで発狂してしまうような邪神であるというのは知っているし、そんな存在を崇めていたらどんどんと「離れていく」というのも知っている。

 クトゥルフ神には確か結構な数の眷属が居て、そのほとんどは異形としか言いようがない姿をしているはずだ。ぐちゃぐちゃのスライムみたいなのだったり、形容し難い元々の形状が分からないものだったり。

 その不気味さゆえなのか、それともそいつ等が発しているなにかがあるのか、普通の人間ではその存在を視認するだけで発狂するか、死亡するか、生き延びたとしてもその後にも大きな影響を及ぼす精神的な障害を負うと聞く。

 そんな神を呼び出そうとするなんて、そんなのは世界を壊したいか、人間を滅ぼしたいか、そのどっちかしかない。

「……神殿はその邪神を信仰している、と?」

「恐らくはそうだと思われますわ。【蒼い月の男神】という名もなき神の皮を被せた邪悪なる神を信仰しているのではないかと」

「なんと恐ろしい……」

「儀式はすでに成功しているのであろう? であれば……」

「ルルイェ浮上を阻止さえすれば、神の降臨も阻止できるのではないかと。ただ、確信はありません」

「えぇ……そもそもルルイェに本当にクトゥルフが居るのかも分かりません」

 明らかに情報が足りていない。

 クトゥルフに関してもそうだが、ルルイェ浮上をどう阻止すればいいのかも、もしも阻止出来なかった場合にはオレたちはただ死を待つしかないのかという事も、何もかも分からないままだ。

 確かピースリッジにはすでに王子が派遣した騎士が向かっているはずだが、そこで海の様子がわかればもう少し状況もはっきりしてくるだろうか。

 オレは【転移】ですぐにピースリッジに行けるけれど、ここに居る全員を連れて行けと言われると流石に無理だ。【転移】で連れていけるのはオレに触れている人間だけだから、どうしたって取りこぼしてしまうのは間違いない。

 王都に戻ってきた時のように馬車に乗せる前提だとしても、ピースリッジで万一が起きたら再び国家の中枢を失いかねないのだ。流石にそれは、怖い。

 かといってクトゥルフが復活すれば結局はみんな死んでしまうのだろうけれど。


「……この本を読んでみるのは駄目なのか、エリス」


 流石に全員で壁にぶち当たっていると、ルルイェ異本を膝に乗せたままぼんやりとしていたジョンが、不意にそんな事を言った。

 弾かれたようにアレンシールが顔を上げて、オレも思わず「ふざけ」まで声に出てしまう。

 何が書かれているかも分からない異本だぞ? クトゥルフを召喚するかもしれない儀式の重要なキーだぞ? そんなものを読もうなんて馬鹿はどこに居るんだ。


「誰も読まないなら、オレが読む」


 ここに居るのか、くそっ。

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