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#43 逃亡者 Ⅱ


「遅いわね……」

 木造の長屋の中、彼女はため息をついた。

 彼女は、親友の帰りを待っていた。


 外の騒がしさをかき消すように、ギターを手に取る。

「……心配だわ、ハルちゃん」

 ため息交じりの歌声が響く。今日も、また。


    *


 後宮。

「レモン、フレア。本当にこの人の治療ってできますの?」

 朔月様にそう尋ねられた、二人の少女。

「できるよ。この程度の応急処置なら、学校で習うもん」

 黄色い髪の少女が言うのとほとんど同時に、赤い髪の子が近づいてきて。

「英太くん、だったっけ? 早速脱いで頂戴」

「えっ」

「薬を塗るだけよ! 顔を赤らめないで!」


 今居るこの部屋は、行方不明の廃妃こと奉景様の私室だという。

 床の上に座する皇帝を横目に、僕に薬を塗って包帯を巻く二人の少女。彼女らも奉景様直々の召使いらしい。

「……え、つまり、そこに座っている御方は、ボクたちの一番上の上司ってこと……?」

 おびえながら告げる黄色髪の女の子——レモンに、赤髪の大人びた少女——フレアはため息をついた。

「わたしたちは『奉景アイツに』雇われてるのであって、『宮廷に』仕えてるわけではないわ。つまり皇帝には何の関係もないの」

「はえー……」

「それでも一言の報告はほしかったがな。……おおかた、あの評議会の奴らが止めてたのであろうが」

 嘆息する皇帝。

「評議会って何の役割をしてるの?」

 そんなことを告げるレモンに、今度は朔月様が嘆息した。

「法律を作ったり、それにしたがって悪人を裁くような役割ですの。きちんと教育を受けた貴族だけがなれる、崇高な使命ですのよ? ……それも知らないなんて、貴女は学校で何を学んだのです?」

「なるほど、崇高な使命、ね」

 鼻で笑うレモン。

「何がおかしいのです?」

「いや、この国の学校に世界史って科目はなさそうだなって」

「……意味はわかりませんが、すごい皮肉を言われてることだけはわかりますの」

「だってさ。考えてよ。もし、その崇高な貴族が自己中心的だったら——控えめに言ってこの国終わりじゃん」

「そんなこと——」

「そうなった国の末路は、ろくなもんじゃないよ。——今のこの国のように、ね」

「——……」

 口をつぐむ朔月様。レモンの言葉は、ひどく的を射ているように感じた。


「今は、目の前のことを片付けねばならぬ。——吉谷里と奉景を、助けねば」

 そう告げた皇帝。

「……いちおう、大まかな居場所はわからないこともないんだけど」

 レモンの言葉に、一同が注目した。

「この人数を『飛ばす』のは無理だし……というかここ人工衛星とかないから補足システムが上手く機能しないし……」

「場所がわかるというのは本当か」

「……うん」

「それを早く言いなさいよ」


 ——どうやら、奉景様にはレモンの作った追跡装置の目印みたいなモノがついていて、それを使えば『この範囲内に居る」ということが判明するらしい。

「空間転移で近づければ確実なんだけど……人数が多くなるほど位置の精度が低くなってしまう仕様だから」

「……もし強行した場合、どうなるのだ」

「最悪の場合、みんなバラバラの位置に飛ばされたあげく、壁や地下に生き埋めになるよ。しかもそうなる確率は人数が増えるごとに二倍と算出されてる。もっとも、人間での実験はしてないから、理論値でしかないんだけど」

「なるほど。木乃伊ミイラ取りが木乃伊になるのであれば仕方ない。その大まかな情報だけでも大助かりだ」


 手元に銀色の板を持ったレモン。手前に広げた紙の地図に、円が描かれる。

「大体このエリアにいるよ。……一応街の中だけど」

「……北の丘、か」

 唸る皇帝。

「国境付近に小さな小屋がある。その下は、昔使われていた地下牢だ」

「十中八九そこじゃないですの」

 朔月様の言葉に、皇帝は立ち上がる。

「——今すぐ向かう」

「待ちますの」

「……なんだ、朔月」

 制された皇帝。朔月様は皇帝を見据えて告げる。

「覚悟は、出来ていますの?」

「ああ。今すぐにでもあやつらを迎えに行く準備は——」

「そうではなくて!」

 叫ぶ朔月様。「……では、なんだ」皇帝の問いに、彼女は問いを返した。


「——貴方は、己の信じ愛したものに、裏切られる覚悟は出来ているのですか?」


 皇帝は唾を飲む。

「国民は貴方のことをひどく嫌っておりますの。……綺麗事では片付けられないほどの憎悪を、私を含めた貴族に、そして皇帝に向けているのですわ。——それを受け止める覚悟が、果たして貴方にあるのですか?」

 糾弾する少女。場を支配する沈黙。

 数秒の静寂の後に、皇帝は目を伏せた。


「——あるわけ、なかろう」


 一部始終を見た僕は、息を呑む。

 覚悟を口にするのは簡単だ。ただ、想像して、言えば良いだけなのだから。

 だが、結局それは口だけだ。

 実際に見ねば、わからない。相手がどれほどの本気で言っているかを。それを見ずに、受け止める覚悟なんて出来ようはずもない。

 しかし、無いことを「無い」と告げるのにも、勇気がいるモノだ。

 その勇気のいる誠実な言葉を、彼は口にしたのだ。

 目を見開く僕を置いて、されど皇帝は口にする。


「しかし、行かねばならぬ。見ねばならぬ。——それが、皇帝本来の、務めなのだ」


 ——僕は、彼の覚悟を見た。

 息を呑む僕。彼は周りを見渡した。

「共に往きたい者だけ、ついてこい。激しい戦いになるであろう。無理強いはせぬ。——我一人でも行こう」

「ばか。……私はついて行きますわよ。ひとりでなんて、行かせませんわ」



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