——俺は、囚われている。
「暑苦しいなぁ、ここ。出られないのかな……。——おーい、出してくださいよ。ねぇ」
「出すわけ無かろう」
昔のロボットアニメの主人公、その劇中最後の台詞として有名なあの一節を唱えただけなのに、この言われようである。
「…………彗星はもっと、バーって動くもんな」
「さっきから何を言っているのだ」
「いや、ガン○ムブームには乗っておけとガ○ダムが言っていたので」
「ますます意味がわからん」
自分でも言っていてよくわかってないし、ましてそれが他人に解ろうはずもない。
……高校生の頃、初めて持ったスマホで見たアホみたいなMAD。汚れつちまつた青春。異世界に囚われた俺に、それを思い返すことはもうできない。もしもあの踏切の前で立ち止まっていれば……なんてね。閑話休題。
「……そもそもだ」
牢屋。地下牢らしきここは、囚人たちの許しを請う声で満ち満ちている。
そこに、一つ、ため息が加わった。
「何故貴様がここにおるのだ、奉景!」
「そういう君は誤字を誤学習した結果この字で定着しきった吉谷里くん」
「余計な修飾語をつけるな!」
背中合わせ。隣の牢。鉄格子越しの吉谷里は叫ぶ。
本来の読みはキリヤで本来の字が吉里谷であることを覚えてるのは、たぶん作者と俺だけだと思う。というか作者も忘れてるくらいだし、もうどっちでも良いだろう。知らんけど。
「話をすり替えるな」
「あはは」
笑いつつ、俺は尋ねる。
「で、テロの首謀者だったはずの吉谷里くん。——なんで君はここにいるんだ?」
「——貴様は何処まで知っている」
「先にこっちの質問に答えてくれ。……俺も、知りたいことは山ほどある」
「これだけは聞こう。……話すことで、互いに何のメリットがある」
「今知っている情報を共有することで、現状を把握できる。それは、お互いにだ。場合によっては、脱獄のために協力関係を結ぶことも視野に入れる」
「脱獄、か」
「もちろん、協力は互いの信頼あってのものだがな。そのために、情報を教え合いたい。どうだ?」
ここまで話すと、吉谷里は大きなため息をついて、告げる。
「承知した。だが、俺が貴様を信頼することは無いと思え」
「残念だ」
吉谷里は言う。
「……俺は、部下にはめられた」
まず、テロの首謀者だったことは否定しなかった。国家を破壊して、新しい国を作るために。
だが、国を牛耳って自分の利益を増大させたい自己中心的な第三勢力——どうやら皇帝に継ぐ権力を持つとされる「評議会」という悪の組織の陰謀に乗せられていたらしく。
結果として、彼らにとって用済みになった吉谷里は、適当な罪をふっかけられて死刑待ちなのだそうだ。
「……所詮、奴らにとって俺はスケープゴート。捨て駒でしかなかったのさ」
「待て待て、今まで俺たちにしてきた悪事はどういうことなんだ?」
「……たとえば?」
「紙の流通のこととか、あと俺たちに毒薬盛って暗殺しようとした黒幕もあんたじゃ」
「両方とも俺の仕業だが、その裏では俺の部下が——いや、評議会の奴らが混乱に乗じて動いていた。俺はそのおとりに過ぎなかったのさ」
「なるほど。カトルの会社を潰そうとしたアイツが……」
「そうだ。結局そのときは失敗したが……。毒薬も、指示したのは俺だが当初は殺すつもりではなかった」
「実行役か評議会の奴が、勝手に量を増やしたってわけか……。ちなみに、あの実行役のメイドさんって」
「俺の前で『口封じ』された」
「ひえっ」
大げさにリアクションして見せた。彼は、少しだけきょとんとして、それから。
「ふふ」
「……吉谷里、お前そんな顔するんだ」
「俺をなんだと思っているのだ、奉景」
「それはお互い様だろ」
「それもそうだ」
そのときだけ、牢獄に響く笑い声。いつの間にか囚人たちの談笑は止んでいた。
外から雨音がする。
静寂の中で問いかける。
「なあ、吉谷里」
「なんだ、奉景」
「——お前は、どうしてこの国を壊したかったんだ?」
なおも、外から雨音が響いている。
「俺は昔、平民だった」
「……」
「平民、その中でも下層階級。余裕のない暮らしの中、母さんは女手一つで俺を育てた。親父は物心ついた時にはもう既にこの世を去っていた」
「…………」
「俺には才能が無かった。親からは頭の良い子と言われたが——絵を描かせれば不明瞭な線の塊が生まれ、字を習い文を書こうとも堅苦しい事実羅列しか書けない。……どれだけ嘲笑われたか、もはや覚えてはいない」
「……………………」
「生活は苦しかった。自分だけじゃなかった。それは救いにはならなかった。むしろ、俺の置かれた環境ではどうすることもできないのだという証左に過ぎなかった」
「…………………………………………」
「皇帝は立派な服を着ていた。皇妃はにこやかに笑っていた。明日食うものすら危うい俺たちの姿を知らずにのんきに笑って過ごす奴らに、俺はこの国の歪みを感じた」
息を呑み黙りこくる俺に、吉谷里は告げた。
「だから、俺はこの国を壊すと決めたのだ」
「——壊して、どうするんだ?」
「造り直す。差別も貧困もない、平和で自由な国に。……そのために、どんな汚れも背負う。それが、俺の役割なのだ」
雨中、彼の叫ぶ理想。——俺は、呼吸した。
「吉谷里。お前って、やっぱ俺とよく似てんな」
「……何処がだ」
「廃妃にだって、過去はある。呑気にただ笑っているばかりじゃあないんだぜ?」
「そんなことがッ!」
「俺も、平民の生まれだ。——それも、異世界のな」
「……異世界」
「そう。そこでは自由とか人権とかも叫ばれてたし、学校にも通うことが出来た。けど、結局差別や貧困が無いわけではなかった。要するに、お前と大体同じような環境だった」
目を見開いた吉谷里。俺は怒鳴るように告げた。
「この身体に生まれ変わったら、今度は後宮という名の箱庭に囚われ、詩作に囚われ、その上外面まで作らなけりゃいけないときた。
平民の生まれなのはこの身体の元の持ち主もそうだったという。成り上がるのは死ぬほど大変だったという。
そうして作り上げたある一種のブランド的価値すら、引き継いだ俺が才能を持ち合わせなかったおかげで簡単に崩れ去った!
確かにこの国は歪んでいるかもしれない。改革も必要かもしれない。だがな」
ここまでを一息で言い切った俺。あっけにとられたような吉谷里に、突きつけるように叫ぶ。
「人には人の事情ってのがあんだ! 起こる物事には因果があるもんなんだ! ——それを解ろうとせずに、歪みという一言で片付けるな」
雨の音は止んでいた。
牢に光が差した。
そこには、血と傷にまみれ、息を切らした皇帝がいた。
息を詰まらせた吉谷里に、俺は目を細め、言った。
「ほら。……俺たちの皇帝は、歪んでいるか?」