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#47 everybody goes


 叫んで、しまった。


 ——残響。

 しんと静まりかえる牢屋。

 目をしばたかせる朔月。そして——見開く、皇帝。

 俺は。

「——俺が、偽物だってこと、話したはずだろ!? どうして……どうして偽物の俺にそんな言葉を投げるッ!」

 止められなかった。

「……行って、くれよ……」

 もはや懇願だった。

 しかし、彼女は俺を見据えて告げるのだ。

「いいえ。見捨てませんわ。誰も」

「……何故だ。お前が大事なのは、お姉さまだけだろ」

 その問いに、彼女は答えた。

「確かにお姉さまが一番ですわ。でも——他にも、様々な人間がこの世界に息づいている。それを見捨てられるほど、薄情にもなりきれませんわ。——それに」

 笑いながら、彼女は鉄格子の中に手を伸ばした。

 ぞくりとした。——頬に手が触れたからだ。


「いまの貴女は、充分に『お姉さま』ですわ」


 触れられた手に、雫が落ちたのを感じた。


    *


 ——オレ、カギ開けられますよ。

 誰かが言った言葉。牢屋は次々開け放たれる。

 そのうち、俺の牢屋のカギも開く。

「させるとお思いですかィ? 囚人の皆様ッ!」

 叫ぶ斑鳩に、囚人たちが叫ぶ。

「どうでもいいわ!」

「俺なんてちょっと路上で痰を吐いただけでぶち込まれたんだぞ!」

「ホウケイ、マイフレンド!」

「皇帝は気に食わんが俺たちを許したので許すぜ!」

「いいから俺らを出せ————!」

 なんか変なのが混じってた気もするが、この際許そう。

「しかし、そろそろ毒が効いてくるはずですぜ? ——ほら、呼吸が苦しくなってきたで——」

「うるせえ! というか俺たちの土俵まで降りてこい卑怯者!」

「ちょ、何をするんです! うわぁぁぁぁぁ……」

 階段の上から突き落とされる斑鳩。なんだか不憫だ。

「ここカギついてねえぜ! 出れる!」

「ちょ、まっ」

「俺たちは自由だぁぁぁぁぁ————ッ!」

 次々と出て行く囚人たち。斑鳩は手を伸ばそうとして、届かず。

 ジャキ、と音がした。


「貴様、理解しておろうな。——処刑されるのは、お前の方だということを」

 斑鳩に突きつけられる、皇帝の剣。


「廃妃サマ! 最後になっちゃってすみません!」

 カギが開いた牢。

「えーっと……カギ開けくん? ありがと&ご苦労! 早く逃げな!」

「あざっす!」

 若そうな青年は階段を駆け上って、光の向こうへ出て行った。


「……逃げましょう、お姉さま」

 朔月の言葉に、俺は「でも——」と渋る。けど。

「もうここに留まる意味はありませんわ。——あなたは、命を落とすべき人間ではありませんわ」

「皇帝は!」

 叫ぶ俺に、皇帝は怒鳴り返す。

「俺のことはいい! ——全てを片付けてから、往く」

「……ッ」

 俺は瞬断的に、決断した。せざるを、得なかった。


「待て——」「貴様の相手は、我だ。斑鳩——評議会ッ!」


 走り、駆け上がる階段。

 鉄扉の向こうに出た。新鮮な空気で肺を満たす。

 その瞬間だった。


「ヒャッハー! ……待ってたぜぇ、ドブカス女」

「——チッ」

 舌打ちした俺。その先にいたのは、もはや顔も覚えていないような大男。

 その腕に抱えられてたのは——。


「シレーヌッ!」

「……ハル、ちゃん」


 数人の男が、各々のエモノを持っている。血に染まっている。何人もの男たちが倒れている。

「斑鳩って男から……それ以外に何件も、依頼されてんだわ。俺たち、殺し屋協会に。——お前、廃妃・奉景の、暗殺を」

 一段とインテリそうな殺し屋の言葉に、俺はこの惨状を理解する。おそらくこの地下牢の警備と防衛も任されていたのだろう。

 後ずさる俺。ニヤニヤ笑って、彼らは一歩進む。

「アンタに恨みがある人間も大勢居るってワケさ。後悔して、死にな」


「ちょぉぉぉっと! 待った!」


 声が響いた。瞬間「空間が揺らいだ」。

「案外、二人くらいなら『送れる』のね」

「まーね! ボク、優秀だから!」

 現れた、二人の少女。黄色と赤。

「奉景ちゃんメイド隊、参上っ!」

「ご主人様を傷つける者は、何人たりともゆるさないー、だっけ?」


「レモン! フレア! なんでここに!?」

「えーっとね、技術的なことは知って——」

 ぽかっと叩かれるレモン。

「違うわよ。理由、でしょ?」

「えへへ……。えっと……」

 笑う少女たち。戸惑う俺に、レモンは暫く考えて。

「……一言で言うと、心配だったから!」

 彼女ははにかんで。

 もう一人の少女——フレアも、一つ息を吐いて、微笑んだ。


「せんせー!」

 遠くから、声がした。

「何者だ! 関係の無い奴は——」

 騒ぐ殺し屋たち。——言葉を失った。


白銀バイインだ……」


「終わった……俺たちの人生……」

「待て、ワンチャンある」

 騒ぐ殺し屋たち。


「よ、よお、バイイン。元気か——」

 シレーヌを持っていた大男は、ニコッと笑って片手を上げて挨拶するが。

 次の瞬間、彼の腕は無かった。

「うわぁぁぁぁぁぁっっ」

「大丈夫か『デカブツ』! おのれバイイン! お前がいくら伝説的なフリー暗殺者だからといって調子に——」

「その女を離せ。そして奉景を通せ。——さもなくば」

 ナイフを持つ青年の目には、かつて無いほどの殺気が混じっていた。殺気と、怒りが、混ざっていた。

 血の気が引いたような殺し屋たち。さっきのインテリさんは「しし、し仕事が無くなっても良いんですか! あなたには守るべき者があるでしょう!」と脅す。が。


「守るべきものを守るためなら、仕事など無くなっても構わない」

 ジャキ、と音がして。


「う、うわああああああ!」


 大男が叫んだ。シレーヌを離して、拳を握って。

 それは恐怖心からの行動だったのか、あるいはもう少し高度な打算か。それは解らない。

 ただ一つ解ったのが、その行為は無駄で無謀だったということだけだ。


 瞬間、男は切り刻まれた。


 ボトボトと落ちていく肉塊。息を呑む俺たち。

 それを背景に、白銀は——暗殺者は、告げた。


「今のうちに、逃げろ」


 それが、開戦の合図だった。


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