叫んで、しまった。
——残響。
しんと静まりかえる牢屋。
目をしばたかせる朔月。そして——見開く、皇帝。
俺は。
「——俺が、偽物だってこと、話したはずだろ!? どうして……どうして偽物の俺にそんな言葉を投げるッ!」
止められなかった。
「……行って、くれよ……」
もはや懇願だった。
しかし、彼女は俺を見据えて告げるのだ。
「いいえ。見捨てませんわ。誰も」
「……何故だ。お前が大事なのは、お姉さまだけだろ」
その問いに、彼女は答えた。
「確かにお姉さまが一番ですわ。でも——他にも、様々な人間がこの世界に息づいている。それを見捨てられるほど、薄情にもなりきれませんわ。——それに」
笑いながら、彼女は鉄格子の中に手を伸ばした。
ぞくりとした。——頬に手が触れたからだ。
「いまの貴女は、充分に『お姉さま』ですわ」
触れられた手に、雫が落ちたのを感じた。
*
——オレ、カギ開けられますよ。
誰かが言った言葉。牢屋は次々開け放たれる。
そのうち、俺の牢屋のカギも開く。
「させるとお思いですかィ? 囚人の皆様ッ!」
叫ぶ斑鳩に、囚人たちが叫ぶ。
「どうでもいいわ!」
「俺なんてちょっと路上で痰を吐いただけでぶち込まれたんだぞ!」
「ホウケイ、マイフレンド!」
「皇帝は気に食わんが俺たちを許したので許すぜ!」
「いいから俺らを出せ————!」
なんか変なのが混じってた気もするが、この際許そう。
「しかし、そろそろ毒が効いてくるはずですぜ? ——ほら、呼吸が苦しくなってきたで——」
「うるせえ! というか俺たちの土俵まで降りてこい卑怯者!」
「ちょ、何をするんです! うわぁぁぁぁぁ……」
階段の上から突き落とされる斑鳩。なんだか不憫だ。
「ここカギついてねえぜ! 出れる!」
「ちょ、まっ」
「俺たちは自由だぁぁぁぁぁ————ッ!」
次々と出て行く囚人たち。斑鳩は手を伸ばそうとして、届かず。
ジャキ、と音がした。
「貴様、理解しておろうな。——処刑されるのは、お前の方だということを」
斑鳩に突きつけられる、皇帝の剣。
「廃妃サマ! 最後になっちゃってすみません!」
カギが開いた牢。
「えーっと……カギ開けくん? ありがと&ご苦労! 早く逃げな!」
「あざっす!」
若そうな青年は階段を駆け上って、光の向こうへ出て行った。
「……逃げましょう、お姉さま」
朔月の言葉に、俺は「でも——」と渋る。けど。
「もうここに留まる意味はありませんわ。——あなたは、命を落とすべき人間ではありませんわ」
「皇帝は!」
叫ぶ俺に、皇帝は怒鳴り返す。
「俺のことはいい! ——全てを片付けてから、往く」
「……ッ」
俺は瞬断的に、決断した。せざるを、得なかった。
「待て——」「貴様の相手は、我だ。斑鳩——評議会ッ!」
走り、駆け上がる階段。
鉄扉の向こうに出た。新鮮な空気で肺を満たす。
その瞬間だった。
「ヒャッハー! ……待ってたぜぇ、ドブカス女」
「——チッ」
舌打ちした俺。その先にいたのは、もはや顔も覚えていないような大男。
その腕に抱えられてたのは——。
「シレーヌッ!」
「……ハル、ちゃん」
数人の男が、各々のエモノを持っている。血に染まっている。何人もの男たちが倒れている。
「斑鳩って男から……それ以外に何件も、依頼されてんだわ。俺たち、殺し屋協会に。——お前、廃妃・奉景の、暗殺を」
一段とインテリそうな殺し屋の言葉に、俺はこの惨状を理解する。おそらくこの地下牢の警備と防衛も任されていたのだろう。
後ずさる俺。ニヤニヤ笑って、彼らは一歩進む。
「アンタに恨みがある人間も大勢居るってワケさ。後悔して、死にな」
「ちょぉぉぉっと! 待った!」
声が響いた。瞬間「空間が揺らいだ」。
「案外、二人くらいなら『送れる』のね」
「まーね! ボク、優秀だから!」
現れた、二人の少女。黄色と赤。
「奉景ちゃんメイド隊、参上っ!」
「ご主人様を傷つける者は、何人たりともゆるさないー、だっけ?」
「レモン! フレア! なんでここに!?」
「えーっとね、技術的なことは知って——」
ぽかっと叩かれるレモン。
「違うわよ。理由、でしょ?」
「えへへ……。えっと……」
笑う少女たち。戸惑う俺に、レモンは暫く考えて。
「……一言で言うと、心配だったから!」
彼女ははにかんで。
もう一人の少女——フレアも、一つ息を吐いて、微笑んだ。
「せんせー!」
遠くから、声がした。
「何者だ! 関係の無い奴は——」
騒ぐ殺し屋たち。——言葉を失った。
「
「終わった……俺たちの人生……」
「待て、ワンチャンある」
騒ぐ殺し屋たち。
「よ、よお、バイイン。元気か——」
シレーヌを持っていた大男は、ニコッと笑って片手を上げて挨拶するが。
次の瞬間、彼の腕は無かった。
「うわぁぁぁぁぁぁっっ」
「大丈夫か『デカブツ』! おのれバイイン! お前がいくら伝説的なフリー暗殺者だからといって調子に——」
「その女を離せ。そして奉景を通せ。——さもなくば」
ナイフを持つ青年の目には、かつて無いほどの殺気が混じっていた。殺気と、怒りが、混ざっていた。
血の気が引いたような殺し屋たち。さっきのインテリさんは「しし、し仕事が無くなっても良いんですか! あなたには守るべき者があるでしょう!」と脅す。が。
「守るべきものを守るためなら、仕事など無くなっても構わない」
ジャキ、と音がして。
「う、うわああああああ!」
大男が叫んだ。シレーヌを離して、拳を握って。
それは恐怖心からの行動だったのか、あるいはもう少し高度な打算か。それは解らない。
ただ一つ解ったのが、その行為は無駄で無謀だったということだけだ。
瞬間、男は切り刻まれた。
ボトボトと落ちていく肉塊。息を呑む俺たち。
それを背景に、白銀は——暗殺者は、告げた。
「今のうちに、逃げろ」
それが、開戦の合図だった。