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第3-3話 想い、奔る(3)

 ジェイドは進む。ダンジョン内の通路は複雑に入り組んでいる。

 ダンジョン内の空気がわずかに変わった。ジェイドの黒髪が、ほんの少しだけなびく。


「風だ」


 ジェイドは手元のたいまつをかざした。慎重に、風の吹いてくる方角を見定める。たいまつの炎がチラチラと揺れる。


「あちらか」


 風の吹いてくる方角がわかった。もしかしたら出口が近いのかもしれない。ジェイドは風が吹いてくる方角へと歩んでいく。


「ん」


 通路は行き止まりだった。白い壁が目の前に広がる。だが壁から風を感じる。ジェイドは丁寧に壁をさわっていく。つるりとした壁だが、端までいくと指先にわずかな段差を感じる。


 ジェイドが手を前に押し出すと、壁の一部がへこんだ。どうやら何かのスイッチのようだ。ジェイドはそれが罠でないことを祈りながら、深く押す。


 ――ゴゴゴゴゴ……。


 低い音がして、行き止まりの壁に変化がある。壁がゆっくりと開いて、中の構造物が見える。螺旋階段だ。白い階段が、上へと続いている。ジェイドは警戒しつつ、階段を上り始めた。


 靴の音が螺旋階段に響く。幸いにも罠や魔獣といったものの類はないようだ。長い階段を、ジェイドはゆっくりと上っていく。グルグルと螺旋階段を回っていると、方向感覚が鈍ってくる。


「出口か」


 螺旋階段の終点につく。次の部屋があるようだ。ジェイドはすぐさま飛び出さず、周囲を警戒してから階段のエリアを出る。


 ジェイドはたいまつで照らしつつ、あたりを観察する。かなり広い空間が広がっている。暗さのせいで、天井が見えない。かなり高いところに天井があるようだ。もしかしたら吹き抜けかもしれない。


 空間は、見える範囲の大部分が石畳で覆われている。部屋のすみに浅い水路があり、水が流れている。下の階の水路よりも、清浄な水が流れているように思われた。水路の水は、部屋の奥へと向かっている。


「ん」


 前へ進むと、石畳の床が切れた。池のように水を貯める場所が広がっている。水の色は深い緑色をたたえている。おそらくかなり深さがあるようだ。池には床の水路だけでなく、前方に滝がある。自然のものではない。階段状に造った構造物に水を流すタイプの滝だ。


「行き止まりのようにも見えるが」


 後方には上ってきた螺旋階段しかない。前方には深い貯水池と、カスケード型の滝。池を渡ればカスケードを登って、前へ進めるかもしれない。渡るためには、すこし泳がねばならないだろう。


 ジェイドは貯水池を慎重にのぞきこんだ。たいまつの明かりが、緑色の水に反射する。深さはかなりありそうだが、魚のたぐいは見当たらない。水の中に入るとき、水棲の魔獣に襲われるのがもっとも警戒すべき点だ。ジェイドは魔獣がいるかを調べようとしている。魔獣がいるなら、ふだん彼らが食べるものが水中にいるはずだ。


「……見当たらない、か」


 ジェイドがすこし安堵し、水に入る決意を固めたとき――。


 ――ドドドドドド。


 低い音が響いてくる。わずかに空気が揺れ、たいまつが揺れる。

 どぱ、と弾ける音とともに、階段式滝カスケードの向こうから大量の水が流れてくる。水が上げる白いしぶきの中に、いくつかの物体が見える。


「人か!?」


 ジェイドが前へ出ようとしたとき、大量の水が貯水池に着水する。大波が上がって、白く泡立った水がジェイドの足元に押し寄せてくる。


「くっ!」


 寄せて引いていく波に、ジェイドは抗った。踏ん張ってなんとか耐える。もし足を取られれば、転倒して貯水池に落ちてしまうところだった。


「っ、ハラズーン! ランダ!」


 ジェイドの前に、ハラズーンとランダが流れ着いている。


「カイル!」


 ハラズーンがカイルを抱えている。ハラズーン、ランダ、カイルは起き上がる。ペッペッと水を吐き出す。


「ああ! ひどい目に遭った!!」

「ランダ、大丈夫か?」

「まぁ、見ての通りって感じさ」


 最初に開口したのはランダだった。濡れた短髪を数度、手でかきあげて顔の水を払う。


「おお……剣士か! 無事であったか」

「ハラズーン、大丈夫か?」


 ジェイドはハラズーンの大柄な体を起こしてやる。ハラズーンに抱えられたカイルはぐったりしている。


「カイルは……」

「見ての通りさ。無茶しやがって」

「なにがあった?」


 ジェイドはランダたちに尋ねる。ランダが短く状況を説明する。


 ランダ、ハラズーン、カイルの三人は、迷い迷ううちに壁の仕掛けに気づいた。スイッチを押すと、隠し扉が開く仕組みだ。扉の中は螺旋階段になっており、上ることができた。かなり長く上がったそうだ。


 次の階も石畳の通路と水路のある場所だった。水路の水質はかなりマシで、上水道になっているのかもしれなかった。


 そこでランダたちは再び、ワニ型魔獣の襲撃を受けた。いち早く気付いたカイルが魔法で応戦したが、カイルの手の傷は深まった。


 さらに異変が起きた。大量の水が流れてきて、ランダたちを押し流したのだという。流れ流れるうちに、この部屋へと流れ着いたらしい。


「ハラズーンがかばってくれたけどね。カイル、どこかぶつけちまったのかもしれない」

「とりあえず寝かそう。ハラズーン」

「おうおう」


 ハラズーンが抱えていたカイルを丁寧に横にする。カイルの手を見ると、たしかに深い傷を受けている。


「……ジェイド」

「カイル、大丈夫か?」


 ジェイドの問いかけに、カイルがうなずく。ジェイドは手早く、カイルの全身を確かめる。骨折はなさそうだ。


 ジェイドは小袋から傷薬を取り出す。ルウルウが持たせてくれた、傷に効く薬だ。


「傷に効く丸薬だ、飲めるか?」

「うん……」


 カイルに傷薬を飲ませ、横たえさせる。カイルはひどく疲れたように、目を閉じた。


「……魔力切れか」

「魔法の使いすぎってことかい」

「ああ、杖を用いずに魔法を使ったせいかもしれない」


 ジェイドは、タージュから聞いたことがある。魔法使いは杖を用いて魔法をコントロールする。簡単な魔法なら杖がなくてもいいが、強大な威力の魔法を使うときは杖があるほうがいいらしい。


「杖がないと、魔力を使いすぎるらしい。体内の魔力が四方八方へ拡散してしまうそうだ」

「なるほど、杖とは単なる飾りではないのだな」


 ハラズーンがカイルの様子を見つつ、うなずいた。


「魔力切れだけは、ルウルウでも治療できないからな……」


 魔力切れは、回復魔法で治癒させることができない。休ませるしかないのだ。


 状況を打開するためにも、このダンジョンからの脱出が望ましい。

 階段があったからには、どこかに出入り口くらいありそうなものだ。下の階で瀕死になっている魔族たちも、どこからかここに流れ着いたはずだ。


「ああ! 考えてもわからないな」


 ジェイドはガシガシと頭部を掻いた。

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