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第3-4話 想い、奔る(4)

 ジェイドはダンジョンからの脱出手段がわからないことに、危機感を覚えていた。

 それでも――ジェイド、ランダ、ハラズーン、カイル。この四人が合流できたというのは大きい。あとはルウルウが無事であることを祈るばかりだ。


「カイルを休ませられる場所を探そう」

「ああ、そうであるな」

「そうだね」


 もしかしたら、隠し扉のたぐいがあるかもしれない。動ける者で探そう――と決めたそのとき。


 ――ちゃぷん。


 水音がした。カスケードを水が流れ落ちるのとは、異なる音。

 全員がその音の方角を見る。


 水が浮いている。

 小さな水の玉が、貯水池の真ん中あたりの空間に浮遊している。まるで雨粒が空中で浮いて、止まっているかのような――不可思議な光景だ。


「皆、逃げて……!」


 カイルがうめくように言った。

 同時に、水の玉は大きく膨らんでいく。貯水池の水を吸い上げ、水路の水を吸い上げ、透明な水がどんどん大きくなる。


「ハラズーン、頼む!」

「おうよ!」

「カイルは俺が担ぐ! ランダ、手伝ってくれ!」

「あいよ!」


 ハラズーンが棍棒を構える。ジェイドはランダに手伝わせ、カイルを担ぎ上げる。

 そのまま一行は、ジェイドが上がってきた螺旋階段へ走ろうとした。


 水の玉が反応した。玉が、水を鋭く射出する。走るジェイドたちの横を、水の筋が通り抜ける。石でできた壁を水の塊が叩く。


「なんだ!?」

「狙いが外れた……!?」


 ジェイドたちは足を止めず、螺旋階段の部屋へ入ろうと走る。だが――。


「あ……!?」


 螺旋階段の部屋が、消失していく。正確には、部屋の入口が閉じていく。隠し扉があり、それが閉じようとしていた。ジェイドたちの目の前で、螺旋階段の部屋が消えた。


「な……っ」


 ランダが素早く壁を探る。水が叩いたあたりを見ると、壁がへこんでいる。隠し扉を閉じるためのスイッチが、押されたまま戻ってきていないようにも見える。


「閉じ込められた!」


 ジェイドたちは状況を悟った。自分たちはここに誘い込まれたのかもしれない――と。あの水の塊には意志がある。ジェイドたちの退路を塞ぐという知恵もある。


「くっ……!」


 ジェイドは壁際にカイルを下ろし、短剣を抜いて構える。ランダも同様だ。ハラズーンも棍棒を構え直した。


「どうやって戦うべきかはわからないが」

「やるっきゃないってことだね」

「さもありなん」


 もしカイルの魔力があれば、楽に打開できるのかもしれない。だがそれはないものねだりだ。体力の残っている三人で、戦うしかない。


「カイル、あれはなにかわかるか?」

「あれは……水に見えるけど、魔力の塊だよ」


 ジェイドの問いに、座り込んだカイルが答える。


「魔力の塊、か」


 ジェイドは巨大な水の玉を睨む。巨大な水の玉は、水路に漂っていた塵芥も取り込んでいるようだ。透明な塊の中に、草木のクズが漂っている。膨大な魔力が水を吸い寄せ、かたちを取っている。ジェイドたちの手元の武器が効くとは思えない。


「……?」


 ジェイドたちの前で、水の玉が変化し始めた。丸い姿がまるで粘土をこねるかのように、変化していく。太い胴体、短い四肢、背に並ぶトゲ、長い尾――。


「ドラゴン、か……!」


 魔力と水と塵芥の塊は、ドラゴンの姿を取った。翼のない、地上を這うタイプのドラゴンだ。あるいは水中を泳ぐドラゴンかもしれない。口元が白く濁り、氷の牙を形成していく。


 ――ゴオオオオオッ!


 魔力でできた巨大なドラゴンが、咆哮を上げる。冷たい霧を含んだ息が、ジェイドたちにかかる。


「これは……」


 ドラゴン――冒険者の中でも、それに対峙した者は少ない。サーペントやワイバーンよりもはるかに強大で、魔獣の頂点にあると言われるのがドラゴンだ。普通の冒険者であれば、すくみ上がって逃げ出すだろう。


「……フッ」


 だが、そんな状況で。

 ジェイドはニヤリと笑った。恐怖でおかしくなったわけではない。


「吠え立てるヤツであれば――殺せる」


 冒険者ジェイドはそう確信していた。


 第9章へつづく

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