ジェイドはダンジョンからの脱出手段がわからないことに、危機感を覚えていた。
それでも――ジェイド、ランダ、ハラズーン、カイル。この四人が合流できたというのは大きい。あとはルウルウが無事であることを祈るばかりだ。
「カイルを休ませられる場所を探そう」
「ああ、そうであるな」
「そうだね」
もしかしたら、隠し扉のたぐいがあるかもしれない。動ける者で探そう――と決めたそのとき。
――ちゃぷん。
水音がした。カスケードを水が流れ落ちるのとは、異なる音。
全員がその音の方角を見る。
水が浮いている。
小さな水の玉が、貯水池の真ん中あたりの空間に浮遊している。まるで雨粒が空中で浮いて、止まっているかのような――不可思議な光景だ。
「皆、逃げて……!」
カイルがうめくように言った。
同時に、水の玉は大きく膨らんでいく。貯水池の水を吸い上げ、水路の水を吸い上げ、透明な水がどんどん大きくなる。
「ハラズーン、頼む!」
「おうよ!」
「カイルは俺が担ぐ! ランダ、手伝ってくれ!」
「あいよ!」
ハラズーンが棍棒を構える。ジェイドはランダに手伝わせ、カイルを担ぎ上げる。
そのまま一行は、ジェイドが上がってきた螺旋階段へ走ろうとした。
水の玉が反応した。玉が、水を鋭く射出する。走るジェイドたちの横を、水の筋が通り抜ける。石でできた壁を水の塊が叩く。
「なんだ!?」
「狙いが外れた……!?」
ジェイドたちは足を止めず、螺旋階段の部屋へ入ろうと走る。だが――。
「あ……!?」
螺旋階段の部屋が、消失していく。正確には、部屋の入口が閉じていく。隠し扉があり、それが閉じようとしていた。ジェイドたちの目の前で、螺旋階段の部屋が消えた。
「な……っ」
ランダが素早く壁を探る。水が叩いたあたりを見ると、壁がへこんでいる。隠し扉を閉じるためのスイッチが、押されたまま戻ってきていないようにも見える。
「閉じ込められた!」
ジェイドたちは状況を悟った。自分たちはここに誘い込まれたのかもしれない――と。あの水の塊には意志がある。ジェイドたちの退路を塞ぐという知恵もある。
「くっ……!」
ジェイドは壁際にカイルを下ろし、短剣を抜いて構える。ランダも同様だ。ハラズーンも棍棒を構え直した。
「どうやって戦うべきかはわからないが」
「やるっきゃないってことだね」
「さもありなん」
もしカイルの魔力があれば、楽に打開できるのかもしれない。だがそれはないものねだりだ。体力の残っている三人で、戦うしかない。
「カイル、あれはなにかわかるか?」
「あれは……水に見えるけど、魔力の塊だよ」
ジェイドの問いに、座り込んだカイルが答える。
「魔力の塊、か」
ジェイドは巨大な水の玉を睨む。巨大な水の玉は、水路に漂っていた塵芥も取り込んでいるようだ。透明な塊の中に、草木のクズが漂っている。膨大な魔力が水を吸い寄せ、かたちを取っている。ジェイドたちの手元の武器が効くとは思えない。
「……?」
ジェイドたちの前で、水の玉が変化し始めた。丸い姿がまるで粘土をこねるかのように、変化していく。太い胴体、短い四肢、背に並ぶトゲ、長い尾――。
「ドラゴン、か……!」
魔力と水と塵芥の塊は、ドラゴンの姿を取った。翼のない、地上を這うタイプのドラゴンだ。あるいは水中を泳ぐドラゴンかもしれない。口元が白く濁り、氷の牙を形成していく。
――ゴオオオオオッ!
魔力でできた巨大なドラゴンが、咆哮を上げる。冷たい霧を含んだ息が、ジェイドたちにかかる。
「これは……」
ドラゴン――冒険者の中でも、それに対峙した者は少ない。サーペントやワイバーンよりもはるかに強大で、魔獣の頂点にあると言われるのがドラゴンだ。普通の冒険者であれば、すくみ上がって逃げ出すだろう。
「……フッ」
だが、そんな状況で。
ジェイドはニヤリと笑った。恐怖でおかしくなったわけではない。
「吠え立てるヤツであれば――殺せる」
冒険者ジェイドはそう確信していた。
第9章へつづく