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第1-1話 取り戻すもの(1)

 ジェイドたちがピンチに陥る中――ルウルウはいまだ聖杯の内にいた。

 星のきらめくような、暗い場所。そこに魔王の様子が映し出される壁。まるで星見台のようだ。そんな場所で、ルウルウは師匠たるタージュと相対していた。


「お師匠様、これからどうすべきでしょうか?」


 ルウルウはタージュに尋ねた。目の前のタージュは、正確には彼女の魂の一部らしいが、本人と違いはわからない。


「ルウルウ、あなたはどうしますか?」


 タージュが質問を返す。彼女の中に迷いがあるような表情だ。


「魔王と戦うということは、あなたの父親と……」

「お師匠様」


 ルウルウはタージュの言葉をさえぎった。


「わたしに父親はいません」

「ルウルウ……」

「ごめんなさい、お師匠様」


 ルウルウは詫びる気持ちになった。父親の存在を否定することは、同時に母親が目の前にいることも否定する。それでも、魔王が自分の父親だとは思いたくなかった。タージュが信じられないわけではない。それとは別に、拒否したい現実だった。


「わたしのすべきことは決まっています。魔王を、倒します」


 みずからのすべきことは決まっている。ルウルウはそう思った。そのためにここまで旅をしてきたのだ。そして旅の仲間たちは窮地に陥っているはずだ。助けなければ、とルウルウは思った。


「わたしは……ジェイドたちを助けなければ。お師匠様、力を貸してください」


 ルウルウがそう言うと、タージュはおのれの目を閉じた。タージュは一瞬だけうつむき、そして再び目を開けてルウルウを見る。


「わかりました、ルウルウ。あなたが望むのであれば」


 タージュも決心したようだ。


「私たちふたりで、ジェイドたちのもとへ行きましょう」

「どうやって?」

「聖杯を飛ばします。ジェイドたちはこの魔王の居所きょしょ――魔王城のどこかにいるでしょうから」


 そう言ってから、タージュは表情を曇らせる。


「魔王は当然、気づくでしょうね。私たちの考えることなど……」

「気づいたら、やっぱり妨害されますか?」

「いいえ。魔王あれは退屈に耐えられませんから」


 魔王は退屈に耐えられない――ルウルウは思い出す。

 魔王は「この世すべてが魔王の道化師だ」と言ったことがある。道化師とはすなわち、貴人の退屈を慰めるための存在だ。魔王は世界を自分の道化師にして、おもしろおかしく笑うつもりなのだろうか。そこに無垢なまでの邪悪さを感じる。


「魔王は私たちのすることがおもしろければ、見逃すでしょう。つまり大抵のことは見逃されます」


 タージュの言葉に、ルウルウはうなずいた。タージュは手を振った。魔王の様子が映し出される壁が消える。


「まずはジェイドたちの位置を特定します。特定したらすぐさま飛びますよ」

「はい。わたしに手伝えることはありますか?」


 タージュが両手を地面に当てる。真っ暗な地面に、タージュの白い手が当たる。


「ルウルウ、私の手にあなたの手を」

「はい」


 ルウルウはタージュの指示どおり、みずからの手をタージュの手に重ねた。


「聖杯内の魔力は一部だけを使い、できるかぎり温存します。温存しつつジェイドたちを探すには、ルウルウ、あなたの魔力が必要です。あなたの魔力を、私が受け取ります」


 ルウルウの魔力を使い、ジェイドたちを探す。難しそうに聞こえるが、ルウルウにはできる気がした。


「しっかり気を張るのですよ、ルウルウ」

「はい……!」


 タージュの指示に、ルウルウはしっかりとうなずいた。タージュが方策を告げる。


「魔力の動きを探ります。ジェイドたちはきっと、困難のなかにあるでしょうから。敵の魔力が捕捉できれば、場所がわかります」

「はい、お師匠様!」

「始めますよ、ルウルウ」


 タージュが小さく呪文を唱え始める。ルウルウは魔力をタージュに向かって流す。体の中で魔力を編み上げ、タージュとつないだ手に集中させる。


「ああ……!」


 ルウルウの頭の中に、星空のようなイメージが流れ込んでくる。紺碧の空に、キラキラと光る星。大きな月も見えた気がした。その濃い色が急に、白っぽく変換される。無機質な石畳で組まれた迷宮が見える。


 いくつかの部屋の様子が、頭の中を奔っていく。そうしているうちに、視界がなにかに吸い寄せられていく。強い魔力を検知できたのだ。


「いた……!」


 ルウルウは思わずつぶやいた。ジェイドたちが何者かと対峙している。その者とは、水でできた巨大なドラゴンだ。


「ドラゴン!?」

「あれは魔力の塊です。おそらく聖杯に注ぐために、魔王が集めてあったものでしょう」


 タージュが語るうちに、ドラゴンが動いた。ドラゴンが大きく口を開けると、ジェイドたちが耳元を押さえる。ルウルウに音は聞こえないが、ドラゴンが咆哮したと感じ取れた。ドラゴンが尾を振り回し、ジェイドたちを攻撃しようとする。


「ジェイド! みんな!!」

「いけない、彼らも糧にするつもりです!」


 魔力の塊が、ジェイドたちを狙う理由。それはジェイドたちから魔力を奪うことだ。魔力を限界まで奪われれば、ひとは動けなくなる。魔法使いでない彼らはひとたまりもない。


「お師匠様……!」

「飛びますよ、ルウルウ!」

「っ、はい!」


 ルウルウは集中して、タージュの指示に従った。

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