ジェイドたちがピンチに陥る中――ルウルウはいまだ聖杯の内にいた。
星のきらめくような、暗い場所。そこに魔王の様子が映し出される壁。まるで星見台のようだ。そんな場所で、ルウルウは師匠たるタージュと相対していた。
「お師匠様、これからどうすべきでしょうか?」
ルウルウはタージュに尋ねた。目の前のタージュは、正確には彼女の魂の一部らしいが、本人と違いはわからない。
「ルウルウ、あなたはどうしますか?」
タージュが質問を返す。彼女の中に迷いがあるような表情だ。
「魔王と戦うということは、あなたの父親と……」
「お師匠様」
ルウルウはタージュの言葉をさえぎった。
「わたしに父親はいません」
「ルウルウ……」
「ごめんなさい、お師匠様」
ルウルウは詫びる気持ちになった。父親の存在を否定することは、同時に母親が目の前にいることも否定する。それでも、魔王が自分の父親だとは思いたくなかった。タージュが信じられないわけではない。それとは別に、拒否したい現実だった。
「わたしのすべきことは決まっています。魔王を、倒します」
みずからのすべきことは決まっている。ルウルウはそう思った。そのためにここまで旅をしてきたのだ。そして旅の仲間たちは窮地に陥っているはずだ。助けなければ、とルウルウは思った。
「わたしは……ジェイドたちを助けなければ。お師匠様、力を貸してください」
ルウルウがそう言うと、タージュはおのれの目を閉じた。タージュは一瞬だけうつむき、そして再び目を開けてルウルウを見る。
「わかりました、ルウルウ。あなたが望むのであれば」
タージュも決心したようだ。
「私たちふたりで、ジェイドたちのもとへ行きましょう」
「どうやって?」
「聖杯を飛ばします。ジェイドたちはこの魔王の
そう言ってから、タージュは表情を曇らせる。
「魔王は当然、気づくでしょうね。私たちの考えることなど……」
「気づいたら、やっぱり妨害されますか?」
「いいえ。
魔王は退屈に耐えられない――ルウルウは思い出す。
魔王は「この世すべてが魔王の道化師だ」と言ったことがある。道化師とはすなわち、貴人の退屈を慰めるための存在だ。魔王は世界を自分の道化師にして、おもしろおかしく笑うつもりなのだろうか。そこに無垢なまでの邪悪さを感じる。
「魔王は私たちのすることがおもしろければ、見逃すでしょう。つまり大抵のことは見逃されます」
タージュの言葉に、ルウルウはうなずいた。タージュは手を振った。魔王の様子が映し出される壁が消える。
「まずはジェイドたちの位置を特定します。特定したらすぐさま飛びますよ」
「はい。わたしに手伝えることはありますか?」
タージュが両手を地面に当てる。真っ暗な地面に、タージュの白い手が当たる。
「ルウルウ、私の手にあなたの手を」
「はい」
ルウルウはタージュの指示どおり、みずからの手をタージュの手に重ねた。
「聖杯内の魔力は一部だけを使い、できるかぎり温存します。温存しつつジェイドたちを探すには、ルウルウ、あなたの魔力が必要です。あなたの魔力を、私が受け取ります」
ルウルウの魔力を使い、ジェイドたちを探す。難しそうに聞こえるが、ルウルウにはできる気がした。
「しっかり気を張るのですよ、ルウルウ」
「はい……!」
タージュの指示に、ルウルウはしっかりとうなずいた。タージュが方策を告げる。
「魔力の動きを探ります。ジェイドたちはきっと、困難のなかにあるでしょうから。敵の魔力が捕捉できれば、場所がわかります」
「はい、お師匠様!」
「始めますよ、ルウルウ」
タージュが小さく呪文を唱え始める。ルウルウは魔力をタージュに向かって流す。体の中で魔力を編み上げ、タージュとつないだ手に集中させる。
「ああ……!」
ルウルウの頭の中に、星空のようなイメージが流れ込んでくる。紺碧の空に、キラキラと光る星。大きな月も見えた気がした。その濃い色が急に、白っぽく変換される。無機質な石畳で組まれた迷宮が見える。
いくつかの部屋の様子が、頭の中を奔っていく。そうしているうちに、視界がなにかに吸い寄せられていく。強い魔力を検知できたのだ。
「いた……!」
ルウルウは思わずつぶやいた。ジェイドたちが何者かと対峙している。その者とは、水でできた巨大なドラゴンだ。
「ドラゴン!?」
「あれは魔力の塊です。おそらく聖杯に注ぐために、魔王が集めてあったものでしょう」
タージュが語るうちに、ドラゴンが動いた。ドラゴンが大きく口を開けると、ジェイドたちが耳元を押さえる。ルウルウに音は聞こえないが、ドラゴンが咆哮したと感じ取れた。ドラゴンが尾を振り回し、ジェイドたちを攻撃しようとする。
「ジェイド! みんな!!」
「いけない、彼らも糧にするつもりです!」
魔力の塊が、ジェイドたちを狙う理由。それはジェイドたちから魔力を奪うことだ。魔力を限界まで奪われれば、ひとは動けなくなる。魔法使いでない彼らはひとたまりもない。
「お師匠様……!」
「飛びますよ、ルウルウ!」
「っ、はい!」
ルウルウは集中して、タージュの指示に従った。