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第1-2話 取り戻すもの(2)

 ジェイドたちは、水のドラゴンと対峙していた。

 ドラゴンの咆哮が、強くジェイドたちの鼓膜を揺らす。思わず手で耳元を押さえなければならないほどの咆哮だ。その苦痛に気を取られると、次はドラゴンの攻撃が飛んでくる。


「ぬぅん!」


 ドラゴンが繰り出す鋭い爪の攻撃を、ハラズーンの棍棒が受け止めて弾く。と思えばドラゴンがその場で旋回し、尾を振り回す。全員で逃げ惑うようにかわす。


「ちっ! どうするんだい、こりゃぁ!?」

「武器もろくにない、魔法もない、絶体絶命というやつだな!」


 ランダの言葉に、ハラズーンが深刻な軽口で答える。

 実際、彼らには武器が不足している。ランダとジェイドには短剣しかない。ハラズーンは棍棒があるが、いつまでもドラゴンの強大な一撃を防げるとは思えない。カイルは魔力切れで魔法が使えない。ピンチだ。


 突如、ジェイドたちとドラゴンのあいだに、光の塊が現れる。光があたりを照らし、まばゆさに目がくらむ。ドラゴンも現れた光にたじろぐ。


「なに!?」

「あれは!?」


 光の中に、浮かぶ影がある。華麗な装飾を施した器――聖杯だ。


「っ!」


 ジェイドが走り出した。光の中から聖杯が飛び出す。ジェイドが聖杯を受け止める。

 聖杯のフタがカタリと揺れた。すきまから光の玉が飛び出してくる。玉はあっという間に大きくなり、人のかたちになった。地面に降り立つ。


「ルウルウ!?」

「ジェイド! よかった、無事!?」

「ああ。ルウルウも……無事そうだな」


 ふたりは素早くたがいの状態を確認しあった。

 ランダたちも目を丸くする。


「ルウルウ!」

「みなさんも……! よかった」


 ホッとしたのもつかの間、ルウルウは表情を引き締める。


「わたしがドラゴンをなんとかします!」


 ルウルウは杖を構えた。タージュの御守りがついた、杖だ。タージュの姿はないが、まるでそばに彼女がいるような気がする。心強い。実際、タージュは聖杯というかたちでそばにいるのだ。


「水よ、この世をあまねく閉ざす黒雨となるものよ!」


 ルウルウは体内で、急速に魔力を編み上げていく。パチパチとごく小さな雷がルウルウの周囲に飛ぶ。今までになかった強い魔力が光を放って、ルウルウを照らす。


「我が願いに応え、水神鳴みずがみなりの奇跡を示せ!」


 ルウルウは杖をドラゴンに向かってかざした。杖が編み上がった魔力に方向性を与え、ドラゴンに向かって雷撃が放たれる。空気を切り裂く轟音とともに、雷がドラゴンの肉体を吹き飛ばす。


「ギャアアアアァッ!!」


 ドラゴンは吹き飛ばされながら、雄叫びを上げた。巨体が転がって貯水池へと落ちる。大きな水しぶきを上げて、霧散する。薄紫色の霧が、あたりに立ち込めた。


「フウ……」

「すご……!」


 ランダが感嘆した。ルウルウの魔法は、かなり威力が上がっていた。


「どうしたんだい、ルウルウ。アンタの魔法、こんなに強かったか?」

「それは……お師匠様のおかげです。お師匠様が、コツを教えてくれたんです」


 ルウルウは聖杯の内側で、タージュから魔力を受け取っていた。タージュが言うにはルウルウの体内から使った分を戻しただけらしい。それでもルウルウが使える能力は上がっている。


「お師匠様が教えてくれたとおりにしたら、こうなりました」

「はぁ……なんだかよくわかんないけど、アンタ、タージュと会えたんだね」


 全員が集合する。


「ジェイド、聖杯は?」

「ここにある」


 ジェイドの手の中に、聖杯がある。華麗な装飾を施した器は、静かにそこにある。


「……というか、これが聖杯なのか? ルウルウ」

「うん。この中にあるお師匠様の魂が、わたしをここまで導いてくれたの」


 ルウルウはジェイドたちに、簡潔に起こったことを話した。聖杯の内側に、タージュの魂があること。魔王が悪意の神になろうとしていること――そういうことを話した。

 一方でルウルウは、タージュと魔王が自分の両親であることは話せなかった。なんとなく、話す気にならなかった。隠したいわけではない。だがいまは話せないと思った。


 ジェイドたちもまた、みずからの身に起こったことを話した。魔王に迷宮へと押し流され、四人でなんとか合流できたことを話す。


「カイル、怪我をしたの……!?」


 ルウルウはカイルの手の傷を見る。ルウルウが回復魔法をかけると、傷はみるみるふさがっていく。


「これで大丈夫」

「ありがとう、ルウルウ」

「ううん、魔力切れは補えないけど……」

「十分だよ」


 カイルが苦笑する。回復魔法は、体中の傷を癒やすことができる。一方で、体内の魔力を補うことはできない。


「合流できた。聖杯もある。いよいよ魔王と決戦、ってワケかい」

「はい。まずは魔王を探さないと」

「ルウルウは聖杯と一緒に、飛んできた……ってコトだろう? アタシらも聖杯に入って連れてってもらえばいいんじゃないか?」

「それなんですが……」


 ルウルウは残念そうに言った。


「お師匠様が言ってました。この人数だと瞬間的に飛ばすのは難しいって……」

「そうかい……」

「でも、ここから抜け出す方法は教えてもらえます! 大丈夫ですっ!!」


 ルウルウは全員を元気づけるように、明るい口調で言った。


「だけどね、ルウルウ。残念な知らせもある」

「え……」

「アタシとジェイド、武器がないんだよね……」


 ランダが頭を抱える。ジェイドはショートソードを、ランダは弓を失っている。

 すると聖杯が反応した。聖杯の周囲にポワっと光の玉が浮かび、消える。その途端、ルウルウの頭になにかが流れ込んだ。


「霧が晴れたら……見える? お師匠様、それは……」

「なんだって?」


 ルウルウがひとり言をつぶやくと、霧が晴れていく。貯水池の手前の床に、弓と剣が転がっている。


「あーっ! アタシの弓!」


 ランダが素っ頓狂な声を上げた。ジェイドとともに武器を拾う。状態を確かめる。


「うん、使えそう。ジェイド、アンタは?」

「ああ、これならいけそうだ」


 ジェイドは剣を確かめる。いつも使っているショートソードに違いない。


「お師匠様が言うには、あのドラゴンが取り込んであったみたいです」

「なにはともあれ、取り戻せた。これで戦闘ができるな」

「アタシは矢が一本しかないけど、ま、これで魔王の眉間をブチ抜いてやるよ!」


 ジェイドとランダはうなずき合う。武器があることが心強い。


「……いまの光、タージュ殿か?」

「うん」


 ジェイドの問いに、ルウルウはうなずいた。タージュは聖杯の内側から、光の玉に意思を乗せて、ルウルウに伝えたのだ。


「ジェイド、聖杯を」

「ああ」


 ルウルウは聖杯を受け取り、持つ。聖杯の周囲にポワポワと光の玉が浮かび、消える。それは言葉ではない。だが光の玉が消えるたび、タージュの意思がルウルウの頭の中に流れ込んでくる。ルウルウはタージュの思うところを理解する。


「ふん、ふん……こっちに曲がって……はい……」


 一行は、迷宮内を歩む。タージュの指示に従い、壁を探る。床にふれる。そのたび隠されたスイッチを発見し、押す。隠されていた通路や階段があらわれ、先に進むことができる。


「ここだ……!」


 何度か隠し通路を通り、ルウルウは一本の階段に到達した。階段の先から光が差し込み、爽やかな気配がする。明らかに出口のようだった。


「この先が、さっきの庭につながるのか?」

「うん、気をつけて……行こう」


 全員で階段を上る。まるで天国への階段を昇っていくように。決意と不吉さが混在する一歩を、踏みしめていった。

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