ジェイドたちは、水のドラゴンと対峙していた。
ドラゴンの咆哮が、強くジェイドたちの鼓膜を揺らす。思わず手で耳元を押さえなければならないほどの咆哮だ。その苦痛に気を取られると、次はドラゴンの攻撃が飛んでくる。
「ぬぅん!」
ドラゴンが繰り出す鋭い爪の攻撃を、ハラズーンの棍棒が受け止めて弾く。と思えばドラゴンがその場で旋回し、尾を振り回す。全員で逃げ惑うようにかわす。
「ちっ! どうするんだい、こりゃぁ!?」
「武器もろくにない、魔法もない、絶体絶命というやつだな!」
ランダの言葉に、ハラズーンが深刻な軽口で答える。
実際、彼らには武器が不足している。ランダとジェイドには短剣しかない。ハラズーンは棍棒があるが、いつまでもドラゴンの強大な一撃を防げるとは思えない。カイルは魔力切れで魔法が使えない。ピンチだ。
突如、ジェイドたちとドラゴンのあいだに、光の塊が現れる。光があたりを照らし、まばゆさに目がくらむ。ドラゴンも現れた光にたじろぐ。
「なに!?」
「あれは!?」
光の中に、浮かぶ影がある。華麗な装飾を施した器――聖杯だ。
「っ!」
ジェイドが走り出した。光の中から聖杯が飛び出す。ジェイドが聖杯を受け止める。
聖杯のフタがカタリと揺れた。すきまから光の玉が飛び出してくる。玉はあっという間に大きくなり、人のかたちになった。地面に降り立つ。
「ルウルウ!?」
「ジェイド! よかった、無事!?」
「ああ。ルウルウも……無事そうだな」
ふたりは素早くたがいの状態を確認しあった。
ランダたちも目を丸くする。
「ルウルウ!」
「みなさんも……! よかった」
ホッとしたのもつかの間、ルウルウは表情を引き締める。
「わたしがドラゴンをなんとかします!」
ルウルウは杖を構えた。タージュの御守りがついた、杖だ。タージュの姿はないが、まるでそばに彼女がいるような気がする。心強い。実際、タージュは聖杯というかたちでそばにいるのだ。
「水よ、この世をあまねく閉ざす黒雨となるものよ!」
ルウルウは体内で、急速に魔力を編み上げていく。パチパチとごく小さな雷がルウルウの周囲に飛ぶ。今までになかった強い魔力が光を放って、ルウルウを照らす。
「我が願いに応え、
ルウルウは杖をドラゴンに向かってかざした。杖が編み上がった魔力に方向性を与え、ドラゴンに向かって雷撃が放たれる。空気を切り裂く轟音とともに、雷がドラゴンの肉体を吹き飛ばす。
「ギャアアアアァッ!!」
ドラゴンは吹き飛ばされながら、雄叫びを上げた。巨体が転がって貯水池へと落ちる。大きな水しぶきを上げて、霧散する。薄紫色の霧が、あたりに立ち込めた。
「フウ……」
「すご……!」
ランダが感嘆した。ルウルウの魔法は、かなり威力が上がっていた。
「どうしたんだい、ルウルウ。アンタの魔法、こんなに強かったか?」
「それは……お師匠様のおかげです。お師匠様が、コツを教えてくれたんです」
ルウルウは聖杯の内側で、タージュから魔力を受け取っていた。タージュが言うにはルウルウの体内から使った分を戻しただけらしい。それでもルウルウが使える能力は上がっている。
「お師匠様が教えてくれたとおりにしたら、こうなりました」
「はぁ……なんだかよくわかんないけど、アンタ、タージュと会えたんだね」
全員が集合する。
「ジェイド、聖杯は?」
「ここにある」
ジェイドの手の中に、聖杯がある。華麗な装飾を施した器は、静かにそこにある。
「……というか、これが聖杯なのか? ルウルウ」
「うん。この中にあるお師匠様の魂が、わたしをここまで導いてくれたの」
ルウルウはジェイドたちに、簡潔に起こったことを話した。聖杯の内側に、タージュの魂があること。魔王が悪意の神になろうとしていること――そういうことを話した。
一方でルウルウは、タージュと魔王が自分の両親であることは話せなかった。なんとなく、話す気にならなかった。隠したいわけではない。だがいまは話せないと思った。
ジェイドたちもまた、みずからの身に起こったことを話した。魔王に迷宮へと押し流され、四人でなんとか合流できたことを話す。
「カイル、怪我をしたの……!?」
ルウルウはカイルの手の傷を見る。ルウルウが回復魔法をかけると、傷はみるみるふさがっていく。
「これで大丈夫」
「ありがとう、ルウルウ」
「ううん、魔力切れは補えないけど……」
「十分だよ」
カイルが苦笑する。回復魔法は、体中の傷を癒やすことができる。一方で、体内の魔力を補うことはできない。
「合流できた。聖杯もある。いよいよ魔王と決戦、ってワケかい」
「はい。まずは魔王を探さないと」
「ルウルウは聖杯と一緒に、飛んできた……ってコトだろう? アタシらも聖杯に入って連れてってもらえばいいんじゃないか?」
「それなんですが……」
ルウルウは残念そうに言った。
「お師匠様が言ってました。この人数だと瞬間的に飛ばすのは難しいって……」
「そうかい……」
「でも、ここから抜け出す方法は教えてもらえます! 大丈夫ですっ!!」
ルウルウは全員を元気づけるように、明るい口調で言った。
「だけどね、ルウルウ。残念な知らせもある」
「え……」
「アタシとジェイド、武器がないんだよね……」
ランダが頭を抱える。ジェイドはショートソードを、ランダは弓を失っている。
すると聖杯が反応した。聖杯の周囲にポワっと光の玉が浮かび、消える。その途端、ルウルウの頭になにかが流れ込んだ。
「霧が晴れたら……見える? お師匠様、それは……」
「なんだって?」
ルウルウがひとり言をつぶやくと、霧が晴れていく。貯水池の手前の床に、弓と剣が転がっている。
「あーっ! アタシの弓!」
ランダが素っ頓狂な声を上げた。ジェイドとともに武器を拾う。状態を確かめる。
「うん、使えそう。ジェイド、アンタは?」
「ああ、これならいけそうだ」
ジェイドは剣を確かめる。いつも使っているショートソードに違いない。
「お師匠様が言うには、あのドラゴンが取り込んであったみたいです」
「なにはともあれ、取り戻せた。これで戦闘ができるな」
「アタシは矢が一本しかないけど、ま、これで魔王の眉間をブチ抜いてやるよ!」
ジェイドとランダはうなずき合う。武器があることが心強い。
「……いまの光、タージュ殿か?」
「うん」
ジェイドの問いに、ルウルウはうなずいた。タージュは聖杯の内側から、光の玉に意思を乗せて、ルウルウに伝えたのだ。
「ジェイド、聖杯を」
「ああ」
ルウルウは聖杯を受け取り、持つ。聖杯の周囲にポワポワと光の玉が浮かび、消える。それは言葉ではない。だが光の玉が消えるたび、タージュの意思がルウルウの頭の中に流れ込んでくる。ルウルウはタージュの思うところを理解する。
「ふん、ふん……こっちに曲がって……はい……」
一行は、迷宮内を歩む。タージュの指示に従い、壁を探る。床にふれる。そのたび隠されたスイッチを発見し、押す。隠されていた通路や階段があらわれ、先に進むことができる。
「ここだ……!」
何度か隠し通路を通り、ルウルウは一本の階段に到達した。階段の先から光が差し込み、爽やかな気配がする。明らかに出口のようだった。
「この先が、さっきの庭につながるのか?」
「うん、気をつけて……行こう」
全員で階段を上る。まるで天国への階段を昇っていくように。決意と不吉さが混在する一歩を、踏みしめていった。