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第1-3話 取り戻すもの(3)

「出られた……!!」


 階段を登り切ると、全員が開けた場所に出た。静かで美しい庭が広がっている。大水が押し流したあともない。花が咲き誇る、光に満ちた庭だ。

 そして魔王の姿も、見える範囲にはない。探さねばならないだろう。


「カイルは?」

「ありがとう、だいぶ落ち着いてきた」


 ハラズーンに抱えられていたカイルも、自分の足で立てるまでに回復していた。カイルの体内で、魔力が回復してきたのだ。

 ランダが不審そうに言う。


「魔力切れって、気を失うくらい大変なんだろ? 無理すんなよ」

「あなたたちみたいな、普通の人間と一緒にしないでよね。僕はエルフなんだから」

「なに言ってんだい、えらっそーに!」


 ランダがプンプン怒るが、本気で憤慨しているわけではない。このくらいトゲがあるほうが、ランダもカイルも気が重くならないのだろう。そしてそんな態度は、ルウルウたちの気持ちも落ち着かせる。


 カイルは庭に生えている木の枝を折った。ジェイドの短剣を借りて、先端を整える。簡素で短い杖ができる。カイルはそんな杖を数本作り、みずからがまとう服の腰に差した。


「こんなのでも……杖があれば、魔法が肉体に干渉するのを防げる」


 カイルが魔法で傷を負ったのは、手で直接、強力な風魔法を発したからだ。杖があれば、肉体を傷つけることなく、魔法を使えるらしい。ただ、出来あいの杖は脆弱であり、すぐ壊れてしまうのが難点だ。だからカイルは数本のスペアを作ったのだ。


「どこまでやれるかは、わからないけど」

「十分だ、カイル」


 カイルの肩を、ジェイドが軽く叩いた。


「この先はどう行けばいい、ルウルウ?」

「ええと……この道をたどって、先に進むといいみたい」


 ルウルウは聖杯内のタージュの意見も聞きつつ、前へと進んでいく。

 魔王城の庭は、穏やかな光景が広がっている。バラが咲き、小花が風に揺れ、木々の影が光を遮る。生け垣で区切られた領域ごとに、草木の植え込みで変化をつけてある。


 しかしこんな美しい光景も、魔王の気まぐれでどうとでもなる。静けさが不気味さをかもし出している。


 一行は、庭に掘られた池に出た。楕円形をいくつかつなげたような形をした、大きな池だ。池は、緑色に透き通った水が満ちている。水草が浮いていて、白い花をつけている。池には橋がかかっていて、先に進むにはそこを渡る必要がありそうだった。


「行きましょう」


 ルウルウ一行は橋を渡り始めた。


 コポリ、と音がした。

 小さな泡が湧き上がり、橋の下で弾けた。その音だ。普段なら誰も気にしないような音だ。


 ――コポ……コポコポコポ……。

 泡の音が連続する。澄んでいた音が徐々に変化し、ゴボゴボと濁った音になる。一行の耳にその音が届くのと同時に、ルウルウの頭にタージュの意思が流れてくる。それは警告の意思だった。


「気をつけて! 急いで渡りきります!」

「わかった!」


 ルウルウたちが足を速めた瞬間、水中からランダの足首をつかんだものがある。


「わぁあ!?」

「ランダさん!?」


 やせ細った腕が水中から突き出て、ランダの足首をつかんでいる。それは人間の腕に似ているが、皮膚の色が紫色だ。意外なまでに強い力で、ランダの足首を絞め上げる。


「いだだだ!! なんだいこりゃぁ!?」

「ランダ、いま助ける!」


 ジェイドがショートソードを抜く。ランダをつかむ腕を斬り払う。腕はひじごと切断され、ランダは橋の上で転がる。


「な、人間の腕ぇ!?」

「人間じゃない、魔族の腕だ!」

「どっちにしろ気持ちわりぃ!!」


 カイルの言葉に、一同はハッとして身構えた。ランダが足首をつかむ腕を取り払い、池へ投げ込む。同時に、膨大な数の腕が水中から突き出てくる。


「止まるな! 渡れ!!」


 ジェイドの叫ぶ声に応じ、一行はあわてて橋を渡りきった。

 それを待たずに、水中から巨大な影が立ち昇った。まるで水の底から、巨人のようなイモムシが出てきたようだ。ウゴウゴと鈍重な動きをしている。


「なんだ、アレ!?」

「まさか、魔族たちか……!」


 イモムシだと見えたのは、魔族たちの集合体だった。集合体の表面で、魔族たちがうごめいている。目を凝らせば、いずれの魔族も痩せこけているのがわかった。無数の目玉がギョロギョロと動いている。


「ありゃなんだい、あんなに痩せた連中が……!?」

「迷宮に棄てられていた連中だ……!」


 ジェイドは思い出していた。地下迷宮に打ち棄てられていた、無数の魔族たちを。彼らはまだ生きていたが、魔力を搾り取られて苦しみの中にあった。あのとき魔族たちはもはや動ける状態でないように見えたが、ここまで這い出てきたということだろう。


「ウウ……アァァ……」


 おぞましい光景だった。魔族の集合体が、無数の口でうめいている。言葉も混じっているかもしれないが、意味のない音にしか聞こえない。


「ルウルウ、タージュ殿はなにか言っているか?」

「地下迷宮に溜まっていた魔力が、彼らにこんなかたちを与えた……ようです」


 ルウルウがタージュの意思を伝える。


「あの地下迷宮は、魔力搾取の装置だったようです」


 地下迷宮は、見た目は地下水路にしか見えなかった。しかし実際は、迷宮を模した魔力を奪い取る装置だったのだ。魔族たちは水路の中で迷ううち、魔力を搾り取られて力尽きる。魔力は一時的に水のドラゴンの姿を取ったが――ルウルウが打倒したことで、持ち主たちに戻ったのだ。


 だが半分死んでいる魔族に魔力を注いだところで、彼らが十全の状態に復活することはなかった。膨大な魔力が、彼らを生ける屍に変えてしまったようだ。


「倒すしかありません。わたしの魔法で――」

「ここは僕に任せて」


 ルウルウの言葉を、カイルがさえぎった。カイルは木の枝で作った簡素な杖を取り出す。


「ルウルウ、あなたは魔力を温存しなよ。あいつらは僕がやる」

「カイル、でも……!」

「あいつらも、ああなりたくてなったんじゃない。僕は魔王の麾下きかだから、あいつらにまだできることがある」


 カイルの紫色の瞳に、決意がある。魔王の麾下の能力をもって、魔族の屍たちを倒す決意だ。


「わたしたちも戦います!」

「ダメだ。もう時間がないだろう?」


 そう言われて、ルウルウはハッとした。月と星が霊妙に並ぶ瞬間――そこを逃せば、魔王の居所には至れない。そう聞かされていたことを思い出す。


「魔王の居所は、この先だ。魔王はそこに戻っている。あなたたちは今しかそこに至れない」

「カイルは……」

「あいつらを倒すには時間がかかる。僕があいつらを引き寄せて、倒すよ。あなたたちはそのあいだに先へ進むんだ」


 カイルはここに残るつもりでいる。ルウルウたちはその思いを悟った。


「でも、カイル……」

「議論しているヒマも惜しい。行くんだ、ルウルウ!」


 カイルが厳しくルウルウに言う。ルウルウはジェイドを見た。ジェイドはカイルを見る。


「わかった。行くぞ、ルウルウ。皆も」

「あいよ」

「心得た」


 ランダとハラズーンが了承し、ジェイドはルウルウに視線を向ける。ジェイドの黒い瞳が、悲痛な決意をもってルウルウを見る。彼の視線には、カイルを残すことを心配しているが、それ以上に前へ進まねばならない決意が宿っている。


「……わかった」


 ルウルウも渋々ながらうなずいた。


 ――アァァァアアァ……!


 魔族の生ける屍たちが、吠えた。複数の口から放たれる苦痛の声が、重なり合ってひとつの咆哮となる。魔族の集合体は、ゆっくりと池から上がってくる

 カイルが集合体と対峙する。


「行って、皆!」


 カイルの言葉とともに、ジェイドがルウルウの手首をつかんだ。ルウルウが先に行くのを諦めないよう、ジェイドが引っ張っていく。


「行くぞ。カイルの行動を無駄にするな!」

「カイル、死なないで! あとで絶対、助けに来るから……!」


 ルウルウの呼びかけに、カイルが笑って手を上げる。ルウルウやジェイドたちが庭の先へと進んでいく。生け垣の先へと姿を消す。


 カイルは、魔族たちの集合体の前に立ちはだかった。


「さぁ、死にぞこないども。エルフと同じ道を辿りたいのか? それとも――生きたいのか?」


 カイルの呼びかけは、哀れみに満ちている。まるでみずからの種族がたどった道と、魔族たちの道を重ねて見ているかのようだ。


「エルフの少年王、カイルが相手をしよう! 同じ死にぞこない同士、存分に!」


 カイルが杖を振り上げた。風が舞っていた。

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