「…………」
ルウルウはジェイドに手を引かれながら、考えている。
魔族を倒すため、パーティを離脱したカイルのことが心配だ。カイルの風魔法は強力だが、魔力は無尽蔵ではない。魔力切れから回復してきた様子だったが、不足気味なのは否めない。本当に勝てるのだろうか。
そして自分たちのことも心配だ。本当に魔王に勝てるのか。装備は不足している。聖杯はあるが、タージュがどうするか細かいところまでは聞くことができない。
それでも前に進まねばならない。時間はいつまでも待ってはくれない。
青かった空が、徐々に薄い桃色に変化してきている。薄紅色の空は夕暮れを示しているのだろうか。はるか遠くに、うっすらとかすむ月が浮かんでいる。金色の月のまわりに、ひときわ明るい星の粒がきらめいている。
ずいぶん長いあいだ、ここにいる気がする。月と星が霊妙に並ぶときなど、もはや過ぎ去ってしまったのではないか。そう思ってしまう。ルウルウは首を横に振った。
「ルウルウ、大丈夫か?」
「うん……」
ジェイドの問いかけに、ルウルウは歯切れ悪く答えた。ルウルウにとっては、なにもかもが心配だ。だが、それでも進まねばならない。
一行はひときわ高い生け垣でさえぎられた角を曲がった。開けた場所に出る。生け垣などの視線をさえぎるものがなくなり、地平線まで見渡せるような広大な空間に出た。
「これは……!」
白い石造りの階段が、一段一段、宙に浮いている。月と星が浮かぶ薄紅色の空を背景に、薄緑色の芝生が広がる地面。そこに真っ白な階段が浮いているように見えた。
聖杯がルウルウに、タージュの意思を伝える。この階段の先が、魔王城の中枢らしい。つまり魔王がいる場所だ。
「のぼるのかい、これを……」
ランダが固唾をのむ。
いったい何百段あるのだろうか、階段ははるか空高くまで続いている。途中がかすんでいて、どこに至るのかも見えない。ひとつの段に幅は十分あるが、もし高所で足をすべらせて落下すればただでは済まないだろう。
「行くぞ」
ジェイドの判断は早かった。ルウルウの手を離し、ショートソードを抜く。一段目に片足を乗せる。階段は揺らぎもせず、ジェイドの体重を受け止めた。
「大丈夫だ、みんな」
「わかった」
ジェイドが三段ほど上り、ルウルウたちを振り返った。それを見て、ハラズーンがルウルウとランダを促す。
「さ、我がしんがりをつとめよう。魔法使い、弓手よ、行くがよい」
「怖くないのかい、アンタ」
「なぁに、
ハラズーンが明るく笑った。彼の言いようが、ルウルウたちを励ます。ジェイドに続いて、ルウルウが階段を
「お師匠様……」
聖杯がポッと光の玉を吐き出す。玉が、ルウルウにタージュの意思を伝えてくる。
「どうした?」
「月と星の並びが、もうすぐ始まるみたい。このペースで上まで行って……と言ってる」
「わかった、あせらず行こう」
高い高い階段を、一段、また一段と上っていく。全員の息が上がってくる。
薄紅色の空、金色の月、きらめく星、そして美しい庭――見えている光景は美しい。だがそれを楽しむ余裕が、ルウルウたちにはない。
「ハァ……ハァ……」
時折、全員で立ち止まって息を整える。足や体が重くなってくる。それでも階段は続いている。めげずに上がっていくしかない。
「ハァハァ……あっ!」
足が重くなり、ルウルウは思わず出した一歩を踏み外しかけた。体のバランスが崩れる。
「ルウルウ!」
パッとジェイドがルウルウの左腕をつかんだ。ルウルウも階段に右手をついた。転げ落ちずに済んだ。
「大丈夫か?」
「フゥフゥ……大丈夫……」
「よかった、落ちなくて」
ジェイドがルウルウを励ます。もはや上ってきた階段の下が見えないほど、自分たちのいる位置は高くなっている。
「まだ……到着できないのかい?」
ランダもゼェゼェと息を整えながら、聞いてくる。ハラズーンも息が上がっている。全員の疲労が強い。魔王と戦う前に、かなり消耗してしまったのがわかる。
そのとき――月と星が並んだ。星のきらめきが月のふちに重なり、小粒の宝石を飾ったようになる。その瞬間、階段をかすめていた空気にパッと光が満ちた。
第2話へつづく