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第2-3話 暴くもの(3)

「ランダさん、ランダさん……」


 魔王によって真実を暴かれたランダは黙り込んでしまった。ルウルウが呼びかけるが、ランダは反応しない。ルウルウは悲しそうに顔をしかめ、ランダに寄り添うしかない。


「ハラズーンとやらは、なかなか起きぬな」


 魔王はつまらなさそうに言う。


「我と同じ、第二の神の被造物。暗示が強くかかりすぎたか」


 第二の神――魔神、と俗称される神のことだ。第一の神――創造神が人間とエルフを作ったように、魔神は魔族と亜人たちを造った。竜人族のハラズーンもまた、亜人である。ルウルウの仲間たちの中では、もっとも魔族に近いと言えるだろう。


「ハラズーン、あれはね」


 魔王が語り始める。


棍棒メイスを持っているだろう? メイスとは本来、帯剣を許されぬ身分の戦士が使うものだ」

「……?」


 魔王の言葉に、ルウルウは首をかしげる。


「あれは竜人の王族に生まれたが、本当は神官になるはずだったのさ」


 魔王は聖杯を撫でて、また腰掛けた。聖杯は沈黙したまま、テーブルの上にある。


「神官は帯剣を許されぬ。ゆえにハラズーンはメイスにて技を磨いた。だが……その膂力強きを誇る乱暴者ゆえに、神官になることを拒んだ。かくして乱暴者は竜人谷の神殿を抜け、冒険者になったというわけだ」

「そんな話、ありふれているだろう……」


 ジェイドが低い声で言う。


「そうだな、貴様らのパーティの中ではもっともつまらぬ経歴だ」


 魔王はケラケラと笑った。ありふれた話は、魔王にとって退屈なものだと断じられる。侮辱されている――と、ジェイドもルウルウも思った。


「笑わないでください……!」


 ルウルウは悲しみをこめて言った。


「あなたに、わたしの仲間を笑う資格なんてない!」

「そうだ。貴様に嘲笑されるほど、俺たちは落ちぶれちゃいない」


 ルウルウの言葉に、ジェイドが同意する。

 魔王はつまらなさそうに、ひとつ肩をすくめて見せた。


「ジェイド、といったか。ルウルウに想いを寄せているな」


 魔王の矛先が、ジェイドに向く。

 ジェイドはルウルウが好きだろう、と魔王は言っている。ルウルウはドキリとしたが、ジェイドの表情は変わらない。


「それがどうした? そのことで俺が揺らぐとでも思って――」

「東方大陸で、獣人族相手に恋をしていたらしいじゃないか」

「――!?」


 魔王の言葉に、ジェイドの黒い目が見開かれる。


 ルウルウはランダの隣で、顔を上げてジェイドを見る。

 ジェイドが赤面していた。彼のなにかが暴かれようとしている。彼の心の奥底の、突かれれば痛む部分を突き刺されたようだ。彼のそんな表情を、ルウルウは初めて見た。


「ジェイド、貴様の仕えた帝国は、宮廷にて東方大陸各地から貴人の子女を集めて奉仕させていた。その中に、特に美しい獣人族の姫がいた。白い毛の美しい、オオカミのような姫君だったな?」


 魔王の瞳がにんまりと笑う。ジェイドは反論しない。


「皇帝の宮に仕える姫君と、一介の武官。貴様の片想い、成就せぬ恋のはずが――ずいぶんと、相手もまんざらではなさそうだったじゃないか」


 魔王はまるで見てきたかのように、ジェイドの話をする。否、見たのだろう。魔王の千里眼は、ジェイドの生まれた東方大陸をも見通す力があるようだ。


「ジェイド……」


 ルウルウは初めて聞くジェイドの物語に、心臓が早まっていくのを感じた。彼の過去はいつか聞きたいと思っていた。だがそれが魔王の暴く恋物語だとは想像もしていなかった。聞いてはいけない。そう思うが、魔王の口は止まらない。


「めでたく両想い、かと思われたが。オオカミの姫は、親に呼び戻されて領地へ戻った。ほかの男と結婚するために、な」

「…………」


 ジェイドは失恋したのだ。と、ルウルウは思った。

 魔王が続ける。


「結局、姫君は死んだな。なぁ、ジェイド?」

「――っ!」


 ルウルウはジェイドの顔を凝視した。ジェイドの表情は固く、魔王の言葉に息を呑んだのがハッキリとわかった。


「夫たる男に蹴られた傷がもとで、死んだそうじゃないか」

「……やめろ」

「なぜ蹴られたかって? 姫君は貴様が忘れられず、政略結婚した夫に心を開かなかったからだ」

「やめろ!!」


 ジェイドが叫んだ。短剣を抜き、魔王へ飛びかかろうとする。魔王が指を上げる。ジェイドは体の自由を失い、深く椅子に座ってしまう。怒りの表情を浮かべ、ジェイドはもがく。だが彼の腰が椅子から上がることはなかった。


 魔王はジェイドの様子を見て、クスリと笑った。


「かわいそうな姫君の死を聞いて、貴様は帝都を飛び出したのだ」


 ジェイドの語らなかった、隠していた過去が暴かれる。


 ルウルウには思い当たることがあった。かつてレークフィア王国宮廷の中庭にて、ジェイドがルウルウに語ったことがある。


 ――多くの出会いがあり、別れもあった。

 ――おのれの立場が不自由で、息が詰まると思ったときがあって。

 ――気がついたら帝都を出奔していた。西方大陸行きの船に乗ったんだ。


 ジェイドの言っていたことは、これだったのだ。出会いと別れ――それは、ジェイドがかつて愛したひととの邂逅と別離。あまりにつらい別れだったのだろう。ジェイドが身分も生まれ故郷も捨ててしまうほどに。


「貴様は変わり者だ。普通の人間であれば、亜人に想いを寄せることなどありえない。だが貴様は亜人と恋をした。恋ができてしまった。つまり、そういう風に生まれ落ちてしまったのだなぁ」


 魔王はクスクスと笑った。


「だからルウルウのことも愛したのだろう? ルウルウは人間ではないからな」

「なんの、ことだ……!?」

「フフ、その想いのなんと穢らわしいことか」


 心底おかしそうに、魔王が笑う。


「貴様の心の奥底は、人間を疎んじている。だから本能的に亜人に恋もするし、ルウルウをも求めるのだ」

「そんなわけが……! ルウルウは……!」

「あるとも。ルウルウは半分だけ魔族――我が眷属であるからな」


 魔王はあっさりその秘密を語る。

 ルウルウはビクリと体を震わせた。彼女の心臓を、まるで氷が落ちかかってくるような感覚が襲う。ルウルウの全身から冷や汗が噴き出る。


 ジェイドが驚いた声を上げた。


「ルウルウが、魔族……!?」

「おや、ルウルウは話していなかったな。あれは我とタージュの娘であるぞ」

「――!」


 すべてを端的に、魔王は語った。ジェイドは言葉を失い、ルウルウを見る。ルウルウはその視線を、うつむいて受けた。ルウルウは顔を上げることができなかった。


「ルウルウ」


 魔王が語りかけてくる。深みのある、低い声で。そこには愛情が含まれている。


「お前は肝心なことを仲間に伝えなかったね。もし誰かがそれをそしっても、裏切りではないよ」


 優しく、すべてを許す口調で、魔王が語りかけてくる。


「我が魔王であることを、かつてタージュに伝えなかったように」

「……っ!」


 ルウルウは心底、自分の行動に打ちひしがれた。

 ルウルウは思う。自分のしたことは、魔王と同じだった。裏切るつもりなんてなかった。だが結果的に、仲間に隠し事をしてしまった。これが裏切りでなくて、なんというのだ。恥ずかしい。消えてしまいたい――。


「ごめ……ん……なさい……」


 ルウルウはその言葉を喉から引きずり出した。精一杯の言葉だった。

 ジェイドもまた、ルウルウの謝罪を聞いて、愕然とした表情をした。


「ルウルウ」

「ごめんなさい……ジェイド、ごめんなさい……!」


 ああ、彼に謝ることしかできない。絶望感がルウルウの心を打ちのめした。

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