タージュの庵――に似せた、魔王の庵。その扉がゆっくりと
「ルウルウ」
ジェイドがルウルウを見る。ルウルウは聖杯を抱えて、ビクッと肩を震わせた。彼になにを言われるのか予測できない。不安がルウルウの心に満ちる。
「俺はやる。ルウルウ、君はここで待っていて」
ジェイドの言葉を聞いて、ルウルウは首を横に振った。
「わたしも行く。お願い、ジェイド。一緒に行かせて」
「……いいんだな?」
ジェイドが深い憂いを含んだ視線で、ルウルウに確認する。
「ルウルウ、君は父親を――」
「それでも、行くんだろ」
言いかけたジェイドに、うめくような声がかかった。椅子に座り込んでいたランダだ。
「父親だろうが、母親だろうが、関係あるか」
「ランダ」
ジェイドがランダの様子を見る。ランダは憔悴した様子だったが、それでも瞳には強い光が宿っている。
「魔王は、魔族の王。悪意をばらまく。ヤツに魅了された者は、みな魔族になる」
「ランダさん……」
「敵だよ、あいつは。アタシたちの敵で、間違いない」
ランダはゆっくりと椅子から立ち上がった。
「アタシらを馬鹿にした報いは、受けてもらわなきゃ……だろ?」
ランダは悲しげに笑ってみせた。ひとつ息を吐いて、ランダはあたりを見回す。壁際に弓と矢筒が立てかけられている。
「気になってたんだよね、これ」
ランダは矢筒の中を確認する。矢筒には矢が十本、入っている。ランダは矢の様子を入念にチェックし、弓の弦も検(あらた)める。
「よし、打てるよ」
「行けるか、ランダ」
「ああ。矢があるあいだは、役に立つよ」
ジェイドもまた、ショートソードを検める。研ぎたての切れ味、とはいかないが十分戦えるようだ。
「ルウルウ」
「は、はいっ」
「アンタも杖をちゃんと調べときな」
「はい!」
ランダに言われて、ルウルウは聖杯を抱えたまま、壁にかかった杖を手に取った。タージュの魔力がこもった御守りがついている。真珠と羽で造られた御守りだ。その魔力はいまだ枯れることなく宿っている。タージュの魂も肉体も生き続けている証拠だ。
ルウルウは杖をギュッと握りしめた。この杖は、幾度となくルウルウの力になってくれた。杖と聖杯――タージュの心がここにあるような気がする。いまは抱えた聖杯に温かみが宿ったような気さえする。
「ハラズーンと合流できればいいが」
ジェイドが希望を口にする。ルウルウが抱えた聖杯から、ぽわ、と光の玉が出る。ルウルウにタージュの意思を伝える。
「お師匠様が……」
「なんと言っている?」
「お師匠様はかつて、肉体を生かすため、そこに魔法をかけたそうです。おそらくその魔法が、ハラズーンさんを導いていると……」
ルウルウにも詳しい原理はわからない。だがおそらく、聖杯の中でルウルウと語り合ったタージュと同様のものがタージュの肉体にもあるのだろう。つまり魔法使いの意識を複製して、案内人にさせるという魔法だ。ひとの魂を望んだように扱う、高度な魔法だった。
「肉体と魂は引き寄せられるものです。いずれ必ず、ハラズーンさんと合流できると……」
「わかった。いまは進むべきか」
ルウルウの言葉に、ジェイドがうなずく。彼の態度はいつもと変わらない――ように、ルウルウには感じられた。ルウルウはジェイドの態度に安堵した。
たがいに信じられない秘密を暴かれてしまったのだ。じっくりと今後の関係について語り合うべき秘密だ。だがおそらく、ジェイドはいますぐ追求するようなことはしない。物事には優先順位がある。
――魔王を倒す。
その一点だけが、パーティ全員にとって優先されるべきことだ。
「終わったら、話そう」
「ジェイド?」
ルウルウはジェイドの目を見た。彼の漆黒色の瞳は、決意を宿している。ルウルウは涙があふれそうになった。何度もまばたきをして、ルウルウはぐっと泣くのをこらえた。
「わかった。みんなで……話そう」
「ああ」
ジェイドがルウルウの肩をポンとひとつ叩いた。ルウルウはみずからの心がずいぶんと軽くなるのを感じた。
――きっとジェイドだって、聞かれたくなかっただろう。
――ランダさんだって、知りたくなかっただろう。
――ハラズーンさんだって、断じられたくなかっただろう。
――わたしも、言いたくないと思ってしまった。
その痛みを心に沈めたまま、魔王とは戦わなくてはならない。勝たなくてはいけない。全部終わったら、みんなで話そう。話したいことも、話したくないことも、きっと言葉にできるはずだ。
ルウルウは不思議な安堵感を胸に、身構える。淡青色の瞳には決意を宿し、真珠色の髪の毛先まで魔力をみなぎらせたい気持ちでいる。
「……いきましょう」
三人はうなずき合い、ジェイドが扉の取っ手へと手を伸ばした。バン! と扉を開き、外へと向かう。
三人は光の中へと飛び出した。まばゆい光が、三人を包みこんでいく――。