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第3-1話 因縁の終着点(1)

 タージュの庵――に似せた、魔王の庵。その扉がゆっくりとひらいていく。扉は半分だけ内側に開くと、動きを止めた。外の様子はまだ見えていない。ただ、光が差し込んできているのだけがわかる。


「ルウルウ」


 ジェイドがルウルウを見る。ルウルウは聖杯を抱えて、ビクッと肩を震わせた。彼になにを言われるのか予測できない。不安がルウルウの心に満ちる。


「俺はやる。ルウルウ、君はここで待っていて」


 ジェイドの言葉を聞いて、ルウルウは首を横に振った。


「わたしも行く。お願い、ジェイド。一緒に行かせて」

「……いいんだな?」


 ジェイドが深い憂いを含んだ視線で、ルウルウに確認する。


「ルウルウ、君は父親を――」

「それでも、行くんだろ」


 言いかけたジェイドに、うめくような声がかかった。椅子に座り込んでいたランダだ。


「父親だろうが、母親だろうが、関係あるか」

「ランダ」


 ジェイドがランダの様子を見る。ランダは憔悴した様子だったが、それでも瞳には強い光が宿っている。


「魔王は、魔族の王。悪意をばらまく。ヤツに魅了された者は、みな魔族になる」

「ランダさん……」

「敵だよ、あいつは。アタシたちの敵で、間違いない」


 ランダはゆっくりと椅子から立ち上がった。


「アタシらを馬鹿にした報いは、受けてもらわなきゃ……だろ?」


 ランダは悲しげに笑ってみせた。ひとつ息を吐いて、ランダはあたりを見回す。壁際に弓と矢筒が立てかけられている。


「気になってたんだよね、これ」


 ランダは矢筒の中を確認する。矢筒には矢が十本、入っている。ランダは矢の様子を入念にチェックし、弓の弦も検(あらた)める。


「よし、打てるよ」

「行けるか、ランダ」

「ああ。矢があるあいだは、役に立つよ」


 ジェイドもまた、ショートソードを検める。研ぎたての切れ味、とはいかないが十分戦えるようだ。


「ルウルウ」

「は、はいっ」

「アンタも杖をちゃんと調べときな」

「はい!」


 ランダに言われて、ルウルウは聖杯を抱えたまま、壁にかかった杖を手に取った。タージュの魔力がこもった御守りがついている。真珠と羽で造られた御守りだ。その魔力はいまだ枯れることなく宿っている。タージュの魂も肉体も生き続けている証拠だ。


 ルウルウは杖をギュッと握りしめた。この杖は、幾度となくルウルウの力になってくれた。杖と聖杯――タージュの心がここにあるような気がする。いまは抱えた聖杯に温かみが宿ったような気さえする。


「ハラズーンと合流できればいいが」


 ジェイドが希望を口にする。ルウルウが抱えた聖杯から、ぽわ、と光の玉が出る。ルウルウにタージュの意思を伝える。


「お師匠様が……」

「なんと言っている?」

「お師匠様はかつて、肉体を生かすため、そこに魔法をかけたそうです。おそらくその魔法が、ハラズーンさんを導いていると……」


 ルウルウにも詳しい原理はわからない。だがおそらく、聖杯の中でルウルウと語り合ったタージュと同様のものがタージュの肉体にもあるのだろう。つまり魔法使いの意識を複製して、案内人にさせるという魔法だ。ひとの魂を望んだように扱う、高度な魔法だった。


「肉体と魂は引き寄せられるものです。いずれ必ず、ハラズーンさんと合流できると……」

「わかった。いまは進むべきか」


 ルウルウの言葉に、ジェイドがうなずく。彼の態度はいつもと変わらない――ように、ルウルウには感じられた。ルウルウはジェイドの態度に安堵した。


 たがいに信じられない秘密を暴かれてしまったのだ。じっくりと今後の関係について語り合うべき秘密だ。だがおそらく、ジェイドはいますぐ追求するようなことはしない。物事には優先順位がある。


 ――魔王を倒す。


 その一点だけが、パーティ全員にとって優先されるべきことだ。


「終わったら、話そう」

「ジェイド?」


 ルウルウはジェイドの目を見た。彼の漆黒色の瞳は、決意を宿している。ルウルウは涙があふれそうになった。何度もまばたきをして、ルウルウはぐっと泣くのをこらえた。


「わかった。みんなで……話そう」

「ああ」


 ジェイドがルウルウの肩をポンとひとつ叩いた。ルウルウはみずからの心がずいぶんと軽くなるのを感じた。


 ――きっとジェイドだって、聞かれたくなかっただろう。

 ――ランダさんだって、知りたくなかっただろう。

 ――ハラズーンさんだって、断じられたくなかっただろう。

 ――わたしも、言いたくないと思ってしまった。


 その痛みを心に沈めたまま、魔王とは戦わなくてはならない。勝たなくてはいけない。全部終わったら、みんなで話そう。話したいことも、話したくないことも、きっと言葉にできるはずだ。


 ルウルウは不思議な安堵感を胸に、身構える。淡青色の瞳には決意を宿し、真珠色の髪の毛先まで魔力をみなぎらせたい気持ちでいる。


「……いきましょう」


 三人はうなずき合い、ジェイドが扉の取っ手へと手を伸ばした。バン! と扉を開き、外へと向かう。


 三人は光の中へと飛び出した。まばゆい光が、三人を包みこんでいく――。

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