ルウルウたちは魔王の前に手詰まりとなっていた。剣も弓も魔法も、魔王を倒すには至らない。
「もうよい。飽きた、つまらぬ」
半身だけの魔王は笑うのをやめて、ルウルウに左腕を差し出す。
「ルウルウ、聖杯を返してもらおう」
ルウルウの抱える聖杯に、魔王の視線が刺さる。ルウルウは一歩、二歩と後ずさった。彼女をかばうように、ジェイドが立ちはだかる。ランダも矢を弓につがえ、構える。
「……あなたが神になったとしても」
ルウルウは聖杯をがっちりと抱えて、魔王を睨む。
「きっと、あなたの退屈は終わらない」
「ほう」
ルウルウの言葉に、魔王が眉を上げた。
「そんな半身の姿で、神になれるとも思えないしねぇ!」
「なれるとも。十全の姿に戻ればよいだけだ」
魔王がそう言うと、彼の残った半身から水がにじみ出てくる。透明な水は魔王の半身から空中に伸びていく。まるで木の幹から枝が伸びるかのようだ。
魔王の肉体が再生しようとしている。ルウルウたちにもそれが分かった。あせりが、ルウルウの心中に生まれる。再生される前に、魔王を打ち砕かなければいけない。ルウルウは杖を構え、呪文を唱える。
「水よ、この世をあまねく閉ざす黒雨となるものよ――」
「待て、魔法使いよ!!」
突然、ルウルウを制止する声がかかった。壁の割れ目、月の浮かぶ空をバックに、スバッと人影が浮かぶ。大きな人影は
「ぬうぅん!!」
「――!」
人影が棍棒を振り下ろす。魔王が、残っている左袖を振り上げた。バチンと音がして、メイスの重い一撃を白い袖が受けて火花が散る。人影は即座にメイスを引いて、着地した。次の瞬間には再びメイスを振り上げ、魔王を横薙ぎにする。
「どおおりゃあぁぁぁ!!」
魔王はその一撃を防ぎ切れず、脇腹を打たれて吹き飛んだ。魔王の再生しかけた体が三回転して、水晶の壁にぶち当たる。
「どっせい!!」
魔王にメイスの追撃が加わる。人影――リザードマンがメイスを突き出す。メイスの重い一撃が、魔王の体を壁にめり込ませた。メイスを持つリザードマンを見て、ジェイドが声を上げる。
「ハラズーン!!」
「待たせたな、剣士よ、弓手よ、魔法使いよ!!」
ハラズーンはメイスを引いた。魔王の再生しかけた体が、床へと崩れ落ちる。そのままハラズーンはルウルウたちのそばへとやってくる。
「まったく、外に張り付いておくのは骨が折れたぞ」
「外……というと」
「シュヴァヴ山の山頂に、この水晶の城はあるのだ」
ハラズーンはこの壁の割れ目の外に身を隠し、機をうかがっていたらしい。しかもハラズーンは人間を背負っていた。ひと一人を抱えて、ずっと不安定な岩場にいたらしい。
「お師匠様……!」
ルウルウが感極まったように、ハラズーンの背負う人間を見る。
ハラズーンが背負っているのは、タージュの肉体だ。ハラズーンはみずからの体にタージュの体をくくりつけ、背負っていたらしい。ハラズーンがタージュの肉体を背中から下ろす。
「ふう、魔法使いの師匠よ。言うとおりに機を活かせたぞ」
ハラズーンがタージュの肉体に語りかける。するとルウルウの持つ聖杯が反応した。フタがキラリと光って、ぱかりと外れ――タージュの肉体へと落ちる。フタは光の粒となって消え、タージュの目が見開かれる。タージュはよろりと立ち上がった。
「お師匠様……」
「ルウルウ、長く苦労をかけました」
ルウルウはタージュを支えた。タージュがルウルウを見る。
「聖杯の中身を、制御します。魔力を貸してください、ルウルウ」
「……はい!」
ルウルウは聖杯を持って構える。タージュがルウルウの背に回り、おのれの手をルウルウの手に重ねる。
「ジェイド、それに……ランダ殿、ハラズーン殿。下がっていてください」
「ああ」
「わかった」
「あいよ」
タージュの言葉に従い、ジェイド、ランダ、ハラズーンはルウルウたちより後方に下がる。
「ふ、く、く、く……」
地底から響くような声で、魔王がうめいた。笑っている。再生しかけた右腕を床につき、魔王はゆっくりと体を起こす。
「フタを外したな……タージュよ」
「…………」
魔王の言葉にタージュは応じなかった。タージュはルウルウとともに持った聖杯を、魔王へと向ける。
「聖杯の魔力は、我のものだ……返してもらおう!」
「返してほしいのならば、返しましょう」
ルウルウはタージュのほうを振り返るが、タージュは厳しい表情で魔王を見据えている。そしてタージュは呪文を唱え始めた。
「――力よ、万物の内にありて万物を廻す原点となるものよ」
ポウ、と聖杯の内部に光が宿った。
「……っ」
ルウルウはみずからの手を伝って、おのれの魔力がタージュに流れていくのを感じる。まるで体力が吸われていくような気がする。それでも怖がってはいられない。ルウルウは体内で魔力を編み上げて、体内の流れに乗せていく。タージュにみずからの力を手渡していく。
聖杯の内にある珠の光が増していく。聖杯がガタガタと震え、ピシリ、とひび割れた。
「我らが願いに応え」
タージュが言葉を紡ぐ。
「
唱え終わった瞬間、タージュとルウルウの手の中で、聖杯が砕けた。砕けた内部から光の珠が膨らみ、魔王へ向かって飛んだ。鋭く飛んだ光は弾丸となり――魔王の頭部に直撃する。球は、魔王の頭を貫かずそのまま消えていく。
「お、う……」
魔王が当惑した声を上げた。額を押さえ、困惑した表情を浮かべている。
「おお、なんと、本当に力を返すとは……」
「っ!?」
「返せ、と言ったのはそちらでしょう」
ルウルウはタージュを見上げた。タージュは表情を変えず、魔王を見ている。
「はは、はは。ならば我は、このいまこそ、いよいよ、魔神に――!」
魔王が腕を広げる。半分しかなかった魔王の肉体が、急激に再生していく。枝のようだった腕や腹に肉がつき、そこを再生した衣服が覆っていく。衣服には真珠の装飾品が揺れている。
「お、おい、なにが起こって……!?」
「タージュ殿! 魔王になにをしたのですか!?」
ランダやジェイドも困惑している。ただ、全員の目の前で、魔王が急速に再生していくのだけがわかる。
「裏切ったのか、魔法使いの師匠よ!」
ハラズーンがメイスを構える。その言葉に弾かれたように、ランダが弓を構える。
「……違う」
「ルウルウ?」
否定したのは、ルウルウだった。