魔王はタージュによって魔力の弾丸を撃ち込まれた。魔王は急速に肉体を再生させていく。タージュの裏切りかと思われたが――ルウルウが否定した。ジェイドがルウルウのそばへ向かう。
「ルウルウ」
「見ていて、みんな」
ルウルウはそう言うと、魔王のほうを見据えた。全員が魔王を見る。
「は、は、は、は…………は?」
笑っていた魔王が、笑うのをやめた。再生した魔王の右腕が、急速に太くなっていく。まるで丸太のようだ。大きく膨らんだ腕に、全身のバランスが崩れる。魔王は巨大化した右腕を落とすかのように、床に手をついた。
「な、なんだ……」
「あなたは神になれない」
タージュが告げる。
「大きすぎる力に肉体が耐えきれず、みずからの重みで潰れるでしょう」
そう告げられても、魔王は困惑した様子だ。まるで魔王にはタージュの言葉が届いていないかのようだ。
「なんだ、なんだ……上手く魔力が分散できぬ……重い……腕が、重い……」
魔王は巨大化した右腕を左手で押さえる。だが変化はそれだけでは収まらない。右脇腹がメキメキと音を立てて肥大化し、魔王は床に這いつくばる。
「おのれ、なにを……タージュ、なにをした……?」
「聖杯に籠もって二年。ただフタとして耐えてきただけではありません」
タージュは冷静な声で告げる。
「聖杯内部の魔力を我が制御のもとに置くべく――研鑽していたのです」
「なぜ……」
「聖杯の魔力を操り、あなたに与えて暴発させる。それが私のやること……」
タージュが魔力を制御している。タージュに抱かれているルウルウは、如実にそれを感じていた。同時にルウルウからは彼女自身の魔力がタージュに渡っている。徐々にではあるが、ルウルウは魔力切れの状態に近くなっていく。
「ふ、は……してやられた、というわけか……!」
魔王は笑う。笑った直後、魔王の顔の右半分が大きく膨れ上がる。
「ああ、あ……魔力が、魔力が……!」
美しかった魔王の顔は、いまや半分が醜く腫れ上がった。だが魔王にそれを止めるすべはないようだ。
「負けか、負けるのか、我が……我が……!」
魔王はうめいた。
タージュが視線をジェイドにやる。タージュがジェイドに向かってうなずく。
魔王はいまや自重で起き上がることもできない。そんな魔王を前に、ジェイドがショートソードを構える。一歩、二歩と魔王へと近づいていく。
「俺は死ぬこともできずに苦しむ魔族を見た」
ダンジョン内で見た、魔族の生ける屍。彼らは苦しみの内にあった。
「魔王の気まぐれでもてあそばれる。そんな世界はもうまっぴらだ」
ジェイドはショートソードを振り上げた。
「眠れ、魔王よ。永遠に」
剣が振り下ろされる。魔王の頭部が真っ二つに割られる。
次の瞬間――嵐が起きた。割れた魔王の頭部から漆黒の渦が湧き出る。渦は強い風を吐き出しながら、一方で魔王の肉体を渦の中心へと吸い込んでいく。
「く……!」
全員がその風に耐える。
魔王の肉体がすべて渦の中へ吸い込まれると、風がやんだ。小さな黒い渦が、空中でゆっくりと回転しているだけになる。
「あ……」
そこまで見届けて、ルウルウは意識を失った。魔力が切れて、気絶したのだ。
「ルウルウ……!」
ジェイドが剣を鞘に戻す。ルウルウたちのもとへ戻ってくる。タージュが気絶したルウルウをジェイドに渡す。ジェイドはルウルウを支えつつ、タージュを見る。
「タージュ殿、あの渦は……」
ジェイドが尋ねると、タージュはさびしげに笑った。
「あれは聖杯の魔力です。フタをしなければなりません」
「フタ……つまり」
「私が封印をします。この肉体と、魂を捧げて」
タージュはジェイドに抱かれたルウルウの頬を撫でた。
「魔王と、私。私たちは永遠に……この世界から知覚できぬ領域へ去ります」
「そんな……!」
ランダが声を上げた。
「ダメだ、ルウルウはずっとアンタを助けるために……!」
「私の命も、もう長くはありませんから」
タージュはそう言って、みずからの胸元を押さえた。
「魂と肉体を長く離しすぎました。もう三日と……もたないでしょう。ならば命を最後まで使って、責任を果たします」
「魔法使いの師匠よ、その責任とは?」
「魔王に聖杯を奪われた責任です」
ハラズーンの問いかけに、タージュはよどみなく答えた。
「神殿の聖杯を奪われたそのときから、私は魔王を倒す旅をすべきでした」
「タージュ殿……」
「聖杯は打ち砕け、魔王は神になれなかった。でも魔王を吸い込んだ魔力はまだここにある……放置はできないのです」
タージュは数歩、空中に浮かんだ渦に向かって歩んだ。そしてジェイドたちのほうを振り返り、深々と礼をした。
「ありがとうございました、ジェイド、ランダ殿、ハラズーン殿」
顔を上げたタージュの表情はすっきりとしていた。
「カイル殿にも。会うことがあれば、礼を伝えてください」
この場にいないエルフに、タージュは礼を言った。
「さようなら、ルウルウ」
タージュは眠るルウルウに向かって、慈愛に満ちた視線を向けた。タージュは手の甲でルウルウの額を撫でた。
「さようなら、我が愛しき弟子」
そう言うと、タージュは黒い渦に向き直った。両手を渦に向かって差し出すと、その指先が光の粒になって渦の中へと消えていく。タージュの全身が白い光の粒子となり、黒い渦を上塗りするかのように吸い込まれていく。
パッと閃光が散った。渦が消えて、魔王もタージュもその姿を消した。
「……終わったな」
ジェイドが言う。ランダがへたりと座り込み、彼女の背中をハラズーンがポンと叩いた。
「こんなので終わりなのかい」
「終わりというのは、存外このようなものなのだろうさ」
ランダの言葉に、ハラズーンが応じた。全員を脱力感が包んでいた。
「おー……い」
誰かが遠くから、四人に呼びかけた。