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第3-4話 因縁の終着点(4)

 魔王はタージュによって魔力の弾丸を撃ち込まれた。魔王は急速に肉体を再生させていく。タージュの裏切りかと思われたが――ルウルウが否定した。ジェイドがルウルウのそばへ向かう。


「ルウルウ」

「見ていて、みんな」


 ルウルウはそう言うと、魔王のほうを見据えた。全員が魔王を見る。


「は、は、は、は…………は?」


 笑っていた魔王が、笑うのをやめた。再生した魔王の右腕が、急速に太くなっていく。まるで丸太のようだ。大きく膨らんだ腕に、全身のバランスが崩れる。魔王は巨大化した右腕を落とすかのように、床に手をついた。


「な、なんだ……」

「あなたは神になれない」


 タージュが告げる。


「大きすぎる力に肉体が耐えきれず、みずからの重みで潰れるでしょう」


 そう告げられても、魔王は困惑した様子だ。まるで魔王にはタージュの言葉が届いていないかのようだ。


「なんだ、なんだ……上手く魔力が分散できぬ……重い……腕が、重い……」


 魔王は巨大化した右腕を左手で押さえる。だが変化はそれだけでは収まらない。右脇腹がメキメキと音を立てて肥大化し、魔王は床に這いつくばる。


「おのれ、なにを……タージュ、なにをした……?」

「聖杯に籠もって二年。ただフタとして耐えてきただけではありません」


 タージュは冷静な声で告げる。


「聖杯内部の魔力を我が制御のもとに置くべく――研鑽していたのです」

「なぜ……」

「聖杯の魔力を操り、あなたに与えて暴発させる。それが私のやること……」


 タージュが魔力を制御している。タージュに抱かれているルウルウは、如実にそれを感じていた。同時にルウルウからは彼女自身の魔力がタージュに渡っている。徐々にではあるが、ルウルウは魔力切れの状態に近くなっていく。


「ふ、は……してやられた、というわけか……!」


 魔王は笑う。笑った直後、魔王の顔の右半分が大きく膨れ上がる。


「ああ、あ……魔力が、魔力が……!」


 美しかった魔王の顔は、いまや半分が醜く腫れ上がった。だが魔王にそれを止めるすべはないようだ。


「負けか、負けるのか、我が……我が……!」


 魔王はうめいた。


 タージュが視線をジェイドにやる。タージュがジェイドに向かってうなずく。

 魔王はいまや自重で起き上がることもできない。そんな魔王を前に、ジェイドがショートソードを構える。一歩、二歩と魔王へと近づいていく。


「俺は死ぬこともできずに苦しむ魔族を見た」


 ダンジョン内で見た、魔族の生ける屍。彼らは苦しみの内にあった。


「魔王の気まぐれでもてあそばれる。そんな世界はもうまっぴらだ」


 ジェイドはショートソードを振り上げた。


「眠れ、魔王よ。永遠に」


 剣が振り下ろされる。魔王の頭部が真っ二つに割られる。

 次の瞬間――嵐が起きた。割れた魔王の頭部から漆黒の渦が湧き出る。渦は強い風を吐き出しながら、一方で魔王の肉体を渦の中心へと吸い込んでいく。


「く……!」


 全員がその風に耐える。

 魔王の肉体がすべて渦の中へ吸い込まれると、風がやんだ。小さな黒い渦が、空中でゆっくりと回転しているだけになる。


「あ……」


 そこまで見届けて、ルウルウは意識を失った。魔力が切れて、気絶したのだ。


「ルウルウ……!」


 ジェイドが剣を鞘に戻す。ルウルウたちのもとへ戻ってくる。タージュが気絶したルウルウをジェイドに渡す。ジェイドはルウルウを支えつつ、タージュを見る。


「タージュ殿、あの渦は……」


 ジェイドが尋ねると、タージュはさびしげに笑った。


「あれは聖杯の魔力です。フタをしなければなりません」

「フタ……つまり」

「私が封印をします。この肉体と、魂を捧げて」


 タージュはジェイドに抱かれたルウルウの頬を撫でた。


「魔王と、私。私たちは永遠に……この世界から知覚できぬ領域へ去ります」

「そんな……!」


 ランダが声を上げた。


「ダメだ、ルウルウはずっとアンタを助けるために……!」

「私の命も、もう長くはありませんから」


 タージュはそう言って、みずからの胸元を押さえた。


「魂と肉体を長く離しすぎました。もう三日と……もたないでしょう。ならば命を最後まで使って、責任を果たします」

「魔法使いの師匠よ、その責任とは?」

「魔王に聖杯を奪われた責任です」


 ハラズーンの問いかけに、タージュはよどみなく答えた。


「神殿の聖杯を奪われたそのときから、私は魔王を倒す旅をすべきでした」

「タージュ殿……」

「聖杯は打ち砕け、魔王は神になれなかった。でも魔王を吸い込んだ魔力はまだここにある……放置はできないのです」


 タージュは数歩、空中に浮かんだ渦に向かって歩んだ。そしてジェイドたちのほうを振り返り、深々と礼をした。


「ありがとうございました、ジェイド、ランダ殿、ハラズーン殿」


 顔を上げたタージュの表情はすっきりとしていた。


「カイル殿にも。会うことがあれば、礼を伝えてください」


 この場にいないエルフに、タージュは礼を言った。


「さようなら、ルウルウ」


 タージュは眠るルウルウに向かって、慈愛に満ちた視線を向けた。タージュは手の甲でルウルウの額を撫でた。


「さようなら、我が愛しき弟子」


 そう言うと、タージュは黒い渦に向き直った。両手を渦に向かって差し出すと、その指先が光の粒になって渦の中へと消えていく。タージュの全身が白い光の粒子となり、黒い渦を上塗りするかのように吸い込まれていく。


 パッと閃光が散った。渦が消えて、魔王もタージュもその姿を消した。


「……終わったな」


 ジェイドが言う。ランダがへたりと座り込み、彼女の背中をハラズーンがポンと叩いた。


「こんなので終わりなのかい」

「終わりというのは、存外このようなものなのだろうさ」


 ランダの言葉に、ハラズーンが応じた。全員を脱力感が包んでいた。


「おー……い」


 誰かが遠くから、四人に呼びかけた。

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