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第3-5話 因縁の終着点(5)

「おー……い」


 誰かがジェイドたちに呼びかけている。空耳かと思われた声が、徐々に近くなってくる。


「おーい! おーい!!」


 壁の割れ目から、ひょっこりと顔を出した者がいる。


「生きてるじゃん! 生きてるよね!?」

「……カイル、か?」

「もう、生きてるなら返事してよ!!」


 ボロボロの姿だが、カイルで間違いない。ランダとハラズーンがあわてて駆け寄る。


「ど、どうしてここへ!?」

「この割れ目の外は断崖だぞ?」

「詳しい話はあと! こっちもギリギリなの!」


 ハラズーンたちが割れ目から外を見る。カイルの足元に、キラキラと光の玉が集まっている。玉が集合体となって足場を形成し、カイルを支えていた。


「この光は……エルフたちの魂か!」

「そうだよ、魔王がいなくなったから、いつまでこの状態でいられるかわからない」


 カイルを支えるのは、エルフたちの魂が化した光の玉だった。


「とりあえず安全そうな山肌まで、移動するよ。さあ、乗って!」


 ランダとハラズーンが光の足場に乗る。ジェイドもルウルウとルウルウの杖を抱えて、足場へ乗り込む。足場が水晶の城からゆっくりと離れる。同時に、水晶の城が崩れていく。甲高い音があたりに響き、城はシュヴァヴ山の表面へ崩れ落ちていく。


「地面へ下りるよ!」


 足場はゆっくりとシュヴァヴ山の山肌へと着地した。そして光の玉が霧散して、天へと昇っていく。


「ああ……みんな」


 カイルが空を見上げる。ジェイドたちも空を見上げた。

 天へと昇る、無数のエルフの魂。つまり彼らは地底湖から解放され、あるべき場所へと還っていくのだ。雲から生まれた被造物、エルフらしい場所へと。


「ありがとう、長いあいだ……」


 カイルは昇っていく魂たちに一礼した。穏やかな笑い声が、かすかに響いた。エルフたちが笑っているように思えた。


「はぁ~……疲れた」

「これから山を下らねばならぬなぁ」


 ハラズーンがそう言うと、ランダががっくりとうなだれた。


「うなだれておる場合ではないぞ、弓手よ。もし獣が出れば、って腹の足しにしようではないか」

「ええ~! こんなに疲れてるのに、働かなきゃいけないのかい!?」

「高山の獣といえばウサギだ! すばしこいゆえ、弓手の一撃でなければ捕らえられぬ」


 ハラズーンとランダがぎゃいぎゃいと話し、カイルが苦笑する。


「ルウルウ、ルウルウ」

「……ジェイド……」


 ジェイドはルウルウの様子を見る。ジェイドの呼びかけに、ルウルウはわずかに目を開けて反応した。


「終わった。全部……終わった、ルウルウ」

「ジェイド……お師匠様、は……」

「タージュ殿は、魔王を倒した。責任を果たしたんだ」


 ジェイドはルウルウにそれだけを告げた。ルウルウの淡青色の瞳から、涙があふれる。


「お師匠様……」


 ルウルウは空を見上げる。空へ無数の魂が昇っていく。空に浮かぶ月と星はゆっくりと離れつつある。月と星を離した時間は、誰にも縛られず、ただ過ぎていくだけだ。


「ありがとう……ございました」


 ルウルウはそう言って、また意識を手放した。


 数時間、パーティはその場で留まった。東の空が明るくなるのを見てから、動き出す。

 気を失ったルウルウを、ジェイドが背負う。全員でシュヴァヴ山を下っていく。長い長い道のりのような気がする。でも言葉は少なかった。達成感は疲労によって鈍り、なんともいえない喪失感さえある。


「夜が……明けるな」


 東の空の果てから、太陽が昇ってくる。

 ジェイドは空を染める太陽光を見つめ、思い出していた。


「あの日も、こんな朝だったかな」


 タージュの庵が焼かれ、ルウルウとカイルとともに旅立った日のこと――ジェイドは思い出していた。魔力切れを起こしたルウルウを背負い、朝日の中を歩いた。あのときよりも、ルウルウが喪失したものは多いかもしれない。ジェイドはそう感じた。


「大丈夫だ、俺が……」


 そう言いかけて、ジェイドはルウルウを背負い直した。


 ――すべてが終わったら、話そう。皆で話そう。

 そう約束したのだ。なにも心配はない。麓へ下りたら、どこかに身を寄せよう。どこへ行くべきかなどわからないが、なにも心配はない。これ以上、失うものはないのだから。


「早く、話したいな……」


 ジェイドはそうつぶやいた。


 ルウルウと話がしたい。いつもやっていたことだが、いまは――改めて望まなければ、できない気がする。なにを話すか、考える覚悟がいる。それでもふたりで話したいと思う。

 なにを話そうか。不安よりも、どこか楽しみな自分がいる――と、ジェイドは感じた。


 だが、ルウルウはどうだろうか。自分と話すことをどう思っているだろうか。彼女が自分との会話を望まなかったら――と思うと、ジェイドはすこしだけ不安になった。


 期待と不安。ふたつの感情と、ルウルウを抱えて、ジェイドは慎重に歩みを進める。一歩、また一歩と山を下っていく。徐々に息が上がっていくが、それもまた心地よい気がする。生きているからこそ、なにもかも感じられる。それをジェイドは実感していた。


 長い旅が、終わろうとしていた。



 第10章へつづく

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