ルウルウ一行は、魔王を打倒した。
数日かけて、ルウルウたちはレークフィア王国の王都へ向かった。王都マヴェルに到着したのは、朝早い時間だった。王都の街は城壁にぐるりと取り囲まれている。城壁にある西の大門が、開かれようとしている。
「ルウルウ殿! ジェイド殿、ランダ殿、ハラズーン殿、それにカイル殿!」
「アッシュ様……!?」
西の大門の前には、レークフィア近衛騎士団長アッシュの姿があった。どうやらルウルウたちを待っていたらしい。アッシュは足早にルウルウたちに近づいてくる。
「魔王を打倒したのですね?」
ルウルウたちを前にして、アッシュの質問は明瞭だった。
「ああ」
ジェイドが短くそう答えた。
「魔王は……我々には知覚できない領域へと消えた。もう戻らない」
その言葉には多くの出来事が含まれている。言葉を尽くすなら一日では終われないほど、多くのことがあった。
だがアッシュはそこでは追求しなかった。納得したように、アッシュがうなずく。
「そうですか、やはり」
「アッシュ殿、なにかあったのか?」
「はい。我が国でも、大変なことになっていて……」
アッシュが語ったところによると、数日前に突然死したり、行方をくらませたりする者が出たという。そうしたのは貧しい者、そこそこの者、貴族の者、いずれもで――貧富身分の格差なく、異常なことが起こったようだ。
「調べてみると、そうなった者たちはどうやら魔族だったようなのです」
魔王を失い、魔族たちの中でなんらかのバランスが崩れたらしい。
突然死した者たちは体が
行方知れずになった者たちも、ひそかに魔族となっていた可能性が否定できなかった。突然死の件と合わせて考えれば、大半は無事ではあるまい――調査に当たった宮廷魔術師たちの結論だった。
「この現象は、レークフィア王国だけのことではありません。近隣諸国でも同じことが起こっていて――おそらく西方大陸じゅうで、起こっていると思われます」
「魔王を倒したからか……」
「そうなるのでしょう」
そう言って、アッシュは姿勢を正した。深々と礼をする。
「ありがとうございました」
「アッシュ殿……」
「我が父の仇を討ってくださった。感謝するほかありません」
アッシュの父親も、魔族が成り代わっていた。魔王の悪意がそうさせたのだ。
彼の一礼が、ルウルウたちの心にひとすじの光を差したようだった。苦しい旅を報われたような気持ちになる。
「陛下がお待ちです。さぁ、王宮へ――と申し上げたいところですが」
アッシュは頭を上げて、苦笑した。
「長旅でお疲れでしょう。気楽に泊まれる宿を用意しました。今日明日はそちらへお泊まりください」
王宮へ参上すれば、また着飾るように言われるに違いない。数々の貴族に面会するよう言われるに違いない。それは悪いことではないが、疲れた一行にはかなりの負担だ。アッシュはそれを察知して、王宮ではない場所を宿として手配してくれたらしい。
「さすがに明後日には、皆さんが帰還されたことを陛下に報告せずにはいられませんが。それまではごゆるりとなさってください」
「気遣い、感謝する」
一行は、王都の一角にある一軒家へと連れて行かれた。アッシュの一族が管理する、いわゆる別宅らしい。貴族の別宅だが、大げさな邸宅ではなかった。平屋建てで庭に畑があり、管理を任された老夫婦が慎ましく生活していた。
老夫婦にルウルウ一行の世話を頼むと、アッシュは去っていった。これから騎士団長として、王宮へ参上するそうだ。一行は邸宅内へと案内された。
「あ~……疲れたぁ!」
ランダが客人用のベッドルームで、寝台に寝転んだ。ランダとルウルウは同室をあてがわれた。ジェイドたち男性陣は、また別の部屋をあてがわれている。
「ああ……こんなベッドで寝るの、なんだか数年ぶりくらいの気持ちがするねぇ……」
ランダは大きくため息をついた。
寝台にはきちんと綿の入った布団が敷かれており、寝心地は上々だ。ルウルウもベッドに腰掛けて、ぼうっと壁を見た。シンプルなオフホワイトの壁が目に入る。
「…………」
本当は、ここにタージュもいるはずだった――と、ルウルウは思う。だがタージュはみずからの責任を果たしてしまった。彼女は魔王を封じるため、世界のそとへと消えてしまった。
タージュには二度と会えないのだろう。だがルウルウにはまだ実感がわかない。シュヴァヴ山から数日経っても、まだ心から感じ取ることができていなかった。
「おふたりとも、朝食の準備ができましたよ」
邸宅を管理する老婆が、ルウルウたちの客間に入ってきた。まだ朝の早い時間だ。ゆえに食事を用意してくれたらしい。
数日、ルウルウたちはまともな食事を摂れていない。食べたものといえば、道すがらランダが射たウサギくらいだ。ウサギはひどく痩せていて、空腹が満たされるほどでもない。食事を用意したという、老婆の申し出はありがたかった。
「行こうか」
「はい。……ありがとうございます」
ルウルウたちは食堂へやってきた。ジェイドやハラズーン、カイルも来ている。
食卓には、シンプルだが温かな料理が並んだ。野菜のスープ、ハムを挟んだ
「いただきます」
全員で食事に感謝して、口に入れる。どの料理も美味だ。野菜スープの甘みが胃袋を温める。香ばしい麦の香りがするアンカライトが、しっかりと腹を満たす。ベリーの甘みが活力を生む。
「皆様は大変な旅をなさってきたとか。主人に言いつけられておりますゆえ、なんでもお申し付けくださいね」
老夫婦はそう言って、食事の世話をしてくれる。ルウルウたちはその言葉に甘えて、腹いっぱい料理を楽しんだ。空腹がなくなっていくと、話す気持ちも湧いてくる。
「終わったんだね」
カイルがそう言った。ジェイドがうなずく。
「ああ。終わった」
「これから、どうするの?」
「そうだな……」
ジェイドが全員の顔を見た。