翌日、アッシュから大きな衣装箱が届けられた。
中には美麗な衣服が入っている。以前、レークフィア王宮に参上したときに着させられたものに似ているが、すこしデザインが違っているようだった。
「明日、王宮に参上なさってください。これはそのときのための衣装です」
そのような言葉とともに、アッシュは数人の侍女たちをも送り込んできた。レークフィア王宮に参上するための、準備が始まる。湯で身を清め、髪を整える。冒険で汚れた衣服はいったん取り上げられ、清潔なシャツやチュニックを着ることになる。
「やれやれ、前も思ったけど、大騒動になりそうだねこりゃ」
侍女に髪を整えられながら、ランダがぼやいた。その横で、ルウルウも髪をくしけずられている。明日はきっと、化粧だって施されるに違いない。
「ルウルウ」
清廉なシャツに身を包んだランダが、ルウルウに話しかける。
「ついていかなくたって、いいんだよ」
「ランダさん?」
「アンタ、優しいからね。ジェイドといたら、アイツの希望を叶えたくなるだろ?」
「ジェイドの希望……」
彼の強い望みは、ルウルウとともに東方大陸へ渡ることだ。ルウルウが希望しないならあきらめる、とも言っていたが――ルウルウはきっと、ジェイドの希望に寄り添いたくなることだろう。
「だけど、故郷を離れるってのはツラいもんさ」
ランダは故郷に複雑な感情を抱いている。一方で懐かしく、一方で忌まわしい。それでもランダは故郷トーリアに帰ると決心している。ひとえに望郷の念というものがあるのだろう。
「レハームの森……だっけ、そこで暮らしていいと思う」
レハームの森で、ルウルウは育った。タージュの庵は失われたが、また建てたっていいはずだ。
「ありがとうございます、ランダさん」
ルウルウはほほ笑んでランダに感謝した。
「わたし、ちゃんと考えたいと思っています」
「ルウルウ……」
「どこへ行くのか、ちゃんと考えたいんです。時間はかかるかもしれないけど……」
ルウルウがそう言うと、ランダが短い髪の頭を掻いた。
「なら、アタシのはお節介だったかねぇ」
「いえ……ありがとうございます。心配してくれて」
ランダはいまや、ルウルウにとっても姉のような存在だ。彼女の気取らない気配りは、ルウルウにとって救いだった。
「ランダさん」
「なんだい?」
「幸せになってください」
ランダが故郷トーリアに戻ったのちの幸福を、ルウルウは願った。
「なんだよ、急に。照れるじゃないか」
ランダはぷいとそっぽを向き、侍女に注意されて顔を真正面に戻されていた。ルウルウはクスリと笑う。そんなルウルウに、ランダが口を尖らせた。
「アンタもね、ルウルウ」
「……はい」
ふたりがしみじみとした気持ちになったとき――。
「おうおう、なかなか素材の良さが出とるやないかい」
アシャが入ってきて、ルウルウとランダの様子を見る。ルウルウはふとアシャに尋ねた。
「アシャ様は、王宮には……」
「ああ、行かん行かん。宮廷魔術師どもがええ顔せぇへんやろ」
アシャは面倒くさそうに手を振った。
「王侯貴族に助言するちゅーのも、性に合わんわ」
アシャほどの賢者であれば、宮廷魔術師どころか国王にもおもねることがないだろう。宮廷魔術師たちが渋い顔をしても、アシャは王宮に行くときは行くに違いない。だが彼女はそうしない、と言っている。
「わしがおもねるのはな、エルフの王だけや」
「あ……」
アシャは人間とエルフの子――ハーフエルフである。
「アシャ様は、ご存知だったのですね。カイルのことも」
「ああ、王が魔王の麾下だったことか。たしかに、わしはそれを話さなんだな!」
アシャはカッカッカ、と笑い飛ばした。
「カイル王にはでかい貸し、やな。返してもらわんといかんなぁ」
「お手柔らかにしてあげてください……」
ルウルウが希望すると、アシャはケッケッと笑った。
そうこうするうちに、身を清める作業が終了する。侍女たちが片付けをして、明日は美麗な衣装の着付けがあることを告げられる。
「なかなか高そうな衣装やないか」
アシャが衣装箱を一瞥し、楽しげに言う。彼女の目――千里眼には、衣装箱すべてに収まっている衣服が見えているに違いない。
「ま、三日くらいは我慢しぃや。魔王を倒した勇士様がた」
「勇士……」
「真実がそうやのうても、周囲から見れば貴様らはそういう立場や」
魔王を真実消したのは、タージュである。だが周囲から見れば、無事に帰還したルウルウたちが、魔王を打倒しきったように見える。
「自分をしっかり持つんやで、ルウルウ」
「……はい」
アシャの言葉は、ルウルウにとって導きの力に満ちている。ルウルウはしっかりとうなずいた。