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第1-4話 帰還、そして(4)

 翌日、アッシュから大きな衣装箱が届けられた。

 中には美麗な衣服が入っている。以前、レークフィア王宮に参上したときに着させられたものに似ているが、すこしデザインが違っているようだった。


「明日、王宮に参上なさってください。これはそのときのための衣装です」


 そのような言葉とともに、アッシュは数人の侍女たちをも送り込んできた。レークフィア王宮に参上するための、準備が始まる。湯で身を清め、髪を整える。冒険で汚れた衣服はいったん取り上げられ、清潔なシャツやチュニックを着ることになる。


「やれやれ、前も思ったけど、大騒動になりそうだねこりゃ」


 侍女に髪を整えられながら、ランダがぼやいた。その横で、ルウルウも髪をくしけずられている。明日はきっと、化粧だって施されるに違いない。


「ルウルウ」


 清廉なシャツに身を包んだランダが、ルウルウに話しかける。


「ついていかなくたって、いいんだよ」

「ランダさん?」

「アンタ、優しいからね。ジェイドといたら、アイツの希望を叶えたくなるだろ?」

「ジェイドの希望……」


 彼の強い望みは、ルウルウとともに東方大陸へ渡ることだ。ルウルウが希望しないならあきらめる、とも言っていたが――ルウルウはきっと、ジェイドの希望に寄り添いたくなることだろう。


「だけど、故郷を離れるってのはツラいもんさ」


 ランダは故郷に複雑な感情を抱いている。一方で懐かしく、一方で忌まわしい。それでもランダは故郷トーリアに帰ると決心している。ひとえに望郷の念というものがあるのだろう。


「レハームの森……だっけ、そこで暮らしていいと思う」


 レハームの森で、ルウルウは育った。タージュの庵は失われたが、また建てたっていいはずだ。


「ありがとうございます、ランダさん」


 ルウルウはほほ笑んでランダに感謝した。


「わたし、ちゃんと考えたいと思っています」

「ルウルウ……」

「どこへ行くのか、ちゃんと考えたいんです。時間はかかるかもしれないけど……」


 ルウルウがそう言うと、ランダが短い髪の頭を掻いた。


「なら、アタシのはお節介だったかねぇ」

「いえ……ありがとうございます。心配してくれて」


 ランダはいまや、ルウルウにとっても姉のような存在だ。彼女の気取らない気配りは、ルウルウにとって救いだった。


「ランダさん」

「なんだい?」

「幸せになってください」


 ランダが故郷トーリアに戻ったのちの幸福を、ルウルウは願った。


「なんだよ、急に。照れるじゃないか」


 ランダはぷいとそっぽを向き、侍女に注意されて顔を真正面に戻されていた。ルウルウはクスリと笑う。そんなルウルウに、ランダが口を尖らせた。


「アンタもね、ルウルウ」

「……はい」


 ふたりがしみじみとした気持ちになったとき――。


「おうおう、なかなか素材の良さが出とるやないかい」


 アシャが入ってきて、ルウルウとランダの様子を見る。ルウルウはふとアシャに尋ねた。


「アシャ様は、王宮には……」

「ああ、行かん行かん。宮廷魔術師どもがええ顔せぇへんやろ」


 アシャは面倒くさそうに手を振った。


「王侯貴族に助言するちゅーのも、性に合わんわ」


 アシャほどの賢者であれば、宮廷魔術師どころか国王にもおもねることがないだろう。宮廷魔術師たちが渋い顔をしても、アシャは王宮に行くときは行くに違いない。だが彼女はそうしない、と言っている。


「わしがおもねるのはな、エルフの王だけや」

「あ……」


 アシャは人間とエルフの子――ハーフエルフである。


「アシャ様は、ご存知だったのですね。カイルのことも」

「ああ、王が魔王の麾下だったことか。たしかに、わしはそれを話さなんだな!」


 アシャはカッカッカ、と笑い飛ばした。


「カイル王にはでかい貸し、やな。返してもらわんといかんなぁ」

「お手柔らかにしてあげてください……」


 ルウルウが希望すると、アシャはケッケッと笑った。

 そうこうするうちに、身を清める作業が終了する。侍女たちが片付けをして、明日は美麗な衣装の着付けがあることを告げられる。


「なかなか高そうな衣装やないか」


 アシャが衣装箱を一瞥し、楽しげに言う。彼女の目――千里眼には、衣装箱すべてに収まっている衣服が見えているに違いない。


「ま、三日くらいは我慢しぃや。魔王を倒した勇士様がた」

「勇士……」

「真実がそうやのうても、周囲から見れば貴様らはそういう立場や」


 魔王を真実消したのは、タージュである。だが周囲から見れば、無事に帰還したルウルウたちが、魔王を打倒しきったように見える。


「自分をしっかり持つんやで、ルウルウ」

「……はい」


 アシャの言葉は、ルウルウにとって導きの力に満ちている。ルウルウはしっかりとうなずいた。

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