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第1-5話 帰還、そして(5)

 翌日、ルウルウ一行は侍女たちに着付けをされた。

 ルウルウは淡い紫色のローブ型ドレス、ランダは女騎士風のパンツスタイル、カイルは道化師の仮装風、ハラズーンは西方大陸の異国風、ジェイドは東方大陸風だ。


「ほな、せいぜい気張ってきいや」


 アシャだけが変わらず、ルウルウたちの帰りを待つと言った。


「それでは参りましょう」


 アッシュが馬車を引き連れて、やってくる。

 その迎えの馬車に乗って、ルウルウたちはレークフィアの王宮マヴェル城へと向かった。マヴェル城は壮麗な王宮だ。前回参上したときよりも季節が進み、花々が咲き誇っている。


 一行は、レークフィア国王キドワが待つ、謁見の間に通される。すでに多くの貴族たちが居並び、ルウルウたちを出迎える。


「魔王を打倒したこと、まことであるか?」


 国王が尋ねる。一行のリーダーであるジェイドが答える。


「はい、陛下」

「第一の神の祝福を受け、見事! 魔王を退けし勇士たちよ! 実に大儀であった!」


 キドワが大仰にルウルウ一行を褒め称える。貴族や騎士たちから拍手が上がる。あまりに簡潔なやり取りだったが――つまりこれは一種の儀礼である。詳しいことはここでは追求されない。


 公式な拝謁が終わり、ルウルウたちは客間へと案内された。謁見の間よりも、国王と近しく話すための場所である。騎士たちや国王に近しい身分の貴族たちも来ている。


「待たせたか」


 レークフィア国王キドワがやってくる。アッシュが敬礼し、ジェイドたちもそれにならった。


「勇士ジェイドよ、どうか聞かせてくれ! どのように魔王を打倒した?」

「承知いたしました」


 国王に、ジェイドは簡潔に顛末を語った。


 さまざまな魔王へ至る試練を超えたこと。

 聖杯の魔女タージュが一行を助け、魔王を打ち倒す大きな働きをしたこと。

 タージュが魔王を完全に消滅させるべく、身を捧げたこと。

 聖杯は失われたこと。

 魔王もまた消えてしまったこと。


 伏せた真実もたくさんある。だがジェイドは的確に、要点だけを淡々と語り聞かせた。ときにどよめきが起こり、ときに感嘆する声が聞こえた。


 ジェイドが語り終わると、国王は深くうなだれた。


「そうか、聖杯は失われたか……」

「我々の力不足です。申し訳ありません」

「いや……それでよかったのかもしれぬ」


 国王は顔を上げた。懸案をひとつ片付けたかのような、スッキリとした面持ちだった。


「聖杯は……神殿と王政われら、どちらが持とうと争いの火種であった。失われたのであれば、もはやどちらにも手が出ぬということだ」


 レークフィア王政と神殿とは、対立関係にあった。かつては神殿勢力を抑えるため、王政側が聖杯を入手したがったこともある。しかし聖杯は魔王打倒の折に砕け散った。もはや何者の手にも入らない。


「魔王も亡きいま、ひと同士で争うのもむなしきこと。あとは余が上手くことを運ぶしかなかろう」


 レークフィア王国は、宰相が魔族と入れ替わっていたこともあり、王政に混乱が生じていることが推測できた。それでも国王キドワは決心している。国王として、政治の責任を果たしていくということを。


「余も覚悟を決めるときだ。礼を言うぞ、勇士たちよ」

「恐縮にございます」


 ジェイドが敬礼する。ルウルウたちも一礼して、国王からの礼に応えた。


「……さて、堅苦しい会見はここまでである」


 国王は笑ってそう言った。


「宴を用意しよう。魔王なき世界にさかずきを捧げる宴である!」


 宴の用意ができる夕刻まで、ルウルウ一行は前回と同じことをさせられた。すなわち、王侯貴族たちとの会見である。そこでも魔王撃退の顛末を聞かれ、あるいは称えられ、あるいはおそれられた。


「我が妻もどうやら魔族が成り代わっていたらしく……」


 とある高位の男性貴族が、げっそりとやつれた様子でそう言った。

 男性貴族の妻は、長く連れ添った老妻であった。そんな彼女が、数日前に塵となって消えてしまった。すぐさま魔法使いを呼んで調べさせたところ、彼女が魔族であった可能性を示唆された。


「子も独立したゆえ、最近はたがいのことに興味も持たず、名ばかりの夫婦でございました。しかし、何年も前から魔族が入れ替わっていたらしく……本物の妻には気の毒なことをしました」


 本物の妻の行方はわからない。だがこの国の宰相ですら、魔族が喰らって成り代わっていたのだ。男性貴族の妻も、おそらく無事ではあるまい。魔族に喰われたか、もしかすると彼女自身がどこかで魔族となり塵となってしまったかもしれない。


「なにもかも受け止めきれませぬが、妻に代わり、御礼申し上げまする……!」


 男性貴族はそう言って、ルウルウたちの前で泣き崩れた。


 魔王を倒したことは、この世界に潜んでいた歪みを一挙に叩き直すことと同じだった。当然のように混乱が生じる。混乱が収まれば、きっと世界はよくなる。だがその前に、人々は痛みを感じねばならない。


 改めて、ルウルウは魔王の悪意に怒りと悲しみを覚えた。

 人々もきっと、怒り、悲しんでいるだろう。その感情を向けるべき相手(まおう)は、もはや消失した。人々を癒せるとしたら、時間が経つのを待つほかない。


「……無力です」

「ルウルウ?」


 数々の会見が終わり、ルウルウたちは控室で休んでいた。豪奢なソファに座ったルウルウがつぶやき、ジェイドが目を向ける。カイルやハラズーン、ランダもそれにならう。


「魔王を倒して……いろんな人が悲しんでる。でもわたしには癒やす方法もなくて……」


 ルウルウはみずからの持つ杖に視線を向ける。タージュがルウルウのために残した、御守りつきの杖だ。かつてはタージュの魔力が宿り、彼女の生存を伝えていた。

 だが――いまやこの杖に、タージュの霊力は宿っていない。タージュがこの世界から消失してしまったことを示している。


「時間が経つのを、ただ待つしかないんですね……」


 ルウルウはおのれの無力さを感じていた。

 聖杯の魔女タージュ、そして魔王。そのどちらもがルウルウに喪失感を遺していったかのようだ。


「ルウルウ」


 ルウルウの前に、カイルが進み出た。


「ルウルウは十分、傷ついた。これからは治っていくだけだよ」

「そうなの……かな」

「うん」


 ルウルウに向かって、カイルは深くうなずいた。

 それはカイル自身がたどってきた道を踏まえている。一族を失い、魔王の麾下として屈辱の中に生き、そしていまルウルウたちの仲間となった。彼は傷ついてきた。傷つけてきた。だがそれも、癒やされるべき時間へと移行した。


「元には戻らないかもしれない。でも痛かったときより、ずっとマシになる」

「……そう、だね」


 カイルの言葉に、ルウルウは得心がいった。たとえ傷跡が残っても、流血し痛むときよりもずっといい。これからは癒やされていく時間だけがあるだろう。


「ありがとう、カイル」

「いいんだ」


 ルウルウとカイルの様子を見ていたほかの者も、ホッとした表情になる。


「さて、もうひと頑張りするかい」


 ランダがパシンとみずからの膝を叩いてそう言うと、皆が苦笑した。


 第2話へつづく

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