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第2-1話 宴(1)

 レークフィア王国の王宮では、魔王を倒したことを祝う宴が催される。大量の料理を振る舞われたあとは、音楽と踊りでひたすら楽しむ。宮廷に仕える楽士たちが奏でる音楽とともに、貴族たちが踊っている。男女で組んで、決められたステップを踏むダンスだ。


 ルウルウ一行はダンスに加わらなかった。その素養がなかったからだ。その代わり、一行は貴族たちから冒険の話を求められた。カイルが道化師として振る舞い、皆におもしろおかしく語ってみせる。カイルは、一行がおもしろく旅をしていた頃を上手く語って聞かせた。貴族たちから笑い声や感嘆の声が漏れた。


 そんな中――近衛騎士団長アッシュがルウルウに言う。


「ルウルウ殿、宮廷魔術師になりませんか?」

「え……」

「陛下もそれをお望みです」


 王国に仕える宮廷魔術師になる――かなりの立身出世であり、居場所もできるかもしれない。だがルウルウは首を横に振った。


「ごめんなさい、宮廷魔術師にはなりません」

「そうですか、やはり」


 アッシュはルウルウの答えを分かっていたようだ。


「あなたはもっと自由に生きるお人なのでしょう」

「それも、よくはわかりませんが……」


 アッシュの言葉に、ルウルウは同意しかねた。自由に生きたいと願っているわけではない。ただ、いまはどうしていいか、わからないのだ。それだけだ。

 曖昧な言葉を返したルウルウに、アッシュは笑って言った。


「よいのです。人はいずれ自分の運命を見つけます。運命が終わったあとの運命も、ね」


 アッシュにもそのような運命があったのだろうか。ルウルウには理解しきれなかった。


 数時間におよぶ宴ののち、ルウルウ一行は客間へと退出できた。すっかり夜も更けて、空には星が散りばめられている。


「長居は無用、明後日には出立だ」


 ジェイドがそう言うと、皆が同意した。

 ルウルウはまだ――最終的にどうするか決められていない。ただ、皆が帰る旅に着いていこうとは思っていた。


 男女で別の部屋へと入り、華美な衣装を脱いで就寝する。


「…………」


 夜中――いったいどれくらい夜が更けているかもわからない頃。

 ルウルウは目を覚ました。いったん目を覚ますと頭がハッキリとして、再度入眠するには時間がかかりそうだった。


「…………」


 隣のベッドで眠るランダを起こさないように、ルウルウは部屋からつながる中庭に出た。見上げれば、星がきらめいている。白い輝きが無数に空を彩っている。


 この広大な世界でたったひとりになった――そんな考えが、ルウルウの中に浮かんでくる。仲間たちは帰る場所を見つけている。ルウルウだけが先の見えない荒野に立っているかのようだ。


「…………っ」


 不安が、体の奥底から湧き出す。叫び出したいような恐怖が、チラリと不安の中から見えている。ルウルウはみずからの身を抱きしめて、グッと奥歯を噛み締めた。


「ルウルウ」


 声がかかった。ルウルウはハッと顔を上げた。


「ジェイド……」


 ジェイドだ。彼もまた眠れずに中庭に出てきたのだろう。ルウルウのただならぬ様子に、ジェイドは近づいてくる。


「……つらい、か?」


 ルウルウの思うことは、ジェイドに見透かされているかのようだった。


「ううん……」


 ルウルウは首を横に振った。不安感は治まらないが、すこしマシになったようだった。


「ジェイド、どうして?」

「目が覚めた。もう一回寝るのも、時間がかかりそうだった」

「そう……」


 もしかしたら彼も同じように、不安なのかもしれない――ルウルウはなんとなく、そう思った。そうだとしたら、すこし心強かった。


「ルウルウ」


 ジェイドが真剣な表情で、ルウルウを見る。


「俺には昔、好きなひとがいた」


 ジェイドの言葉に、ルウルウはドキリとした。

 ジェイドの愛したひと――東方大陸の獣人族の姫君。どんな女性だったか、想像することもルウルウには難しい。でもきっと素晴らしいひとだったのだろう。ルウルウにはそう思える。


「俺はそのひとを救えなかった。あのときの無力感は、ずっと俺の中にあるだろう。そしてひと自体を疎ましく思う心も、きっとあるだろう」


 魔王が指摘した、ジェイドの心の奥底にあるよどみ――それを消すのは容易ではない。澱みがジェイドを形づくる一要素であるからだ。


「でも」


 ジェイドの黒い瞳が、まっすぐにルウルウの瞳を見た。


「君を好きになったのは、あのひとの代わりにするためじゃない。あのひとへの贖罪をするためじゃない」


 幾度、誰かを好きになっても、ほかの誰かの代償にするためではない――ジェイドはそう言っている。


「君にはずっと、誠実に向き合っていきたいと思ってる」


 そう言って、ジェイドはルウルウに左手を差し出した。

 ルウルウはおずおずと彼の左手に右手を乗せた。次の瞬間、ジェイドが右腕をルウルウの腰に回して抱えた。ルウルウの右手をつかんだ左腕をスッと伸ばし、ルウルウを抱えてクルクルと回転する。


「わわ……っ」

「ふふ、やっぱり上手くはないな」


 回り終わると、ジェイドはルウルウを下ろした。ルウルウにもこの動きはなにを示すか、わかった。夕暮れどき、王宮で貴族たちが舞っていたダンスだ。男性が女性をリードしつつ、華麗に回っていたのが思い出される。


「好きだ、ルウルウ」

「ジェイド……」

「好きだ」


 ジェイドは何度だって、誠意を伝えてくれる。ルウルウはそれを理解して、うつむいた。彼に応じるだけの確固たる想いを、ルウルウはいまだ持ち合わせていない。


 彼のことは、好きだ。でも彼と同じ言葉を紡ぐ勇気が、ない。

 自分は魔王の血を引く者だ。いつか魔王のようになってしまうかもしれない。ルウルウにはそんな恐怖もあった。


「ジェイド、もうすこしだけ……」

「ああ」

「もうすこしだけ、待ってくれる?」


 ルウルウがかろうじてそう絞り出すと、ジェイドは笑った。


「ああ。いつまでも待つ」

「いつまでも……?」

「うん。俺たちには、時間がある」


 時間がある――ルウルウは思いもよらなかった。いままではなにかに駆り立てられて、旅をしていた。それがなくなった。だから時間はあるのだ。


「ありがとう……」


 ルウルウはジェイドに感謝した。彼女の素直な気持ちだった。


「なんじゃ、もう心配はなさそうやないか」


 突然、茂みの向こうから声がかかり――ルウルウとジェイドはハッとそちらを見た。ジェイドはルウルウをかばうように立つ。


「……アシャ殿、ふざけておられるのか?」


 ジェイドが尋ねると、茂みの向こうから老婆がヒョッコリと頭を出した。ハーフエルフの賢者、アシャだ。ルウルウは驚いた。


「アシャ様! ど、どうやって王宮に……」

「ハン、このぐらいの守りならどういうこともないわ」


 アシャは鼻を鳴らした。神出鬼没の老賢者にとっては、王宮も赤子の手をひねるように容易に入れる場所らしい。


「アシャ殿、何用か?」

「ルーガノンまで貴様きさんらについていこおもてんねん。準備、よろしゅうな」

「ハァ……了解した。そうしよう」


 ジェイドが呆れ顔で承諾する。ルウルウは急におかしくなって、クスクスと笑った。

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