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第3-4話 新たなる旅立ち(4)

 西方大陸の東端――港町ティウォー。

 そこは東方大陸との交易を行う、玄関口といえる街だった。大陸間を渡る船乗りたちが往来し、彼らを見込んでさまざまな店や施設が立ち並ぶ。さらに船乗りたちが抱える問題を解決するため、冒険者たちも集う。


 海の香りがする街で、ルウルウはジェイドとともに仮住まいをしていた。

 具体的には、冒険者ギルドが斡旋する宿に長期滞在というかたちで暮らしているのだ。ジェイドは冒険者として、短期でケリがつく依頼をこなしている。ルウルウは街で入手できる薬草から薬を作り、ゆえに薬師と呼ばれるようになっていた。


 ティウォーの街での薬づくりは、ルウルウにとって初めてのことも多い。

 以前は、山や森で採取できる薬草だけで、素朴な薬を作っていた。一方いまは、交易で手に入る珍しい物品も材料にできる。いままで作れなかった薬も作れるようになっていた。


「ただいま、ルウルウ」

「おかえりなさい、ジェイド」


 ルウルウとジェイドが暮らす部屋に、ジェイドが帰ってくる。

 ルウルウは作業の手を止めた。できた丸薬を小分けにする作業中だったのだ。


「手伝っていいか?」

「うん、ありがとう」


 ジェイドがルウルウの指示のもと、丸薬を分けていく。小袋ひとつにつき、丸薬を十粒ずつ入れていく。


「これはなんの薬だ?」

「腹痛に効く薬よ。このあたりの薬草だけで作れるから、安く上げられるし」

「いつも売れてるやつだな」

「うん。船乗りさんたちの中には、高い薬は買えないってひともいるみたいだし……」


 ルウルウは自分たちの旅の準備をする一方、路銀を稼ぐために薬売りもしている。

 彼女が作る薬は好評だった。特に、腹痛を治す薬が売れた。交易品を使わずに作ったこの薬は、売価も安い。安いが、しっかり効く。そう評判になって飛ぶように売れている。船乗りや船旅をする客のなかには、船の悪環境下で腹痛を起こす者もいる。そういう者たちが、ルウルウの薬をこぞって買い求めた。


 特に「宵越しの金を持たない」陽気な船乗りたちは、ルウルウの薬をありがたがった。彼らは常に金欠で、安価な薬を「御守り」と称して買っていく。


 ジェイドは丸薬を小分けにしようとして――机の上に書きかけの便箋があるのを見て取る。


「ん、あの紙は?」

「腹痛を治す薬のレシピ。旅立つ前にギルドに提出するつもり」

「秘密にしないのか?」

「みんなが作れるようになったら、困らないでしょ?」


 ルウルウは腹痛を治す薬の作り方を、この港町ティウォーに残していくつもりだ。水と薬草と蜂蜜を一定の割合で煮込み、丸薬に仕上げるだけの薬だ。難しい作業ではない。この街でレシピが役立つことを、ルウルウは願っている。


「ランダさんやカイル、ハラズーンさんにも送ってあげようと思って」

「そうか」


 ルウルウは毎日のように、かつての仲間たちに手紙を出した。手紙といっても――彼らの暮らす方角に向かう旅人に託すだけの手紙だ。実際に届くかどうかはわからない。それでも信じて、託すのだ。


 ルウルウはいずれ出す手紙に、薬のレシピも添えるつもりでいる。きっとその手紙が、ティウォーの街から出す最後の手紙になるだろう。そう思っている。


「ルウルウ」

「ん?」

「寂しくはないか?」


 ジェイドにそう問われて、ルウルウは首を横に振った。そしてなにかに気づく。


「……ジェイドは、寂しい?」

「いや……、いいや、寂しいのかもしれないな」


 ルウルウは東方大陸に渡る日を楽しみにしている。一方のジェイドは、西方大陸から離れることを寂しく思っているようだった。


「俺のほうが西方ここを惜しむだなんて、ダメだな」

「ううん、ジェイドらしいと思う」


 ルウルウはおだやかに笑った。ジェイドが苦笑を返す。

 ふたりで薬を詰める作業を再開させようとしたそのとき――。


「ジェイド、ルウルウ、いるか!?」


 顔見知りの冒険者が、ふたりの部屋のドアを叩いた。緊迫した声に、ジェイドはすぐさまドアを開けて答える。


「どうした? ずいぶん慌ただしいが」

「難破船が入ってきた! 人手が欲しいそうだ!」

「わかった。ルウルウ、いけるか?」

「うん!」


 ルウルウとジェイドは港へと急いだ。

 港に到着すると、海は凪いでいる。そのおだやかな海に、ボロボロの船が浮かんでいる。大きく傷ついた船体は、ボロボロのほろに風を受けてかろうじて港の中へ入ってくる――と思えた瞬間、船体が沈み始める。


「船が沈むぞ!」

「乗ってる連中を助けろ!!」


 ほかの船の船乗りたちが小舟を操って難破船へと近づき、難破船の乗組員ふなのりたちや客たちを救出していく。見物人たちが大きく声を上げて、沈みゆく船を見守る。


「こっちだ!」


 救出された船乗りや客たちが、次々と陸上へ上げられる。海水に濡れた者たちはひどく衰弱しており、傷ついている者たちも少なくない。そこへ冒険者たち――ルウルウたちが駆けつける。


「特に衰弱しているひと、傷のひどいひとは!?」

「ああ、こっちだ! ルウルウ、頼む!!」


 横たえられた傷病人たちの前に、ルウルウはやってくる。傷の状態を見て、誰に回復魔法をかけるかを見極める。できれば全員に魔法をかけたいが、ルウルウの魔力量ではかけられる回数にも制限がある。


「このひとと、このひと……回復魔法をかけます。皆さんはすこし離れて!」


 そうしてルウルウは回復魔法をかけ、怪我人を治療していく。


「がんばれ、わたし……!」


 ルウルウは魔法をかけること自体に、大変さを感じていた。魔力は十分にある。しかし杖がないことが不安だ。杖がなければ、体内で編み上げた魔力は霧散しやすくなる。魔力を巧みに操り、手を伝わせる必要がある。それは集中力と体力のいる作業だった。


 それでもルウルウはやり遂げた。ジェイドも手伝ってくれた。

 ルウルウは大きな怪我をした者を三人助けて、あとの者は薬で応急処置を施した。体が冷えているだけの者は火のそばに寄せ、起き上がれる者には衣服を手配した。


 数時間の大騒動ののち、ルウルウとジェイドは宿に戻ることができた。

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