「疲れたね……」
「ああ」
ふたりは部屋で横になっていた。ひとりひとつずつ、ベッドがある。そのベッドにごろりと横になり、ルウルウは天井を見上げた。
「あの船……どうして、遭難したの?」
「あれは東方大陸からの船だった。長旅をするうちに、嵐に巻き込まれることも少なくない」
横になっていたジェイドが身を起こす。
「俺たちの出発する月は、比較的……波はおだやかなことが多いそうだ」
「うん」
「でも、遭難する可能性はないわけじゃない」
「うん……」
ルウルウは天井をぼうっと見上げたままだ。その横顔を見ながら、ジェイドが尋ねる。
「……怖くないか?」
「ちょっとだけ……不安、かも」
ルウルウは自分の両手を持ち上げて、じっと見上げた。
「杖が……ないからね」
タージュが残してくれた杖は、タージュの庵跡に置いてきた。それ以来、ルウルウは杖を持ったことがない。杖のいる状況がなかったからだ。しかし――今日のような日は、杖が欲しいと感じた。杖があればもっとよく魔法を制御できたかもしれない。そうすれば、もっと多くの人を楽にできたことだろう。
「…………」
ジェイドが黙ってルウルウを見つめた、そのとき。
部屋のドアがノックされる。
「俺が出る」
ジェイドが部屋を出て、なにかしらやり取りをしている。ジェイドはひとり戻ってきて、長い包みを抱えていた。
「……それは?」
「見てくれるか?」
それは麻地の布にくるまれた、長いものだ。ジェイドがベッドに置いて、それから布を取り払う。――杖だった。
「これは……!?」
ルウルウは目を見開く。タージュの杖とはデザインが随分違うが、それでも一目で魔法使いのための杖だとわかる。濃い茶色をした、先端の曲がった長い杖だ。
「ジェイド、これ……」
「結納品だ」
ジェイドはあっさりとそう言った。結納品――つまり、結婚する相手に贈る品ということだ。
「君に贈りたいんだ。ルウルウ」
「あ……」
ルウルウは杖に手を伸ばした。つるりと仕上げられた表面は、手に馴染みそうだ。先端はカギ状に曲がっていて、なにか御守りをぶら下げることもできそうだ。木材の特徴を活かして丁寧に仕上げた杖は、かなり高価なものに見えた。
「いい、の?」
「ああ」
「でも、それって、つまり……」
「ああ」
戸惑うルウルウ。ジェイドはルウルウの前にひざまずいた。
「東方大陸へ渡ったら――結婚しよう、ルウルウ」
ジェイドの真剣な言葉。彼の瞳を、ルウルウは見つめる。彼の漆黒色の瞳は、真剣な表情をたたえていた。
これは後回しにしてはいけない、とルウルウは感じた。ルウルウには前科がある。ジェイドの好意への返事を、ずっと待ってもらったという罪なき前科だ。
ルウルウは頭の中がスッとクリアになっていくのを感じた。
「……はい」
そう言って、ルウルウはうなずく。
「はい、ジェイド。喜んで……」
付け加えた言葉は、浮かんだ涙ですこし揺らいでしまった。それでもルウルウはきちんと返事を返した。返せたことが、ルウルウ自身にとっても嬉しいことだった。
「ありがとう、ルウルウ」
「ずっと一緒だね、ジェイド」
ルウルウは目尻に浮かんだ涙をぬぐって、笑ってみせた。ジェイドも笑う。
そしてふたりは抱きしめあった。誰にも切られぬ絆が、そこにはあった。