目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第3-5話 新たなる旅立ち(5)

「疲れたね……」

「ああ」


 ふたりは部屋で横になっていた。ひとりひとつずつ、ベッドがある。そのベッドにごろりと横になり、ルウルウは天井を見上げた。


「あの船……どうして、遭難したの?」

「あれは東方大陸からの船だった。長旅をするうちに、嵐に巻き込まれることも少なくない」


 横になっていたジェイドが身を起こす。


「俺たちの出発する月は、比較的……波はおだやかなことが多いそうだ」

「うん」

「でも、遭難する可能性はないわけじゃない」

「うん……」


 ルウルウは天井をぼうっと見上げたままだ。その横顔を見ながら、ジェイドが尋ねる。


「……怖くないか?」

「ちょっとだけ……不安、かも」


 ルウルウは自分の両手を持ち上げて、じっと見上げた。


「杖が……ないからね」


 タージュが残してくれた杖は、タージュの庵跡に置いてきた。それ以来、ルウルウは杖を持ったことがない。杖のいる状況がなかったからだ。しかし――今日のような日は、杖が欲しいと感じた。杖があればもっとよく魔法を制御できたかもしれない。そうすれば、もっと多くの人を楽にできたことだろう。


「…………」


 ジェイドが黙ってルウルウを見つめた、そのとき。

 部屋のドアがノックされる。


「俺が出る」


 ジェイドが部屋を出て、なにかしらやり取りをしている。ジェイドはひとり戻ってきて、長い包みを抱えていた。


「……それは?」

「見てくれるか?」


 それは麻地の布にくるまれた、長いものだ。ジェイドがベッドに置いて、それから布を取り払う。――杖だった。


「これは……!?」


 ルウルウは目を見開く。タージュの杖とはデザインが随分違うが、それでも一目で魔法使いのための杖だとわかる。濃い茶色をした、先端の曲がった長い杖だ。


「ジェイド、これ……」

「結納品だ」


 ジェイドはあっさりとそう言った。結納品――つまり、結婚する相手に贈る品ということだ。


「君に贈りたいんだ。ルウルウ」

「あ……」


 ルウルウは杖に手を伸ばした。つるりと仕上げられた表面は、手に馴染みそうだ。先端はカギ状に曲がっていて、なにか御守りをぶら下げることもできそうだ。木材の特徴を活かして丁寧に仕上げた杖は、かなり高価なものに見えた。


「いい、の?」

「ああ」

「でも、それって、つまり……」

「ああ」


 戸惑うルウルウ。ジェイドはルウルウの前にひざまずいた。


「東方大陸へ渡ったら――結婚しよう、ルウルウ」


 ジェイドの真剣な言葉。彼の瞳を、ルウルウは見つめる。彼の漆黒色の瞳は、真剣な表情をたたえていた。

 これは後回しにしてはいけない、とルウルウは感じた。ルウルウには前科がある。ジェイドの好意への返事を、ずっと待ってもらったという罪なき前科だ。


 ルウルウは頭の中がスッとクリアになっていくのを感じた。


「……はい」


 そう言って、ルウルウはうなずく。


「はい、ジェイド。喜んで……」


 付け加えた言葉は、浮かんだ涙ですこし揺らいでしまった。それでもルウルウはきちんと返事を返した。返せたことが、ルウルウ自身にとっても嬉しいことだった。


「ありがとう、ルウルウ」

「ずっと一緒だね、ジェイド」


 ルウルウは目尻に浮かんだ涙をぬぐって、笑ってみせた。ジェイドも笑う。

 そしてふたりは抱きしめあった。誰にも切られぬ絆が、そこにはあった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?