二人から無事逃げおおせ、ふうとため息をついていると気配がした
わしが遠い昔に一度だけ邂逅したあの気配が
一瞬じゃったが間違いない
「この国に、おるのか? セイヴ」
かつて母の願いと加護を背負い、わしら姉妹の親友でもあった男
闇勇者セイヴ
かつてのあやつは優しく、カズマのような温かい男だった
だからこそわしらは奴を・・・
だがやつはわしらから母を奪い、邪竜として葬った
ヒト族はセイヴの言葉を信じ、我が母を邪悪と決めつけ、今では母の名すら伝わってはおらぬ
「セイヴを追うか? いや、今はカズマの補助をするに徹するか。どうやらあやつもここに来ておるようじゃしな」
セイヴの気配を感じたとき、カズマのあの力が膨れ上がったのを感じた
エルフの里に行ったときのものとは違う温かい力じゃ
「ふむ、さすがのセイヴもカズマには度肝を抜かれたじゃろうのぉ。暗殺組織はセイヴの差し金か? これまで尻尾を掴めなかったが、もはや隠す気もないということか」
あっちはカズマに任せて大丈夫じゃろう
わしは王兄の方を探すとするか
サイラの長らしき兄妹につけた魔力の糸を追い、中枢へと侵入する
王兄は鬼人の国にいると聞いておったがおらなんだ
ということはこっちにおるんじゃろう
獣人の気配も探っておるからのぉ。今いるのは鬼人の国に数人と、この国に二人
鬼人の国の方は全員冒険者じゃった
つまり本来鎖国されているはずのここにいてはならん獣人二人、そのどちらかが王兄ということじゃ
虫に化けるのではばれてしもうたが、今度はカズマの作った気配を消す薬を飲んでおる
そして虫ではなく、目視でも視認できない透明化の魔法により入り込んでおる
どうやらこれには気づかぬようじゃな
二人が入った大きな屋敷にわしもささっと入り込む
侵入して数分後、男の声が聞こえる部屋を見つけた
そこから獣人の気配と匂いがする
わしは耳をそばだて、中の様子を透視魔法によって見た
「ちっ! いつまだ待たせる気だ! 僕は獣王国の王だぞ! サイラごときがっ! 僕の機嫌を損ねる意味、分かっているのか!」
「ロウド様、もう間もなくでしょう。サイラの暗殺集団がこちらにつけば妹君を殺害するのも分時間の問題でしょう」
「一度失敗しているじゃないか! サイラは無能の集まりだろう!」
まったく、すがすがしいほどにクズじゃな
ともかくやはりここにいたな
サイラの暗殺集団か
そんなものを作っておるとは・・・
やはりセイヴが関わっておるのか?
考え込んでおると、サイラの兄妹がこちらに歩いてくるのが見えた
「それは本当か?」
「ええお兄様、暗殺部隊は何者かの手によって全滅。攫って来た子供達も一人がその他の子供と合成され、キメラと化しています。ひとまず地下は閉鎖しました」
「くそ! これからという時にどうして! 仕方ない、ロウドに頭を下げるのは癪だが、こうなってはなりふり構っておれん!」
二人は部屋の扉を開けると王兄ロウドに向かう
「すまぬ! 暗殺部隊が何者かに殺された・・・」
「はぁあああ!? これほど待たせて、殺された? 阿呆かお前は! だったらお前が行け! お前もだ女! 駄目そうなら自爆でも何でもしたらいいだろう。とにかく殺せ!あの女を!」
なんじゃ、何かおかしいぞこの男
わしはロウドをよく視た
・・・、なるほどのぉ
セイヴのよく使っておった手じゃ
あやつ、ロウドを壊したな・・・
「行け! 殺してごい!!!」
ロウドの顔が醜く歪んでいく
それを見てサイラの兄妹は驚き退く
「アガァアアアアア!! ごろじ、ごろじでやるあの女ァアア!!」
ロウドが姿を変え、筋肉がボコボコと盛り上がって、筋肉の化け物へと変わってしまった
「ひ、ひぃいいい!」
お付きの男が恐怖で悲鳴を上げた
「なんだこれは! おい! ロウドは魔物だったのか!?」
「ち、違います! 決してそのようなことは! 一体何が起こっているのか私にも」
「いいから逃げろ! カガミ、やるぞ!」
「はいお兄様!」
二人は短刀を構えた
だがなぐり飛ばされ、妹の方は壁に叩きつぶされ、口から内臓のようなものを吐き出し倒れた
「カガミ!」
兄の方はなんとか避けたようじゃな
ふむ、こやつらを助ける理由はないが、聞きたいこともある
わしは姿を現すと、ロウドが今まさに振り下ろそうとする腕を受け止めた
「な!? お前、どうやってここまで・・・。いや、今はいい、すまない助かった」
「これを振りかけろ。多少回復するはずじゃ」
わしはカズマの薬を渡す
「これは・・・」
兄はカガミという妹の方に薬を振りかけた
さすがカズマの薬じゃ。加減せずに作ったものをいくつか持ってきておいてよかったわい
カガミは無事回復したようじゃが、まだ動けないようじゃ
「ぐぎゃ、ごろず、ラヴィヌァアアア!!」
もはや自我も消えつつあるか
ロウドの腹部に蹴りを入れ、吹っ飛ばす
「ぐぎぎぎ」
ロウドはわしの本気の蹴りをまともに受けたにもかかわらず、ムクリと起きあがってぎろりとこっちを一瞥し、恐ろしいほどの跳躍力で飛び上がり、どこかへと逃げてしまった
「まずいのぉ。このままではラフィナ女王を・・・」
「あんた! 何者か知らんが助かった。サイラは受けた恩を忘れない。名を、教えてくれ」
「わしか? わしは大魔法使いのアルクじゃ」
「大魔法使い? その格闘センスでか?」
「うむ。まあ恩を感じるのであれば、今一度考えよ。サイラの未来、それは戦争で良くなるものなのか? 鬼人たちの思いも裏切り、それで満足なのか?」
「それは・・・」
「考えよ。思考をやめるな」
「・・・」
サイラの長ミズキ
まだ若く考えも至らぬことばかりじゃろう
それでも一国の主となったのであれば、国民のことを考えねばならぬ
戦争で、本当に幸せになれるのか?をな
「わしはロウドを追っておった。あれは恐らく妹を殺しに行ったのじゃろう。お主、そこの妹を大切に思っておるのじゃろう? ならば手を貸す相手を間違えておったな」
「・・・」
ミズキはなにも答えず、ただむせび泣いた
さて、わしはビスティアに戻り、あの娘を守りに行くとするかのぉ
まあ収穫はあった
セイヴはやはり暗躍しておる
あのアヤカシも奴が他国を寄せ付けないように放ったもんじゃろう
セイヴが次にどこへ向かったのかは分からぬが、奴の魔力は掴んだ
近くにおれば分かる、と思いたい
必ず決着をつけ、カズマの元へ帰り、幸せな生活を取り戻すのじゃ