時おり風が吹き、窓をカタカタと鳴らすだけのとても静かな部屋の中。
私は何が起きているのかわけがわからなくて、ただじっと、目を見開いてアルフォンソさんの顔を見つめた。
今私、何をされてる?
えーと……
やだ、頭の中、考えがまとまらない。
アルフォンソさんの顔がすごく近い。これって……私、キス、されている?
嘘でしょ? 何で? いや、何でじゃないよね。えーと……だめだ、どうしたらいいのかわからない。
こういう時って私、どうしたらいいの?
どれだけ長い時間だっただろう。いや、全然時間なんて経っていなかったのかもしれない。でも私にはとても長く感じた。
混乱している間に触れた唇が離れ、アルフォンソさんが右目を細めて私を見つめてくる。
その顔がなんというか色っぽく見えて、私の顔からボン、と火が噴くような感覚に襲われた。
「う、あ、あ……」
変な声が唇から洩れ、目がぐるぐると動いてしまう。何これどうしよう。そんな私をみたアルフォンソさんは面白そうに笑った。
「大丈夫ですか、パトリシア」
大丈夫じゃない。大丈夫なわけがない。そんなこと笑って聞かないでください。
だって私、何された? えーと、えーと……私、キスされたのでしょう?
うわぁ……恥ずかしすぎる。どんなに目を動かしても、アルフォンソさんの顔しかない。それはそうよね、こんな至近距離なんだもの。
「あ、あの……わ、私……その……」
しどろもどろになりながら、私は視線を下に向けた。
こういう時どうしたらいいの? あぁ、私そもそも恋愛小説をあんまり読んだことないし、情報が少なすぎて何を言えばいいのか全然わからない。
きっと私今、顔が真っ赤だ。あぁ、できればここから逃げ出したい。
「お茶、替えますか?」
そんな言葉と共にアルフォンソさんの衣擦れが聞こえてきて、私は慌てて顔を上げ、私のカップに手を伸ばすアルフォンソさんを止めようと、私も手を伸ばした。
「だ、だ、大丈夫です自分でやりますから!」
貴族にそんなことさせられない。
すると伸ばした手がアルフォンソさんの手と触れて、驚き私は思わず手をひいてしまう。
あぁ、何してるの私は……!
私は慌ててアルフォンソさんの顔と自分の手を交互に見ながら、
「あ、あ、あ、す、すみません!」
と、裏返った声で言った。なにこれ、私、ぼろぼろじゃないの。キスされただけでなんでこんなにあたふたしてるの?
そんな私とは対照的に、アルフォンソさんはとても落ち着いた声で言った。
「大丈夫ですよ。お茶、だいぶ冷めてしまっていますね」
「え、あ、あ、あの、本当に自分でやりますから。あの、あ、あちらでお茶を捨ててきてよろしいですか?」
奪い取るように私はアルフォンソさんの手からカップを受け取って尋ねた。
すると彼は微笑んで頷く。
「じゃ、じゃあ行ってきます!」
ばっと私は立ち上がり、バタバタと洗面所のある扉へと近づき勢いよくそれを開けた。
そして扉を閉め、私は鏡の前に立って水道の蛇口をひねる。流しに冷めたお茶を流してコップをすすぎ、水を止めて私はじっと、鏡を見つめた。
そこに映る私の顔はやっぱり紅い。とておも恥ずかしいし穴があったら隠れたい。
ずっと私、アルフォンソさんに振り回されてどうにもならないなぁ。何でいつもこうなってしまうんだろう。
最初はなんだかわけがわからなくて怖かったのに、私は今彼の手の中であたふたしている。
これってなんでだろう……もしかして、もしかしてこれって私、
「好き、なのかな」
そう言葉にして、私はさらに紅く染まる自分の顔をまともに見られなくなって、思わず視線を下に向けた。
ぽたり、と蛇口から水がゆっくりと垂れていくのが見える。
この感情を私、どうしたらいいんだろう。彼の事を考えるとドキドキが止まらなくなるし、あの怪我を見ると、心がざわめいてしまう。
……だめだ、私の頭の中、真っ白だ。
好き? 私、アルフォンソさんのこと……あぁ、やだ、何この感覚。
私は自分の顔を両手で挟んで鏡を見つめる。
そうか、そうなのね、私。だからこんなに彼の行動や言動に振り回されてしまうのね。自覚すると納得できるけど、自分の中に芽生えている恋心というものに戸惑いしか感じない。
首を横に振り、私はカップを持ってティールームに戻る。
するとアルフォンソさんが窓際に立っていて、外を景色を眺めていた。
そしてこちらに気が付き、微笑み言った。
「少し庭を散歩しませんか?」
その顔にまた私の心は揺さぶられてしまう。アルフォンソさんがすごく魅力的に見えるの何でなの? 怪我のせい? 久しぶりだから?
私は胸に手を当て、小さく息を吐く。
庭を散歩か……そうね、このまま密室でふたりきりよりはいい気がする。
私はカップをソーサーに戻し、アルフォンソさんに歩み寄り答えた。
「そうですね」
私の言葉を聞いて、アルフォンソさんはポールスタンドにかけられた私のマントを手に取ると、私の背後に立ちそれを私の肩にかけた。
「あ、ありがとうございます」
「外はかなり寒くなってきましたからね。さすがにその格好では寒いでしょう」
そして彼も、マントを羽織りこちらを向いた。
「では参りましょう」
そして彼は私の肩を抱き、扉へと向かって歩き出した。