週があけた二十四日月曜日。
アルフォンソさんは本当に迎えにやってきた。
太陽が傾き始めた四時過ぎ。コートを着て外に出ると、通りに見慣れた馬車を見つけ、客車のそばに佇む人影にすぐ気が付く。
帽子の隙間から漏れる黒い髪。それに、痛々しい、左目に巻かれた白い包帯。
アルフォンソさんはこちらに気が付き、帽子に手をやり挨拶をしてくる。
私は思わず駆け足で彼に近づいて言った。
「お待たせいたしました。寒いですよね」
「いいえ、大丈夫ですよ。では行きましょう、パトリシア」
彼が伸ばした手をとり、私たちは馬車へと乗り込んだ。
馬車に揺られながら、私たちはいろんなことを話す。
アルフォンソさんはモンターナでの出来事を話してくれて、私は日々の仕事の話などをしていた。
「モンターナは静かなところでしたよ。モンスターの襲撃さえなければ、ですが」
「そんなによくあるものなのですか、襲撃って」
そんな日常怖いなぁ……
私の言葉に、アルフォンソさんは首を振って苦笑いを浮かべる。
「さすがにそんなしょっちゅうはないようですよ。年に一度か、二度と聞きました」
それなら少ない、のかな。アルフォンソさんが話すモンターナでの出来事は同じ国内の話なはずなのに、どこか遠い世界の話のようだった。
「私は先日、国立図書館で不思議な本に出会ったんですよ」
「不思議な本?」
「はい。手にした人の生涯をつづる本だったんです。生まれた日のことや初めて歩いた日、けがをしたこととか書かれていて。未来のことも書かれるそうで、その本は危険だから、ということで呪いの遺物を集めている博物館に寄贈されたそうです」
私の話を聞いて、アルフォンソさんは目を輝かせた。
「それは興味深いですね。開いた人の未来が見える……未来は誰しも知りたいと思うものですが、本当に知りたいかと言われたら……少し怖いですね」
「そう、ですよねぇ」
私が知りたかったのは未来のことではなかったけれど。
でも世の中にはきっと、知らない方がいいことってあると思うのよね。
アルフォンソさんは顎に手を当てて、小さく首を傾げながら言った。
「それは魔法なのでしょうか。呪いなのでしょうか。どちらにしろ不思議な話ですね」
「そうですね。少しだけその本を見せていただいたのですが、私のことが書かれているのに知らないことがいくつもあって不思議な気持ちでしたね」
「……見たの、ですか?」
妙な間があいた後、アルフォンソさんが神妙な様子で言った。
えーと、ちょっと怖いんですけど?
「あ、はい。でも途中までみて怖くなってしまって。すぐに閉じました」
「あぁ、そうですか」
意味深に呟き、アルフォンソさんは何かを考え込むようなそぶりを見せる。
な、何を考えていらっしゃるんですか、アルフォンソ様?
何だか怖くて、私は内心びくびくしながら彼の様子をうかがう。
アルフォンソさんはこちらを見つめ、静かに言った。
「どこまで見たのですか?」
「え? えーと、私とアルフォンソさんが初めて会った日の手前までです」
そう答えると、彼はにこっと笑い、
「そうですか」
と頷く。
これってあの日に何があったのか、知られたくない、って事なのかな。うぅ……見ないって決めたのにやっぱり気になる。
見ておけばよかったのかなぁ……
「あの、アルフォンソ、さん?」
「何でしょう」
「あの、私とアルフォンソさんが初めて会った日、あの……私と何かありましたか?」
おそるおそる尋ねると、彼はニコニコ顔で言った。
「貴方が酔って俺にやたらと絡んできましたね」
「それは覚えています。そのあとです。別室で休んでいるときの話です」
「あぁ……それは」
そう呟いて彼は口を閉ざしてしまう。
なに、何なのこの沈黙は。とってもとーっても気になるんですけど?
私は黙って彼の様子をうかがう。
馬車の中は暗くてただでさえ顔が見にくいのに、アルフォンソさんは褐色の肌だからはっきりとした表情の変化しかわからないのよね。
しばらくの沈黙のあと、
「すぐに貴方は寝てしまいましたよ」
そう答えてアルフォンソさんは満面の笑みを浮かべたようだった。
ほんとですかそれ。すごく疑わしいんですけど?
「本当、ですか?」
「えぇ。貴方が俺にしがみ付いて離してくれなかったので、俺も一緒に寝ることになってしまいましたけど」
……裸で?
って言いたいけど恥ずかしくて言えない。
でもそう言い張るならそれを信じるしかないわよね。
納得はできないものの、私は頷き、
「そうだったんですか」
とだけ答えた。
うーん……うさんくさいなぁ。
でもこれ以上聞いても何も答えてくれなさそうだし。
「ところで、イベントの担当になったとうかがいましたが何をするんですか?」
話題を変えられて、私は戸惑いつつも頷き答えた。
「え? あぁ、謎解きイベントをやるそうです。図書館が中心なので本をテーマにしたものをやるんですが、今度その会議があります」
「あぁ、そうなんですね。一般公開されない施設が合同でやるとは聞いていますが、楽しそうですね」
「はい。姫が参加されるという事なので、姫の救出劇とかどうかな、と思っています」
絶対楽しいと思うのよね、本物のお姫様を救出できるなんて。
大人の私でもドキドキしてしまうもの。
「救出されるような方ではありませんが、ノリのいい方ではあるので喜んで囚われの姫をやってくれそうではありますね」
救出されるような人じゃない、ってどういうことだろう。あれかな、騎士だから、かな。
「そう、なんですか?」
「騎士になりたいと言い出すほどですから、強くはあります。ただ変わった人であるのは事実なので、あまり姫っぽくないですね」
変わってるんだ。
まあ、そうじゃなくちゃ姫でありながら騎士になんてならないか。
「それに本人は地方に遠征させてもらえないのが不満なようですから。ストレスをためているようですし、イベントとはいえ囚われるのは楽しいのではないでしょうか」
その発想はなかったな。
まあでも、誘拐なんてそうそうされるものではないものねぇ。
それなら大丈夫かな。
「参加者にはちょっと仮装をしてもらって本をめぐる謎を解いてもらうんです。そして最後に姫を救出して参加賞を貰う、っていう感じになるんじゃないかと思います」
「それはいいですね。子供たちの想い出にもなるでしょう」
「これ、完全に子供向けのイベントなので参加できないのが残念なんですけど、そんな企画を通して本にもっと親しんでもらえたらな、って思います」
そう私が答えると、アルフォンソさんは頬杖ついて私をじっと見つめ、
「そうですね」
と頷いた。