けっきょく眠気には勝てず、私は朝食のあと部屋でお昼寝をしてしまった。そして目が覚めたのは十一時前だった。
目が覚めた、というか起こされたんだけど。私に伝言が届いたらしく、それでメイドが起こしに来た。
彼女は寝起きでぼうっとしている私に向かって言った。
「アルフォンソ=フレイレ様が本日の午後、お越しになるそうですよ」
メイドの口から発せられた名前に私はばっと目を見開いて、ベッドの上から彼女を見上げる。
「……え、そうなの?」
「はい、時間は正確ではありませんが、三時くらいになるだろうとのことです、承諾してよろしいですか?」
よろしいです、とてもよろしすぎる。だって私、昨日の事件が気になりすぎるから。
その時間ならお兄様の用事も終わっているだろうし。
よし、ちょっと目が覚めたかも。
「わかったわ、大丈夫とお伝えして」
「かしこまりました、遣いの方にそうお伝えしますね」
そして彼女は一礼し、ドアへと向かっていく。
「あ、寝起きにお茶をお持ちしますか?」
ドアの前で振り返ってそう聞いて来たメイドに私は微笑み頷いて、
「えぇ、お願い」
と答えた。
「わかりました!」
ビシッ、と彼女は敬礼し、ばたばたと去っていく。
……賑やかだなぁ。
三時にアルフォンソさんがいらっしゃる。昨日の話、聞けるのかな。
結局あの悲鳴は事件だったのかな。新聞に目を通した限り、その可能性が高いけれど。
それを思うと心に重りがのしかかってくる。
仕方ない事だった。あの時駆けつけたとしてもきっと、間に合わなかっただろう。そう自分に言い聞かせるけれど割り切れるものでもない。
偽善、なんだろうけれど。
私はベッドからおりて窓に向かい、外を見つめる。
晴れた空に、葉を散らす木々。
風は強いようで、カタカタと窓が音をたてる。
日々どんな事件が起きても、何事もなかったかのように時間は流れていくのよね。
私は手を組み、目を閉じて名も顔も知らない被害者に祈りをささげる。
その魂が安らかに眠りにつけますように。
午後、お昼をいただいた後、私はお兄様に言われた通り、応接室で宝石商が持ってきたネックレスを選ぶのを手伝った。
本当に彼女への贈り物らしい。
お兄様、彼女いたのね、知らなかったわ。
宝石商が持ってきたネックレスはどれもシンプルな作りだった。
サファイアにエメラルド、ブルートパーズにタンザナイト。
青系の石ばかりね。彼女は青系が好きなのかな。見事に赤やピンクがない。ダイヤモンドもないし。
「普段使えそうなもの、ということでオーダーしたんだけれど。ねえ、パトリシア、どう思う?」
確かに、どれも普段使うにはいいだろうな。
中央に石があって、周りを他の石で囲っているものと、一粒石のものとある。
どのネックレスもさりげないし、主張しすぎないから正直どれでもいいんじゃないかと思うけれど。
「そうねぇ。どれでもいいと思うけれど。彼女は赤系が好きではないの?」
「うん。だから青や緑色ばかりになってしまって」
やっぱりそうなんだ。
私は用意されたネックレスを改めて見る。デザインは少しずつ違うけれど、私ならこれ、っていうものはない。
「直感で選んだら?」
私の提案に、お兄様は苦笑して腕を組む。
「それができたら苦労しないなぁ。うーん……」
そう呻った後、ネックレスを見つめ、宝石商の方を見て言った。
「手に取ってみても大丈夫?」
「えぇ、もちろんでございます」
満面の笑顔で答えた宝石商に対してお兄様は礼を言い、ネックレスをひとつひとつ手にした。
「お兄様、いつの間にそういうお相手ができたんですか?」
両親のいない場なので、たぶん兄は口を割るだろう。そう思い、私は疑問をぶつけた。
するとお兄様はネックレスから視線を離さずに言った。
「俺だってただ遊んでいるわけじゃないよ。貴族のお嬢さんと結婚して援助を引き出すか、聡明な女性と結婚して一緒に商会を大きくしていくのか、いろいろと考えて行動をしているんだよ」
そんな計算をして結婚相手選んでいるのか。
うちみたいなそこそこ大きい商家だと、やっぱり愛しあうかよりも相手が何を持っているかをまず考えてしまうものなのかな。
それはそれで切ないような気がするけれど、昔はよくわからない人と結婚なんてざらだったみたいだからそれよりもまし、なんだろうか。
「それでどういうお相手を選んだの?」
それが肝心だ。いったい相手は誰なのか。私が知っている人なのかな。知っている人だとなんかいやなんだけど。
するとお兄様は、いたずらっ子のような笑みを浮かべて言った。
「せっかくだから両方兼ね備えている人にした。そして俺が可愛いと思える相手」
お兄様は私をからかっているのだろうか。
そんな人いる? それってかなりのレアじゃないの?
いったいどうやって出会うのよ。考えても思いつかない。
驚いて完全に固まる私を面白そうに笑って兄は見つめてくる。
「いるんだから仕方ない。そもそも今、パティに付き合ってもらっているのもちゃんとした理由があるし」
「どういうことよ」
ちょっと意味が分からないんですけど?
お兄様はネックレスをひとつひとつ確認しながら言った。
「クリスティは面白い子だよね」
お兄様の口からでた名前に一瞬、時が止まったような気がした。
クリスティ……えーと、あのクリスティ? 男爵家の? アルフォンソさんとは従妹の? え、嘘でしょ?
そんなそぶり一切ありませんでしたよね、お兄様?
クリスティは貴族だし、聡明……ではあるかな。口が少々悪いけれど。偉そうにしなくて貴族っぽさはなくって。貴族たちの醜聞にへきえきしながらも表向きは周りとうまくやっているのよね。
つまりは……お兄様が好きなタイプか、そうか。
ひとり納得をして、私はお兄様に尋ねた。
「いったいいつから?」
「少し前からかな。お前、しばらく家を留守にしていただろ? その時にちょっと」
と言って笑う。
クリスティ、私にも秘密にしていたなんてどういう事かしら?
だって何度か顔、合わせているわよね。
かなり前に聞いたときはいない、って言っていたけれどあれは嘘だったのか、それともそうなる前だったのかな。
あぁ、気になるじゃないの。
「その時にちょっとって何があったのよ?」
「べつにお前のことは関係ないよ。クリスティの事は知っていたけれどそこまで関わりを持ったことはないし、子供の頃に会ったきりで顔は覚えていなかったから。パーティーで知り合って、話をするようになってから彼女がお前と友達であることを知ったんだ」
あー、なるほど。
いちいち姉妹の友達のことなんて覚えていないわよね。
私だってお兄様の友達、名前は知っていてもどこの誰かは記憶にないし。
「それで、なんでプレゼントなんて」
「深い意味はないけれど、新年になにか贈り物を、と思っただけだよ。彼女の誕生日はとうに過ぎているし」
「そういうことなの」
新年を迎えて挨拶をする時に、大切な相手にプレゼントを贈ることはままあることだ。
普通はお菓子のような消えものだけど、関わりの深い相手であればアクセサリーなどを贈ることもある。
だから不思議な話じゃないけれど、なんだか妙な気分だった。
何百人も貴族がいるわけじゃないし、そういう所に出てくる独身なんて限られているから身近で付き合うことはあるんでしょうけれど。
なんだか複雑だ。
そんなことを思いつつ私はネックレスを見る。どれでも喜ぶと思うけどなぁ。クリスティは人からもらったものを悪く言う人ではないし。
「どれでも大丈夫だと思うけど。たぶんクリスはこの中の物ならどれをあげても普段使いすると思うわよ?」
「ならよかったよ。まあそれだと余計に悩んでしまうけど」
その割にはお兄様、楽しそうで悩んでいる様子は感じられない。
結局お兄様はエメラルドのネックレスを選んだ。
新年の贈り物かぁ……私も何かあげようか。
贈り物、といえば誕生日だけど、アルフォンソさんの誕生日って聞いたこと、あったっけ?
今日、お会いできるから聞いてみようかな。