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第66話 報告

 お兄様につきあってあげたあと、部屋で本を読みながら来客を待つ。

 待っていると時間の経過がとても長く感じる。窓が時おり風に揺られてカタカタと鳴る音を聞きつつ、私は静かに読書を続けた。

 一冊の半分を読み終え頃だった。

 そわそわしている私の部屋の扉を叩く音が響く。

 時計を見ると三時を少し過ぎていた。あぁ、アルフォンソさんが来たのね。

 そう思い私は本を閉じて立ち上がる。そこへメイドが扉を開けて中に入ってきて言った。 


「お客様がお見えになりましたので、応接室にご案内しております」


「ありがとう、すぐに行くわ」


 呼びに来たメイドにそう答えて私は鏡の前に立つ。

 化粧、オッケー。香水は軽くつけた。焦げ茶色のワンピースにカーディガンを着て、くるり、と鏡の前で一回転してみる。

 うん、大丈夫。


「よしっ」


 私は気合をいれてから、ばたばたと部屋を出た。

 はしたない、とは思うもののはやる気持ちを抑えきれない。

 廊下を行き早足で階段を降りて一階にある応接室へと急ぐ。

 ドアの前に立ちそして、私は大きく息を吸い、ゆっくりと息を吐いて気持ちを落ち着かせた後、扉を叩いた。


「お待たせいたしました」


 そう声をかけて私はドアを開いて中を見る。

 窓際に立ち、庭を見つめるアルフォンソさんはこちらを振り返り、にこっと笑って言った。


「ごきげんよう、パトリシア」


「ごきげんよう、アルフォンソさん」


 言いながら私は軽く頭を下げ、ドアを閉めて彼に歩み寄る。

 アルフォンソさんは今日も左目に包帯を巻いている。あの傷、いつになったら治るんだろう。その事は怖くて聞いていない。もしかしたら治らないとか?

 ……そんなこと、ない、よね?

 そんな不安を抱えつつ、私はアルフォンソさんの前に立って言った。


「お待ちしておりました」


「昨夜の事を報告に来ました」


「新聞に載っていた事件と同じものだったのでしょうか」


 そう問いかけると、彼は頷く。


「あぁ、報道されていましたね。仕事帰りの女性が襲われたと。時間から考えても俺たちが聞いた声はその被害者だったと思います」


 あぁ、やっぱりそうなんだ。

 どうしようもないけれど、心は痛い。

 私は胸の前で手を組み、その女性の冥福を祈った後目を開けてアルフォンソさんの顔を見た。

 すると彼はちょっと不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。


「今の祈りは」


「あ、あの……顔も知らない方ですけれど冥福を祈っただけです。自己満足ですけどね」


 そうだ、私の中にある罪悪感を減らすための行為でしかないんだけど、そうせずにはいられなかった。偽善でしかないとわかっているけれど。


「自己満足……そうですね。でも死者への祈りなんてそういうものでしょう。遺された者には祈る事しかできませんし」


 そしてアルフォンソさんも目を閉じて胸に手を当てる。

 きっと、彼も祈っているんだろうな。

 彼が目を開けたとき、ドアを叩く音がした。

 きっとメイドがお茶を運んできたのだろう。


「失礼いたします」


 そう声がしたかと思うとワゴンを押したメイドが中に入ってきて、一礼するとニコニコと笑って言った。


「お茶とお菓子をお持ちいたしました」


「ありがとう、そちらに置いておいて」


「かしこまりました」


 メイドは紅葉の模様が入ったカップをテーブルに置き、そこにお茶を注いでいく。そして、ティーウォーマーを置いてそれに火をつけ、その上にティーポットを置いた。

 それにデザートがのったお皿がテーブルに置かれる。

 クッキーやマドレーヌといった焼き菓子が並んでいてどれもおいしそうだ。


「あぁ、年末のこと、まだお返事していませんでしたね」


 年末……

 私は一瞬考えてそれが手紙に書いたランタン祭りのことだと気が付く。


「そういえばそうですね。あの、いかが、ですか?」


 言いながら私はアルフォンソさんの様子をうかがう。

 正直自分から誘うのは緊張するのよね。

 アルフォンソさんは私の頬に触れ、嬉しそうに笑って言った。


「喜んでご一緒しますよ。俺もお誘いしようと思っていました」


 それを聞いて私はほっとする。

 よかった。年末の楽しみが増えた。それじゃあ私もお兄様のように何か用意しようかしら。


「その前に俺の誕生日がありますし。ねえ、パトリシア、その日も開けておいてくださいね」


 そう言ってアルフォンソさんは私の頬から手を下ろしていく。

 ……えーと、今、何て言いました?

 私はアルフォンソさんの言葉を頭の中で繰り返す。

 俺の誕生日がある。しかも来月、ですって?


「あの、十二月にお誕生日、なんですか?」


「えぇ、言ったことなかったでしたっけ」


 そしてアルフォンソさんは不思議そうな顔になる。そんな顔されるとちょっと不安になるけれど、私には初耳なはず。

 なので私は首を横に振った。するとアルフォンソさんは、おや? という顔になる。


「そうでしたっけ。色々あって忘れていたのかもしれませんね。まあ誕生日を祝うなんて年齢を考えるとしませんし、余り重要視していませんでしたけど」


 確かに、成長と共に誕生日に何かをすることは減るのよね。

 うちもケーキを食べてプレゼントをもらう位だ。クリスティのように誕生日だからってパーティーをやるようなことはない。あんなことするのは貴族くらいだ。


「今回モンスターの討伐に出かけて、今回は生きて帰ってこられましたけど、次もまた生きて帰ってこられるという保証はないと。歳を重ねることができず死んでいった者たちがいましたし、俺も危なかったので。だから俺は一年を大事に生きていきたいと、そう感じたのですよね」


 そう言って、アルフォンソさんは目を伏せる。

 あぁそうか。ドラゴンの討伐で死者が出たと言っていたっけ。

 死んでいった人たちの事を思うとやり切れないけれど、彼が生きていてよかった。そう強く思える。

 私は悲しい気持ちを振り払うように首を横に振り、できるだけ笑顔で彼に言った。


「では何か用意しないとですね。アルフォンソさんは欲しいもの、ありますか?」


 男性への贈り物なんて兄とお父様にしかしたことないから何をあげたらいいのか全然わからないのよね。どうせあげるなら喜んでほしいし。

 するとアルフォンソさんは顎に手を当てて、考え込み始めてしまう。

 まあ悩みますよね。私だって悩むもの。

 私は正面を向き、ティーウォーマーにかけられたポットのお茶をカップに注ぐ。

 そしてカップを手に持ったとき、アルフォンソさんの声がした。

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