目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第68話 遠出

 十二月に入ると吹く風は冷たさを増し、外を歩く人々をちぢこませる。

 街路樹の多くは葉を散らしていて、冬の準備を整えていた。

 あの連続殺人事件の犯人はまだ捕まっていないらしい。

 最近は事件の話を聞かないからなりを潜めているのかもしれない。

 夜の外出は危ない、そんな話が出て一瞬、夜の人通りが減ったらしい。けれどそんな事を言われていたのはほんの数日間で、すぐに人々は夜の町に戻っていったらしい。

 殺人犯は確かに脅威だけれど、それを目にしていなければ時間の経過と共にその恐怖は薄れてしまうものだ。

 生活もあるだろうから引きこもっているわけにもいかない。

 幸い、私たちもある悲鳴のあとに何か事件めいたものに遭遇することはなかった。

 相変わらずアルフォンソさんは毎日私を迎えに来てくれる。

 誕生日のプレゼントは一緒に買いに行くことになったけど、いったい何がいいんだろう。いったいいくらくらい持っていけばいいのかわからなくて困る。

 そして迎えた十二月八日日曜日。

 私はひとり、屋敷から遠く離れた商店街に来ていた。

 ここは屋敷から馬車を乗り継いで一時間ほど離れた距離にある為、めったに来ない。

 目的は、王都最大の本屋だ。

 印刷技術の向上に伴い色んな本が刷られ、庶民でも手に入りやすくなった。だけど本屋に置かれる本は限られているし、売れない本は返本されてしまう。

 だけど大きな本屋なら棚もたくさんあって返本されずに残っている場合があるから珍しい本に出会えるのよね。

 この辺りはその本屋の他、輸入雑貨店や大きな服屋もあって人通りが多かった。

 小さな子供は母親に手をひかれおもちゃ屋に入っていき、若い女性のふたり連れはアクセサリーショップの店頭で、ショーウインドウを見つめていた。

 アクセサリーかぁ。アルフォンソさんはいったい何が欲しいんだろう。

 雑貨店のショーウィンドウには、男性物の中折れ帽子やショルダーバッグ、それに女性物の濃い赤の帽子等が飾られている。

 帽子はおしゃれアイテムとして人気なので老若男女とわず人気がある。

 あぁ、帽子もいいわね。バッグは使っているのを見たことないけれど。

 お財布も人気のあるプレゼントだとお兄様から聞いた。

 視線を下におろすと、いくつかの財布も飾られている。多くは長財布だった。黒に、紺、といった濃い色のものが多い。

 その前を通り過ぎようとしたとき、向こうから腕を組んで歩く老齢の男女が、談笑しながら歩いてきた。

 男性は濃いグレーの帽子を被り、女性は黒の帽子を被っている。ふたりは雑貨店の前で立ち止まると、ショーウィンドウを見つめた。

 ふたりは何やら話しながら帽子を見つめている。


「あの赤い帽子、きっと似合いますよ」


 そう男性が言うと、女性は恥ずかしげに笑った。その笑顔が本当に幸せそうで私は思わず見とれてしまう。

 ふたりは夫婦、なのかな。

 年をとってもあんな風に好きな人と腕を組み、幸せそうに笑って過ごせるの、いいなぁ。

 そう思って私はハッとして、ふたりに背を向けて歩き出した。私、何を考えているんだろう。一瞬、私とアルフォンソさんが一緒にショーウィンドウを眺めている幻が見えたじゃないの。

 あぁもう、会えない時間も常に私は彼の事を考えてしまう。毎日のように会っているのに、今も会いたくなってしまう。それほど私は彼に心を囚われてしまった。

 そんな自分に戸惑いを感じつつ、私は人の波にのり、本屋へと向かった。

 時計塔の鐘の音が鳴り響く広場にあるのが、三階建ての大きな本屋だった。

 茶色の外壁の建物で、パックリと大きく開いた入り口にたくさんの人が吸い込まれて、同じだけの人々が出てくる。出てくる人の多くは、お店の紙袋をぶら下げて出てくる。

 うーん、楽しみだなぁ。

 私は期待に胸を躍らせながらお店の中へと入っていった。



 一階から三階までびっしりと並ぶ本棚に、隙間なく敷き詰められた本たち。

 この本屋に来るのは本当に久しぶりだ。

 あの、ダニエルとの婚約破棄騒動より前だから……半年以上は前だろうか?

 私は足取り軽く、小説のコーナーへと向かっていった。

 孤島や館を舞台にした推理作品を出しているアーネリスの初期の短編集や、「猫探偵ルミィの推理日記シリーズ」のエメテリオ作の別の作品シリーズなど、近所の本屋では見かけない少し前の本がたくさん置いてある。

 私が小さい頃出た作品が欲しいときは、ここに来た方が手に入る可能性、高いのよね。

 図書館で借りて読むことも多いけれど、読んで気に入った作品は購入することがある。






この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?