そして土曜日。
新聞に大きくあの事件のことがのった。
連続殺人事件。屋敷から見つかった氷漬けの女性の遺体。
怪しい呪術が関わっていたためか、センセーショナルな言葉が紙面に踊っている。
何があったのか知っている私は、まともに新聞を見ることができず、お父様が見ている新聞を見ないようにした。
「この事件、お前が巻き込まれたものだろう? これはかなり大ごとだなぁ」
お父様の呟きに私は、
「そうね」
とだけ答えた。
何が書かれているのかは正直気になるけれど、内容を見る気になれない。
誰も救われない、哀しい事件だったな……
「おい、犯人は自殺したらしいぞ」
「え?」
お父様の言葉に私は驚き、新聞を奪い取る。
「お、おい」
お父様の抗議の声など無視して、私は新聞に目を通した。センセーショナルな事件の概要のあと、シュヴァルク=フェル容疑者が独房で死亡した、と書かれていた。
昨日の事情聴取を終えたあと、自殺を図ったらしい。
なんでそんなこと……
誰も、報われないじゃないの。
そう思い、私は新聞を畳みお父様につきかえした。
「呪術が関わっていたどうだが、愚かなことだな。死人がよみがえるなんてあるわけないのに」
なんてお父様が言っている。
確かにそうだ。私だってそう思うし、愚かだと思う。
でも、大切な存在をもし、突然失ったらどうだろう。
出産という、命の誕生が命を奪うものになったら……シュヴァルクさんの姿を思い出すとただ、心が痛かった。
あんな本さえなければこんなことにはならなかったんだろうか。
よみがえりの呪術について記した本。あの本がなければ……
そう思い、私は手紙を書くことを決意した。
相手はロラン様だ。
あの方なら、国立図書館からあの本を封印させることくらいできるだろう。国会図書館の館長だし、伯爵家の跡取りだもの。
朝食のあと、手紙をしたためて遣いを出す。それはそれとして午後にアルフォンソが迎えに来るから、私は旅行鞄をひっぱりだして服などを用意した。
泊まり、といっても王都内だし、大した距離ではない。
海沿いは少し遠いから、ちょっとした旅行気分ではあるけれども、心はずん、と重いままだ。
アル……早く会いたい。
このやりきれない感情の処理の仕方、私にはわからないから。
シュヴァルクさんの遺体、どうなるんだろう。
アルに聞いたらわかるかな。
私は準備をしながら早く時間が過ぎないかと、心の中で強く思った。
迎えが来たと言われ、私はメイドに荷物を運ぶのを手伝ってもらい、玄関へと向かった。
私の今日のお洋服。
深紅のスカートに黒いブラウス。それにジャケットを着て、深紅のマントを羽織った。そして黒い帽子には花の飾りがついている。
玄関でブーツを履いて外に出ると、黒いコートに黒い帽子を被ったアルがいた。
あれ、いつもと何かが違う様な。
彼は私に気が付くと、帽子を軽く浮かせて小さく頭を下げて言った。
「おはよう、パティ」
「あ、お、おはようございます」
そうだ。アルの左目。包帯じゃなくって黒い眼帯になっているんだ。
やだ、ちょっとかっこよく見えてしまい、私は思わず俯いた。
「どうかしましたか、パトリシア」
「ええ、あ、いいえ、なんでもないです」
あわてて私は顔を上げ、首を横に振る。
何でもあるけどなんでもない。
「お嬢様、いってらっしゃいませ」
御者に荷物を預けたメイドはにこやかに言い、頭を下げる。
「え、えぇ。行ってくるわね」
メイドに挨拶をし、私はアルに手をひかれて馬車に乗り込んだ。
「あの、目はまだ……」
「あぁ、左目はまだあまり見えていなくて。このまま治るのかもわからないらしいんです」
笑いながらいう話でしょうかそれは。
よく見ると、頬のあたりに傷痕が見える。
そうだよね、ドラゴンの尾で攻撃されたと言っていたから、他のところだって傷があるわよね。
「パトリシア。貴方をブレスレットが守ったように俺もブレスレットに守られていたのかもしれませんね。だからこれだけで済んだのかもしれません」
言いながら彼は眼帯に触れた。
「だからまた、ブレスレットを買いましょう。貴方には俺があげたものを身に着けていてほしいので」
と、とてもいい笑顔で言った。
……それってどういう意味なのかな。
なんだか引っかかるのよね、まあ、今さらだけど。
贈った物を身に着けいてほしい、という気持ちは私の中にないけど、それって嬉しいものなのかな。
とりあえずそれは聞き流し、私は今朝の新聞の事を尋ねた。
「ところで、あの……アル、シュヴァルクさんのことは……」
遠慮がちに言うと、彼は神妙な顔で頷いた。
「えぇ、自殺、したそうですね。容疑者が死んで大騒ぎだったと、今朝警備隊に行った時に聞きました」
あぁ、警備隊に行って来たんだ。じゃあ詳しいことを聞いていそう。
「あの、遺体はどうなるのでしょうか」
「通常は警備隊の方で火葬したあと、親族に遺骨の引き取りを要請します。ですが大抵のばあい引き取られないので、共同墓地に葬られるかと思います」
あぁ、やぱりそうなのね。
「あの……アル」
それだけ言って、私は押し黙ってしまう。
彼は殺人鬼だ。その事実は変わらない。
殺された人たちの家族からしたら、どうやったって憎しみは消えないだろう。私だって殺されていたかもしれない。
だけど……
この間の事が脳裏に焼き付いて離れない。
大切なものを失った悲しみから、彼は本当かもわからない呪術にすがり、連続殺人事件という、許されない行為に出た。
死んだらその罪がなくなるわけじゃない。だけど……
私の葛藤が見えたのか、アルは私の手にそっと触れて言った。
「大丈夫だと思いますよ。パトリシア。ステファニア様が遺骨を引き取ると言ったそうで、ちょっとした騒ぎになっていると聞きました」
あぁ、そうなんだ。たしかに、それは騒ぎになるだろうな。
だって、姫が殺人鬼の遺骨を引き取ると言い出したわけよね。
それは動揺するだろうな……
「親族が墓に入れるのを拒絶した場合は、ステファニア様の方で墓地を用意するでしょうね。少なくとも奥様の方にはなんの罪もありませんし」
そこまでやる……か。やりそうだものね、ステファニア様。姫の命令に逆らうなんて誰もしないだろう。だからと言って、親族に無理強いもしないだろうから、新しく墓地を用意する、というのはとても現実的かもしれない。
「それならいい……の、かな」
きっと、何が正しいかなんてないと思う。
殺人鬼を許すわけじゃない。だけどきっと、よみがえりの呪術、というものがあってその為に生贄が必要とするならば、殺人に手を染める人はそれなりにいそうだと思う。
誰もが陥るかもしれない闇。
それを思うと本当にやりきれない。
「いいかどうかはわかりませんが、貴方が気に病むことじゃないですよ、パトリシア」
「そう、ですね」
私は顔を上げて頷き、
「貴方と一緒にいるわけだから、その時間を楽しみたいと思います」
そう微笑みかけると、彼も、
「そうですね、だからパトリシア、俺だけど見ていてください」
と言い、ぐい、と顔を近づけてきた。
う、ち、近い。
私は恥ずかしさに顔が熱くなるのを感じつつ、
「わ、わかりました」
と、震える声で答えた。