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第85話 新年の贈り物

 宝石商が部屋に来た。

 今回はブレスレットと指輪を選ぶらしい。

 なくしてしまったブレスレットの変わりの御守りを、ということらしい。あのアメジストのブレスレットは本当に私の事を守ってくれたんだろうな。

 シュヴァルクさんに掴まれた手首は多分、ブレスレットの上だったんだろう。どういう力が働いたのか、私にはわからないけれど……そういえば痛がっていたような気はする。

 御守りなんて気休めだと思っていたけど、本当に守ってくれるって事あるんだな。

 気休めでも、何かが自分を守ってくれる、という事実は大事なのかもしれない。

 それにしても。

 宝石商が持ってきた指輪とブレスレットを見つめ、私はちょっと引っかかっていた。

 指輪、全部ダイヤよね。

 だってこの間、いくつも見たから間違いない。ダイヤモンドの指輪がいくつも並んでいる。

 対して、ブレスレットは色んな宝石のものがあった。


「あの、なんで指輪はダイヤばかりなんですか?」


 ソファーの隣に腰かけるアルに尋ねると、


「婚約にはダイヤモンドだとうかがったので」


 そういえば、ダニエルと婚約するときダイヤの指輪をいただいたっけ。

 返したけど。

 考えてみたらまだあれから一年経っていないのよね。半年ほどで色々あったなぁ……

 ……って、待って?


「婚約?」


 思わず聞き流した言葉を、私は口にしてアルフォンソさんの顔を見る。

 婚約って何? あれ、婚約って……結婚の約束、よね?


「え? あの……え?」


 驚きすぎて変な声が出てしまう。

 いや、そんな驚く話ではないんだけれど。

 私達、婚約するって、こと?

 そこで私は、職場の同僚に聞いた話を思い出す。

 ランタン祭りで結婚の約束をすると別れない、という話を。

 まさかこれは、ランタン祭りでの贈り物ってこと?

 やだ、どうしよう、私。すごくそわそわしているし、挙動不審だし、どうみても不審者だ。


「せっかくランタン祭りにご一緒しますから、その時の贈り物にと思ったのですが」


「それは素敵ですね。ランタン祭りで結婚の約束をすると別れない、というジンクスがありますし。一般的にはサイズが余り関係ないブレスレットやネックレスが多いですが、指輪を贈る方も多いですよ」


 宝石商の男性がニコニコ顔でそう教えてくれる。

 指輪を贈るって本気の婚約じゃないですか。

 そうよねよくよく考えたら、結婚の約束ってつまり婚約するって事よね。


「それってつまり婚約……」


 呟いて自覚して、鼓動がどんどん早くなっていく。

 どうしよう……私、アルフォンソと婚約するの? 本当に? え、これって大丈夫?

 この半年ほどの間、私はアルフォンソの事を見てきた。

 一緒に熊のぬいぐるみの尾行をしたし、危ない目にもあってきた。きっと、彼なら大丈夫だろう。

 ダニエルのような浮気はしないと思う。

 だから大丈夫だとは思うんだけどなんだか現実味を感じない。

 婚約……私、婚約するのね。

 まさか一年の間に二度も婚約することになるとは思わなかった。

 しかも私たち、捨てられた者同士よ? そんなことある?


「指輪ですからサイズがあるでしょう。日にちがないのでオーダーメイドには出来ませんが」


「ありがとう、私、うれしいです」


 人目がなかったら私、抱き着いていたかもしれない。

 私はアルの手に自分の手を重ね、微笑み言うと、彼は恥ずかしげに頷いた。

 指輪にもいろんな種類があるのね。

 指輪部分の色が違うものがあって、ピンクゴールドやイエローゴールドなんてものもある。今まで私、そこまで気にしたことなかったけれど、金にもこんなに種類、あったのね。

 宝飾品関係はほんと、疎いのよね……服はわかるんだけど。


「どれか気になるものはありますか?」


 そうアルに声をかけられるけれど、どれがいいのかさっぱりわからない。


「こちらは0.3カラットの石が使われており、このカーブが普遍的なデザインで長く愛されております。こちらは1カラットのダイヤを利用しておりまして、ここまでのものになるとやはり存在感があります。なのでなるべくシンプルに、ダイヤを際立たせるようデザインされておりまして……」


 と、宝石商の男性が説明してくれる。

 指輪、買ったことがないから知らなかったけど、色んなデザインがあるのね。

 正直どれでもいいけれど、そういうわけにもいかないわよね。

 どうしよう……そう思い視線を巡らせていると、ダイヤモンドと色のついた宝石が並んであしらわれている指輪がいくつかあった。


「すみません、こちらは……」


「お嬢様、こちらはダイヤとアメジストをあしらったものでございます。他にもルビーとダイヤのものもございまして、どれも可愛らしいでしょう」


 そう、宝石商の言う通り、ふたつの宝石が斜めに並んであしらわれている指輪のデザインが可愛らしかったのだ。

 台座の方に向かって指輪がV字に曲がっていて、大きなダイヤの下に小さなダイヤが寄り添うように添えられている。

 私を守ってくれたアメジストには心惹かれてしまう。

 これ、可愛いなぁ……


「やはり、アメジストに惹かれますか?」


 そうアルに声をかけられて、私は指輪から目を離さず頷いた。


「はい。私を守ってくれた石なので」


「アメジストはお守りとして人気がありますからね」


 という宝石商の言葉に、私は頷いた。


「なので私、こちらがいいです」


 そのあと、指のサイズを測り、指輪は後日アルフォンソのお屋敷に届けられることになった。

 私も婚約かぁ……

 そう思うと感慨深いものがある。


「では、指のサイズを確認させていただきますか?」


 と言い、宝石商はメジャーを取り出した。



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