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第86話 贈り物

 指のサイズを測られ、後日指輪をアルフォンソに届ける話がついたとき、私は彼の方を向いて言った。


「そういえば、あの、誕生日のプレゼントは……」


「貴方が選んだものならなんでも嬉しいですよ、パトリシア」


 それはわかっているんだけど、そう言われても困るのよ。


「あとブレスレットを買いましょう。切れてしまいましたし、新しいものをお贈りしたいので」


「でもアルフォンソ、貴方の誕生日でしょう。今回は私に買わせてください」


 そう強く主張すると、


「わかりました。同じものを、贈りあうでいいですか?」


 などと言いだす。それは意味がないように思うから、私は首を横に振り言った。


「それではだめです。私は貴方に贈りものをしたいの! だから一緒に選んで一緒に身に着けるけど、払うのは私!」


 言いながら私は自分の胸に手を当てて、ぐい、とアルに近付く。

 すると彼は驚いたような顔になった後、小さく笑って頷いた。


「わかりました」


 そして私たちはブレスレットを見せてもらった。

 前回はアメジストだったけど、今回はアメジストとシトリンという水晶がふたつ合わさったアメトリン、という石のブレスレットを選んだ。紫色と黄色い石がふたつまじりあった不思議な色の石で、珍しいものであるらしい。

 調和や安定を意味する石らしく、アメジストの御守りの効果と、シトリンの幸福というふたつの効果をもつ石でもあるそうだ。

 値段は……ちょっと高かったけど自分が買うと言い出したしな。

 さすがにそんなお金は持ち歩いていないので、あとで家の方から届けることになった。

 宝石商が帰った後、互いにそのブレスレットをつけあい、そして思わず見つめ合う。

 って、何してるんだろう私。

 そう思い、私は慌てて視線をそらした。


「これが、貴方を守ってくれるよう祈ります」


 そう言いながら、アルは私の手をそっと握ってくる。


「う、あ……そ、そうですね。実際、前のブレスレットは私を守ってくださいましたし」


「そんなことあるなんて思ってはいませんでしたけど」


 そうでしょうね、私もそうだもの。そしてアルが私にブレスレットを贈ったのはきっと別の意図があったと思う。

 でもまあ、結果的に守ってくれたし。ちょっとだけ、御守りというものを信じる気持ちになったのは確かだった。


「ですよね。でも守ってくれたのは確かなので。今度はああいう目に合わないよう、守ってほしいです」


 言いながら私は顔を上げて笑って見せた。

 そうだ、できるなら危ない目には合いたくない。

 いや……でも危ない目にあうとこの間のように尾行したり捜査したりできるのよね。

 あ、どうしよう……


「……パトリシア?」


 不審げなアルの声にはっとして、私は目を見開いて彼を見る。

 アルフォンソは愉快そうに笑い、


「何を考えていたのか手に取るようにわかりますね」


 なんて言いだした。

 う……は、恥ずかしいんだけど?

 私は首を横に振り、


「そ、そんなことないんだから」


 と、強い口調で言った。


「この半年間、色々ありましたからね。熊のぬいぐるみを尾行することになるとは思いませんでしたし、殺人事件に巻き込まれると思いませんでした」


「でしょうね。私もです」


 死体を見てしまったのは正直ショックだった。

 そしてあの事件は後味が悪い結果になってしまった。

 小説で、こういう終わりは何度か見たことあるけれど現実に起こると心にずん、ときてしまう。


「ぬいぐるみの尾行は楽しかったですけど、殺人事件はもう巻き込まれたくないです」


 言いながら私は目を伏せる。

 見てしまった死体の姿は脳裏に焼き付いているし、あの氷漬けにされていた女性の遺体のこともまだ鮮明に覚えている。

 そもそも私、遺体を見た経験がすくない。

 幼い頃におじい様やおばあ様が亡くなっているから葬儀には参列しているけど、あんまり記憶にないのよね。

 人が死んだらどうなるかなんて知ってはいるけれど、ショックな出来事の連続だったな……


「そうですね。だから貴方が事件に巻き込まれないよう守りたいと思います。なので、ひとりで危険に近付くのは止めてくださいね。貴方が追われているのを見たとき、気が気ではなかったので」


 そう言って、アルは私の背中に手を回したかと思うとぎゅうっと、抱きしめてきた。

 ほんのり香水みたいな匂いが漂ってきて、すごいドキドキする。

 それに彼の鼓動の音がすごく聞こえてくる。

 それってシュヴァルクさんに追いかけられた時の話よね。


「絶対に、貴方が見ていると思ったので大丈夫だと思ったんです」


「それでも危険な賭けでしょう。あの遠見の鏡で見えたのは家の出入り口付近だけでしたからね。運悪くそこを通れなかったらきっと、貴方は」


 そこで言葉を切ったアルフォンソの顔を、私はじっと見つめる。

 当たり前だけどすぐ目の前に彼の顔がある。

 眼帯をしているのが痛々しいけれど、それさえもアルフォンソの魅力をひきたてているように思う。

 何考えているのかわからなくて怖かったはずなのに、今はもう、私、彼の腕に囚われて離れられなくなっている。

 アルが切なげに目を細めていて、顔が近づいてくる。きっと、今私は頬を紅く染めて恥ずかしげな顔をしていることだあろう。

 そんな私の唇に、彼の唇が触れた。


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