一週間もここに滞在する、ということで毎日なにかしらの予定が組まれていた。
ある日はショッピングに行ったり、本屋や珍しい輸入雑貨を見に行ったり。
大きな帆船に乗ってクジラやイルカを見にいったりもした。
冬の海で何をするのかと思っていたけど、意外と楽しめることがあるのね。
そしてこのホテルには図書室と小さな美術館が併設されていた。
今日は十二月十七日火曜日。今日は美術館にやってきた。
そこに飾られている絵がまたちょっと変わっていて、「不思議」をテーマにした絵、ばかりを集めていた。
不思議、というのもかなり大雑把なものだけど、見て納得した。
たしかに不思議な絵、ばかりだった。
見る角度によって描かれている絵が違って見えたり、上っているはずの階段なのになぜか下っていく階段の絵とか、野菜や果物の絵かと思ったら人の肖像画だったりとか。
見ていて頭が変になりそうな絵ばかりだった。
「ほら、ルミルア地方にある呪いの遺物を展示している博物館があるでしょう。あそこのようにあるものに特化した美術館を作ろうと、社長が言いだしたのですよ」
と、ホテルの方が教えてくれた。
確かに、何かに特化していた方が目をひくだろうな、とは思う。
聞けば、社長が若い画家を支援していて美術館でそういう絵を買い取ったり、販売もしているらしい。
展覧会も開催していて、不思議な絵の中でも特に恐怖に特化した絵の展示会は好評だそうだ。
その怖い絵も飾られていて、綺麗な女性の絵が描かれているものの、彼女はこれから処刑場に連れて行かれるという場面だったり、童話の子供が連れ去られていく場面だったり。ぱっと見は普通の絵に見えるけれどよく見るとぞっとするような絵が多かった。
「この童話は子供の頃読んだことありますね。子供が皆連れ去られてしまうという童話ですよね」
「そうですね。病気が流行って子供がたくさん死んだ話が元になっていると聞きましたけど」
アルの言葉に私は頷きながら言った。
童話の中には実際にあった出来事を寓話として伝えているものがある。
病気が流行ってたくさん人が死ぬ、ということは今でもあるけれど、子供ばかりが亡くなるってことは聞かないな。昔は子供が育ちにくかったと聞くからそれも影響しているのかもしれない。
アルと並んで美術館の絵を見ていると、その中にある小さな絵に、私は心惹かれた。
女の子の絵だ。
タイトルは「幸福の妖精」となっていて、蝶のような羽根が生えた金髪の少女が紅いドレスを着ている。
いたずらっ子のような笑みを浮かべる、青い瞳の少女の絵。
今にも飛び出してきそうな感じがするけど、この背景、どこかで見たことあるような。
そう思って、じっと見つめていると背後から声をかけられた。
「その絵、気になりますか?」
振り返ると、そこにいたのは美術館の女性スタッフだった。
「あ、はい。あの、この背景、どこかで見たことがある気がして」
言いながら私は絵に視線を向ける。たぶん室内だと思う。茶色の壁に窓に……
「これ、ここのホテルですよ。このホテルには妖精が住んでいる、と言われています」
「妖精、ですか?」
妖精なんているのかな。
ドラゴンやモンスターがいるから妖精もいるの、かな。童話でしか聞いたことがない。
きょとん、とする私にスタッフさんは続けた。
「このホテルの近くに妖精たちのすみかがあったそうです。でもクラーケンに襲われてしまったそうです。それで怪我をしたところをこのホテルの従業員が助けて、以来このホテルに住んでいると言われています」
「……え、本当に住んでいるんですか?」
驚いて私は目を見開き、スタッフさんを見る。
「はい、ホテルに住みついているらしいんですが滅多に姿を現さなくて。見ると幸せになる、という言い伝えがあって、それでその妖精をみた画家が描いたんですよ」
「そんなことあるんですね」
何かをしたら幸せになるとか聞くなぁ。
ランタン祭りの言い伝えもそうよね。
その日に結婚の約束をすると、ってやつ。
そんなこと本当にあるのかしら。
でもブレスレットは私のこと、守ってくれたしな……
「あぁ、だからこのホテルは予約が取りにくい部屋がある、という話があるんですね」
アルの言葉にスタッフさんは頷く。
「そうなんですよ。ある部屋の近辺に現れる、という話があって。この絵を描いた方も、その部屋に泊まった時に見かけたらしいんです。その方は今、デザイナーとして活躍しているんですよ」
と、スタッフさんは楽しそうに話してくれた。
「そんな事本当にあるんですかねぇ」
首を傾げる私に、スタッフさんは笑いながら言う。
「そうですねぇ。どうなんでしょうか。偶然な気もしますし、もともと実力があるから順調にいっただけだとも思いますけど。気持ちの問題ですよね」
確かに気持ちしだいとも思うのよね。でも、それでもすがりたくなる気持ちはわからないでもない。
「でもその部屋に泊まらないと会えないんですか?」
「そのへんがよくわからないんですよね。妖精なので気まぐれらしいですよ」
童話なんかで妖精っていたずら好きだったりするけど、その通りなのかな。
自分を探している人間を影からみてそうな雰囲気あるし。
「おふたりはホテルにお泊りなんですか?」
「はい、そうです」
「妖精に会えるよう祈っています」
そう、満面の笑みを浮かべて、スタッフさんは去っていった。