美術館を後にした私たちは、外に出て近所のカフェに向かう。
カフェめぐりもこのところのルーティーンのひとつだ。
王都は広い。生まれた頃から私は王都に住んでいるけれど、この辺りにはほとんど来たことがないので見るものすべてが新鮮だった。
海沿いで港があるから、異国情緒漂う物品や建物が多い。
このあたりでは見かけない色合いのお洋服やアクセサリーもあって、観光客の姿も多かった。
だからカフェも知らないメニューがあったりして面白い。
今日入ったお店には抹茶、と呼ばれる緑色のお茶やデザートがあった。
お店の人いわく、大陸の向こう側にある国のものらしい。
「少し苦いかもですけど、味わい深くておいしいですよ」
と言うので、私は抹茶のケーキを注文した。
アルは抹茶のババロアとケーキのセットを頼んでいた。
お茶までチャレンジする勇気はなかったので、そこは無難に紅茶を頼み、私は店内を見回す。
アルと同じような黒い髪の人がちらほらいるけど、肌の色が褐色ではないし、私とも違うから、遠い国の人なんだろうな。
ここにいると、アルの黒髪もそんなに目立たない。
「同じ王都なのに、全然雰囲気が違いますね」
「そうですね。交易の拠点ですし、珍しいものも多いし色んな国の方がいるから、遠出せず異国の気分が味わえると、最近人気だそうですよ」
他国に旅行、ってなると日数もかかるし、そうそう行けるものでもないものね。
船旅もあるけどそこまで主流ではないし。
しばらくすると、ケーキや飲み物が運ばれてきた。
見たことのない、ちょっと暗い緑色のケーキが白いお皿に載せられている。
アルの前に置かれたお皿にも、同じ色のババロアとケーキが載っていた。
こんな色の食べ物を見たのは初めてで、ちょっと躊躇する。
おいしいのかな、これ。
見慣れたものが白い生クリームと、下の茶色のスポンジ部分だけだ。
私は戸惑いつつケーキにフォークをいれた。
このスポンジの土台に乗っているのはムースなのかな。
ゆっくりとフォークを口に運び、舌の上にのせる。
独特な苦みと、その中に甘さがある。下の上でムースがとけていき、私は口元を押さえた。
不思議な味だ。
おいしいかというとよくわからないけれど、癖にはなるかもしれない。
アルを見ると、彼は表情を変えずパクパクと、ケーキを口に運んでいた。
いつの間にかケーキは半分以上なくなっている。食べるの早くないですかね。
私の視線に気が付いたのか、彼は顔を上げてフォークを置き、小さく首を傾げつつ紅茶の入ったカップを手に持った。
「おいしいですね」
「そう、ですね。少し変わった味ですけど」
慣れない味だけど、食べているとだんだん独特な苦みが癖になるかもしれない。
そう思って私はケーキをまたひと口食べる。
「ねえ、パトリシア」
「はい、何でしょう」
「異国の劇が見られるそうだから、明日行ってみましょう」
「劇、ですか?」
この辺に劇場なんてあるの?
不思議に思いつつ言うと、アルは頷いた。
「えぇ。小さな劇場があって。今、海の向こうの劇団が来ているそうなんです。せっかくですし、観に行ってみようかと思いまして。ご興味ありますか?」
異国の劇かぁ。確かに興味はある。
「ちなみに題材は推理……」
「行きます」
推理物なら喜んで観に行きます。当然よね。
食い気味に言ったからだろうか、アルは笑いながら頷き、
「貴方らしい」
と言う。
「推理物なら興味をもつと思ったんですよ」
それは否定できない。ちょっと恥ずかしい気もするけどそれは開き直る。
「あはは、すっかり私の好み、ばれてしまってますね」
「えぇ。だからねえ、パトリシア」
そこで言葉を切ったアルの目に、妖しい光を見た気がした。
あれ、何だろう今の。
不思議に思いつつも私はケーキを食べていると、彼は言葉を続けた。
「パトリシアのことを、俺はもっと知りたいなと思っています」
「……もっとですか? 他に何かあるかな」
アルが知らない私のことって何だろう。
全然思い当たるものがない。
「後でお教えしますよ」
と、意味深に笑ったアルは、カップを置いてフォークを手に持った。