カフェを後にして外に出ると、日が暮れ始めていた。時刻は四時過ぎ。
まだ見たことのない商店を巡って、完全に日が暮れたとき私たちはホテルに戻った。
夕食を食べたあと、私はホテルの図書室に向かい本を借りてくる。
その途中、どん、と、誰かにぶつかった。
「い、たーい」
そう言って、私がぶつかった人物は額をさすっている。
年齢は十歳前後だろうか。金色の長い髪。赤いワンピースを着た女の子だ。
彼女は私を見上げると、じーっと顔を見つめてくる。
本を抱えていたとはいえ、こんな大きな子に全然気が付かないって私、大丈夫かな。
そう思いつつ、私は彼女に向かって言った。
「ごめんなさい」
すると少女は私を顔を見つめたまま、にかーっと、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「大丈夫大丈夫!」
大丈夫ならよかったけど、この子、どこから出てきたんだろう。こんな見通しのいい、まっすぐの通路だし、どこから飛び出してきた感じはしない。
そう思って思わずキョロキョロとするけれど、後ろも前も、まっすぐな廊下があるだけだ。
床に絨毯が敷かれていて、客室のドアがあるけど、開く音、聞いたかなぁ……
不思議に思っていると、私が着ているワンピースの袖を引っ張る者がいた。
「お姉さん、お兄さんと一緒じゃないの?」
お兄さん?
何を言われているのかわからず考えて、それがアルのことであると気が付く。
「あぁ、アルフォンソのことね。えぇ、彼は部屋にいるけど。なんで知ってるの?」
「だって一緒にいたの見たから」
そう言って、少女はニコニコっと笑う。あぁ、夕食の時とかに見かけたって事かな。
「ねえ、お姉さんはあの人のこと好きなんでしょ?」
と、臆面もなく言われ、私は内心焦り出す。
「そ、え、あ……」
何か言おうにも言葉にならない私を、女の子は笑って見つめている。
「お兄さんの方はもう、すきすきー! って感じだけどお姉さんの方はそこまでじゃないみたいな?」
なんて言いだすものだから、私は顔が紅くなるのを感じつつ首を横に振った。
「そ、そ、そんなことないんだから」
「違うの?」
少女は不思議そうな顔をして首を傾げる。
違うのっていうのは何にかかってるの? アルが私のこと好きすきーって部分? それとも私がそこまでじゃないって部分?
「えーと……アルの気持ちは多分、あってる。でも私はその……」
「なんか他人行儀だよね、ずっと。言葉づかいもなんか夫婦っぽくないし」
「ふ、夫婦じゃないもの」
夫婦じゃないから夫婦っぽいわけがない。
すると少女は驚いたように目を見開き、一歩後ろに下がって、大げさに声を上げた。
「えー?」
「そんな声出さないの。夜よ、今」
言いながら私は辺りを見回す。
泊まり客はそれなりにいるはずなのに、なんだか静かすぎる気がするな。
誰も通り掛からないじゃないの。皆もう寝てしまったのかな。
「夫婦じゃないんだ。びっくり。だからお兄さんあんなこと思ってるんだ」
と、意味深なことを呟いた少女は、ひとり納得したように腕を組みうんうん、と頷く。
何を言っているんだろう、この子。
「ねえ、どの部屋に泊まってるの? 送っていこうか?」
そう声をかけると、少女はばっとこちらを見上げ、首をぶんぶん、と首を横に振った。
「大丈夫! ねえ、私にせっかく会ったんだから、この後がんばってね!」
と、謎の言葉を放った少女は、私の肩に手を置いた。
ちょっと待って、どういうこと?
少女はにこぉっと変な笑いを浮かべた後、私の横をすり抜ける。
「あ、ちょっと」
言いながら振り返ると、そこには誰もいなくて、ただまっすぐの廊下があるだけだった。
って、どういうこと?
なんで誰もいないの?
なんだか夢でも見ていたような気持ちを抱きつつ、私は首を傾げて部屋へと戻った。