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第89話 不思議な少女2

 カフェを後にして外に出ると、日が暮れ始めていた。時刻は四時過ぎ。

 まだ見たことのない商店を巡って、完全に日が暮れたとき私たちはホテルに戻った。

 夕食を食べたあと、私はホテルの図書室に向かい本を借りてくる。

 その途中、どん、と、誰かにぶつかった。


「い、たーい」


 そう言って、私がぶつかった人物は額をさすっている。

 年齢は十歳前後だろうか。金色の長い髪。赤いワンピースを着た女の子だ。

 彼女は私を見上げると、じーっと顔を見つめてくる。

 本を抱えていたとはいえ、こんな大きな子に全然気が付かないって私、大丈夫かな。

 そう思いつつ、私は彼女に向かって言った。


「ごめんなさい」


 すると少女は私を顔を見つめたまま、にかーっと、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。


「大丈夫大丈夫!」


 大丈夫ならよかったけど、この子、どこから出てきたんだろう。こんな見通しのいい、まっすぐの通路だし、どこから飛び出してきた感じはしない。

 そう思って思わずキョロキョロとするけれど、後ろも前も、まっすぐな廊下があるだけだ。

 床に絨毯が敷かれていて、客室のドアがあるけど、開く音、聞いたかなぁ……

 不思議に思っていると、私が着ているワンピースの袖を引っ張る者がいた。


「お姉さん、お兄さんと一緒じゃないの?」


 お兄さん?

 何を言われているのかわからず考えて、それがアルのことであると気が付く。


「あぁ、アルフォンソのことね。えぇ、彼は部屋にいるけど。なんで知ってるの?」


「だって一緒にいたの見たから」


 そう言って、少女はニコニコっと笑う。あぁ、夕食の時とかに見かけたって事かな。


「ねえ、お姉さんはあの人のこと好きなんでしょ?」


 と、臆面もなく言われ、私は内心焦り出す。


「そ、え、あ……」


 何か言おうにも言葉にならない私を、女の子は笑って見つめている。


「お兄さんの方はもう、すきすきー! って感じだけどお姉さんの方はそこまでじゃないみたいな?」


 なんて言いだすものだから、私は顔が紅くなるのを感じつつ首を横に振った。


「そ、そ、そんなことないんだから」


「違うの?」


 少女は不思議そうな顔をして首を傾げる。

 違うのっていうのは何にかかってるの? アルが私のこと好きすきーって部分? それとも私がそこまでじゃないって部分?


「えーと……アルの気持ちは多分、あってる。でも私はその……」


「なんか他人行儀だよね、ずっと。言葉づかいもなんか夫婦っぽくないし」


「ふ、夫婦じゃないもの」


 夫婦じゃないから夫婦っぽいわけがない。

 すると少女は驚いたように目を見開き、一歩後ろに下がって、大げさに声を上げた。


「えー?」


「そんな声出さないの。夜よ、今」


 言いながら私は辺りを見回す。

 泊まり客はそれなりにいるはずなのに、なんだか静かすぎる気がするな。

 誰も通り掛からないじゃないの。皆もう寝てしまったのかな。


「夫婦じゃないんだ。びっくり。だからお兄さんあんなこと思ってるんだ」


 と、意味深なことを呟いた少女は、ひとり納得したように腕を組みうんうん、と頷く。

 何を言っているんだろう、この子。


「ねえ、どの部屋に泊まってるの? 送っていこうか?」


 そう声をかけると、少女はばっとこちらを見上げ、首をぶんぶん、と首を横に振った。


「大丈夫! ねえ、私にせっかく会ったんだから、この後がんばってね!」


 と、謎の言葉を放った少女は、私の肩に手を置いた。

 ちょっと待って、どういうこと?

 少女はにこぉっと変な笑いを浮かべた後、私の横をすり抜ける。


「あ、ちょっと」


 言いながら振り返ると、そこには誰もいなくて、ただまっすぐの廊下があるだけだった。

 って、どういうこと?

 なんで誰もいないの?

 なんだか夢でも見ていたような気持ちを抱きつつ、私は首を傾げて部屋へと戻った。

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