連れて行かれたのは彼の寝室だった。
部屋の作りは私と同じだから特に違和感はない。
ただ私が使っているベッドよりも大きい。
再現、ってどういうことだろう。
「あ、あの」
「何?」
振り返りながら言うアルフォンソは、とても優しい笑みを浮かべていた。
「わ、私、あの日に何したのか本当に覚えていなくてその……」
そこまで言って、私は思わず俯く。
あぁ、恥ずかしい。
いや、もともとは私が飲み過ぎたのが悪いんだけどね。
「あの日、完全に酔った貴方をあのままにしておいたら危険だと思ったので、仕方なくクリスティに頼んで部屋を貸してもらったんですよ。メイドをつけると言われましたけど、貴方が大丈夫大丈夫と断ってしまって。それでそのまま俺が部屋まで連れて行きました」
言いながら彼は私をベッドまで誘う。
ちょっと何するんだろうこれ。
もう私、心臓が破裂しそうなんだけど?
「そして、ベッドを目の前にした貴方は、おもむろにドレスを脱ぎだして、そのまま布団の中に入ってしまいました。どうしようかと思ったんですけど……」
「ごめんなさいごめんなさい。ほんとうにごめんなさい」
耐え切れず、私はアルフォンソの手を離し、耳を塞ぎながら下を俯いた。
私何していたのよ、ほんと。何なのそれ、どういうこと?
「裸は見ていませんし、触っていませんよ。というか、何もしてはいないです。貴方は『ドレスが皺になる』と言って服を脱ぎだして。まあ確かにそうだと思い、俺も服を脱いでいっしょに寝ました。ベッドはひとつしかなかったし。今思えば軽率でしたけど、あの時俺も相当飲んでいたのでおかしな判断でしたね」
と、苦笑交じりの声で言う。
ずっと聞きたかったあの時の真相がこんな話だなんて……
穴があったらいますぐ入りたい。
あー、私、おかしいでしょ本当に。
「謝ることはないですよ。まあ、驚きましたけど。そのおかげで婚約破棄のことは吹っ切れたし、貴方と付き合ってみたら楽しそうだと思えたので」
そんな強烈な思い出できたらそうもなるの、かな?
お酒のせいだ。だけどそのお酒に負けた私のせいだ。
そして今がある。
「結婚前なのになんてことしてるの私……」
「初めてだったんですか、脱いだの」
「は、初めてですよ!」
顔中が熱いのを感じつつ私は耳から手を離してアルの顔を見る。
彼はなんだか嬉しそうにこちらを見ている。
「それは嬉しいな。貴方の初めてを体験できて」
「え、あ……」
なんだかすごいことを言われているような気がするんだけど気のせいかな。
いやそれよりも。
とりあえず本当に一緒に寝ていただけで、してはいなかったのね。
それには胸をなでおろすだけだ。
「で、でもあの、なんでそれを早く言って……」
震える声で言うと、彼は小さく首を傾げた。
「結婚前の女性が、婚約者でもない異性の前で裸になったと知れたら、変な評判がたつでしょうし噂されるのは嫌でしょう?」
う……そう言われると何も言い返せなくなる。
貴族同士の噂話には辟易していたものね、私も彼も。
「確かにそうね」
「えぇ、だから今まで黙っていたんだよ、パトリシア」
と言い、彼は私の肩に手を置く。
たぶん、魔法だろう。
ベッドの所にぼんやりと浮かぶ光の玉しか灯りが点いていない。
そんな薄暗い部屋でふたりきり。しかもここは寝室。
そして見つめ合う若い男女……って、これ、よくあるパターンじゃないの。
どうしようこれ、私、どうなるのかな。
そもそもすでに肉体関係もってしまったかも、と思っていたからそこまで気にはならないけれど……いいや、気になる。
だって結婚前だもの。
いや、でも小説だと恋人同士でそういう事、けっこうしてるわね。
ざっくりだけど書かれているもの。ということはこのままそういう展開、ありうるって事?
どうしよう、私。
嫌じゃない。だって相手はアルフォンソだもの。好きだし、離れたくないと思ってるし。でも……無理、そんな勇気ない。
「明日は誕生日だし、ねえ、君と一緒に朝を迎えたい」
と言い、彼は私の顎をとる。
そ、それってつまり……
「あ、アル……」
なんとか名前を呼ぶのが精いっぱいで、それ以上の言葉は出てこない。
「愛しているよ、パトリシア。『過去は変えられない、だけど、未来への選択肢は無限にある』そんな選択肢のひとつの中に、貴方と過ごす未来があってそれを信じてここまできたから」
そして、顔が近づいてきて唇が触れた。