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第93話 誕生日が過ぎて

 一週間の休暇はあっという間に終わりを告げた。

 この数日でアルとの距離が一気に縮まったように思う。言葉遣いは変わったし、その日のあとも同じベッドで眠った。

 そして、休みの終終わりの日。私たちにステファニア様から報せが来た。

 諸手続きが終わり、シュバルク=フェルさんとその奥様の遺体を引き取ったそうだ。

 そして葬式を明日、十二月二十二日に執り行うとのことだった。

 参加する旨を使者の人に伝え、私たちはホテルをあとにした。

 悲しい結末になってしまった連続殺人事件。

 私は巻き込まれただけだしできることなんて何もなかったわけだけど、考えるとやり切れない気持ちになってしまう。

 今日の空はどんよりと曇っていて暗い。これは、午後には雨が降りそうだな。

 何となく重い空気が流れる馬車の中、外を見つめているとアルが私の手をそっと握ってきて言った。


「明日、迎えに行くよ」


 明日。つまりフェル夫妻の葬式と納棺の日だ。

 町外れの教会でひっそりとやるらしい。招待されたのは私たちだけだろう。親族は引き取りを拒否したそうだから。

 それはそうよね。だって、シュバルクさんがやったことを考えたら、関わりたくはないだろうから。


「あ、はい、わかりました」


 心無く頷き返事をすると、アルは私に身体を近づけてきて言った。


「どうかした?」


「え? えぇ。ちょっといろいろと考えてしまって。なんでこんな結末になってしまったのかなって」


「あぁ、シュバルク=フェルのことか」


「はい。なんで自殺なんてしたのかなと」


「どちらにしろ、死刑は免れないからね。殺した人数を考えたら」


 それは理解している。ひとり殺したら死刑になる可能性が高い。そして殺した人数が増えれば増えるほど、死刑以外の選択肢はなくなるから。


「殺人を避けることはできなかったのかなって」


「それは無理だろうね。彼はあの本に出会ってしまった。そして大切な人を失った。よみがえりの術が本当にあるかどうかはわからない」


「あの、ルミルアの十字架の事を知っていたら結末は……」


 そう私が言うと、アルは悲しげな顔で首を横に振る。

 ルミルアの十字架。人々をよみがえらせたという伝説の十字架で、封印されていると言われている。その十字架が本物であれば、何の代償もなくよみがえらせることができたのではないだろうか。

 そう思ったんだけど……アルの答えは否定、だった。


「無理でしょう。彼が知らないはずがない。それでもそこに手を出さずに術へと手を出したのだから。運命は変えられなかったんだよ」


 そうか……知らないはずはない、か。


「あの術が本物かどうか、検証は不可能だけれど、可能性があるのならそれに賭けるでしょうね。俺も同じことをすると思うから」


 そして、彼は私の手を掴む手に力を込める。

 私は眉を下げて彼の顔を見つめ、首を振る。


「やめてくださいね。命をよみがえらせるためにいくつもの命を奪うのは間違っているから」


 言いながら私は彼の顔にぐい、と近づく。

 そんなことしてほしくないし、そんなことまでしてよみがえりたくなんてないもの。

 すると彼はふっと笑い、私の肩に手を置く。


「えぇ、そうですね。そんなことをしたら貴方は悲しむ。それはわかっているよ、パトリシア」


「ええ。だから私より先に死なないでください」


「あはは、それは難しいな。基本的に男の方が寿命が短いし、危険を伴う仕事も多いから」


 アルフォンソは貴族なのにな。そのへん容赦ないよね、うちの国。ドラゴン討伐にまで駆り出されましたもんね。


「だからぜったいに生きて帰ってきて」


 言いながら私は彼の目をじっと見つめる。

 黒い、今にも吸い込まれてしまいそうなほど深く黒い瞳に、私の心配げな顔が映っている。

 すると彼は私の頬に手を触れ、


「わかっているよ、パトリシア」


 と言い、顔を近づけてきてそして、唇を重ねた。




 翌日。

 その日は朝から雨が降っていた。

 雨の中のお葬式か。

 迎えが来て部屋を出たとき、黒い喪服を着ているものだからお母様に質問攻めにされた。


「お葬式よ。帰りは遅くなるから」


「そう……いったい誰のお葬式なの?」


 誰。

 と言われて私は答えに詰まってしまう。


「……知り合い」


 とだけ答え、私は家を出た。

 知り合いなのは間違っていない。人質にされかけたし、たぶん殺されかけたけれど。

 家を出ると、傘をさしたアルが、私を出迎えた。彼も今日は黒い喪服を纏っている。


「さあ、行こうか」


 言われて私は頷いだ。

 冷たい雨が降る町を、馬車が行く。墓地は町外れにあるから、どんどん人通りがなくなっていく。

 目的の教会の前には、ふたつの馬車が止まっていた。


「あれ、あの馬車は……」


 馬車には必ずその家の紋章が描かれている。

 ひとつはステファニア様の王家の紋章で、もうひとつは……


「あぁ、あれはロベルトだね。まさか彼も来るとは思わなかった」


 そうよね。あの紋章には見覚えがあるもの。

 馬車を下りると、御者さんが私たちに傘を差し出してくれる。


「ありがとうございます」


 礼を言い、私たちは傘を受け取り教会へと向かった。

 中に入ると、中は静まり返っていて、正面の祭壇前にふたつの棺があるのが見えた。

 そして、三つの人影。

 ひとつはこの教会の神父だろう。そしてのこりのふたつの人影がこちらを振り向く。

 黒いマントに身を包んだふたり。ステファニア様とロベルト様だった。

 ステファニア様は私たちの姿を認めると、神父様の方を向き、言った。


「揃ったから始めてください」


「はい、かしこまりました」


 私たちがステファニア様と並んだ時、神父の言葉で小さな葬式が始まった。

 寂しいお葬式。でもこれは、必要な儀式だ。死者をあちらの世界に送るための。

 どこかでカラスがないているのが聞こえる気がする。今日は雨なのにカラスが出てくること、あるんだろうか。

 葬式の後、雨の降る墓地に行き、フェル家の墓地の前に立つ。

 そこに掘られたふたつの大きな穴。

 神父の祈りの言葉が響く中、ふたつの棺がゆっくりと下ろされていく。

 きっと、神様は彼の罪を赦しはしないだろうな。奪われた命の代償は計り知れないもの。そして、共に天国に行くこともできないだろう。

 殺人鬼に祈りをささげるなんてどうかしているかもしれない。私だって殺されていたかもしれないし、葛藤はある。

 でも彼の、家族を失った悲しみは理解できるから、手を合わせて私は祈る。魂の安らぎを信じて。

 葬式が終わったとき、雨がやみ雲の切れ目に光がさした。


「あ……」


「あぁ、虹だ」


 そう言って、ロベルト様が空の向こうを指差した。

 空の向こう側、すーっと、雲の切れ間にとても短い虹がかかっているのが見える。

 その雲の切れ目に、二羽の鳥が寄り添うように虹の向こう側に飛んでいく。

 虹の向こうには何があるんだろう。

 天国には虹の橋があって、という話があるけれど、ということは虹の向こうには死者の世界があったりするのかな。

 ……そんなわけないか。

 そう思い私は傘を畳み、アルフォンソを振り返る。


「行こうか、パトリシア」


 そして彼は私に手を差し出す。


「そうですね。ステファニア様、ロベルト様、私たちはこれで」


「ごきげんよう、ふたりとも」


 挨拶を交わして、私たちは墓地を離れた。

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