一年で最後の日がやってきた。
町中はどこもかしこも夜のランタン祭りの準備をしていて、通りにはたくさんのランタンが釣り下がっている。
赤に黄色に青に緑。色とりどりのランタンが、夜が来るのを待っていた。
日が暮れたら、あにひとつひとつに魔法の灯火が灯る。
それ以外にも町には出店が出るし、年明けの瞬間に飛ばすランタンの準備もされていて、町は明るいうちから賑やかだった。
今日、日が暮れる頃彼が迎えにやってくる。
それまで私は気持ちが落ち着かなかった。
今日のために用意した、服やアクセサリー。
このあいだお母様と一緒に買ったイヤリングをつけて。暗いから明るい色の服を着ようと思って、ベージュのマントを新しく買った。
それに黒地に花柄のワンピースにカーディガン。手首には彼と一緒に買ったブレスレットを巻いて。
化粧をして髪を整えるけど、帽子を被るから潰れちゃうわね。それにシルバーのマフバッグ。
準備を整えて私は鏡の前でくるり、と一周してみた。
うーん、これでいいかな。
新しい服はそれだけでテンションがあがる。
そんなことをしている間に、侍女が迎えが来たことを知らせに来た。
「すぐいくわ」
私はぱたぱたと部屋を出て、廊下を下りて玄関へと向かう。そこで厚底のブーツを履いて、外に出た。
「いってらっしゃいませ」
「いってらっしゃい」
侍女とお母様に見送られて、私は外に出た。
冬の冷たく乾いた風が吹き、思わず震えてしまう。
すこし視線を上げれば、うちの前もたくさんのランタンがつるされていて、各家の人たちが家の前のランタンに灯りをつけている所だった。
うちの前のランタンも、お兄様や侍女が灯りをつけているのが見える。
お兄様は私と、アルフォンソに気が付くと、笑顔で手を振ってきた。
「やあ、パトリシア、アルフォンソ様」
そしてお兄様はこちらに近づいてくる。
アルフォンソは今日、馬車じゃない。まあ、混むから馬車でなんて来られないでしょうね。だからきっと、歩いてきたのだろう。
アルフォンソは、今日は紺色のマントを羽織っている。それに帽子もいつもと違う様な。
「ごきげんよう」
と言い、アルは帽子を取り兄に挨拶をする。
「ふたりで出かけるんだね」
「えぇ、お兄様は出かけないの?」
「俺は出かけないよ。時間になったら庭に出てランタンをあげるだけ」
それは毎年家族でやっていることだ。まあ、特定の相手がいなかったら年越しなんて家族で過ごすのが普通だもんね。ちなみに子供は寝ないと怒られるから、十代半ばになるまでランタン祭りに参加できない。
お兄様、てっきりクリスティと会うのかと思っていたけど違うのね。まあ相手は貴族のお嬢様だしな。
夜の外出は厳しそう。
「てっきりクリスティと出掛けるのかと思った」
「あはは。そうだね、さすがにまだそこまでじゃないんだよね。なんといっても貴族のお嬢様だし」
そうなんだ。いったいどこまで話が進んでいるのか気にはなるけれど、果たしてお兄様がそんなこと話すかと言うと、うーん、はぐらかされそう。
その辺はクリスティのほうが口を割るかもしれない。
「そうなの。じゃあ私たちは出かけてくるわね」
「あぁ、気をつけて」
そして私たちは兄と別れて、ランタンに火がともり始めた夕暮れの町を歩いて行った。
暮れゆく空に、ランタンの優しい光が彩りを添える。
どこからかアコーディオンの音色が響き、それに続いて歌号が聞こえてきた。
今日は夜通しお祭りだ。
新年を祝う特別な日だから、どこも眠らない町になる。
まだ人はまばらだけれど、日が完全に落ちたらもっと人が増えてくるだろう。
「パトリシア」
「はい」
「君のお兄さんとクリスは仲が良いの?」
その問いに、私は上に視線を向けてうーん、と呻る。
「そう、なのかな……たぶん仲がいいと思うんですけど……贈り物を買っていたし」
でも詳しい話を教えてはくれないのよね。
「彼女はてっきりそういうことはないと思っていたけれど」
「そうですねぇ。あまり興味なさそうだし。でも、年齢を考えたらご両親に色々と言われると思いますよ」
結婚年齢はおおむね二十歳前後だから、適齢期だものね、私たち。
「まあ確かに。その辺は男も女も関係ないんだね。うちの兄も色々と言われているようだから」
「それは後継ぎ的な問題があるのでは」
でもロラン様、その気がまだなさそうな。次男であるアルの方が先に結婚が決まっていたくらいだからなにか理由がありそうだけれど。
「後継ぎ問題は、どこの貴族も問題になる話だからね。後継ぎがいなくてなくなった貴族はたくさんいるし」
貴族って男しか後継ぎになれないんだっけ。それは法律で決められているらしい。
私たちのような商人は関係ないんだけど。
そうなると子供ができないとか女の子しか生まれないとかになると、家が存続できなくなるわよね。
だから昔は愛人がいるのが普通だったらしいけれど、跡取り争いに殺人事件などがあったとかで愛人を作るのは良しとされていないし、離婚理由のひとつになったりする。
「王家だと側室とかいたんですよね、昔は」
「そうだね。今は禁じられているけれど。それでも愛人を囲う貴族はそれなりにいるし、だから時おり事件になるし」
そういえば以前アルフォンソが言っていたっけ。貴族間での事件は騎士が呼ばれて捜査にあたると。
それにパーティーでも色々と噂を聞いたから、どこの貴族の誰に愛人がいるって話は私でも知ってはいるし、小説でもよく描かれるネタではある。
愛憎怖い。
「事件かぁ。そういうのはしばらくいらないです」
今年は色々とあり過ぎたから。
「先日仕事に行きましたらさっそく呼ばれたからね。月に一度は起きているよ」
事件、という言葉に目がない私は、アルの言葉を聞いていろいろと質問したくなる。
けれど教えてくれるとも思えないし、聞いてはいけない気がして私は衝動を必死に抑えた。
そんな私の様子に気が付いたアルが、ふふっと笑う。
「てっきり食いついてくると思ったのに」
「だってしばらくはそういうのいらないかなと。自分の話で手いっぱいだもの」
「あぁそうだね。それはわかるよ」
と言い、彼は私の肩に手を回しそして引き寄せてくる。
「でもそんないろんなことがあったから今君とこうしていられる」
耳元でそんなことを言われ、私は一気に顔が紅くなるのを感じた。
人がたくさんいる中でそんなことしないで、とか言いたいけれど、周りの人はきっと自分たちのことしか見えていないだろう。
お酒を片手に楽しそうに笑う人、音楽に合わせて踊る人たちなどが目に映る。
「あ、アル」
「たくさんの時間を君と過ごせてうれしいよ、パトリシア」
「う、あ、な、なんで今日はそんな恥ずかしいことばかり言うんですか?」
ドキドキしながら言うと、彼は声を上げて笑う。
「あはは、何でだろうね。年末だからかな。さあ、楽しもう。出店もあるし、お酒も飲めるよ」
「う……お、お酒は……」
よみがえる、裸で起きた日の記憶。
結局何もしていないけれど私、アルと出会った日から本当にお酒、殆ど飲んでないのよ。
「大丈夫だよ、俺がいっしょにいるんだから」
「そうだけど、酔ったらもったいないじゃないの。だって、一緒に過ごせるのはあのホテル以来なんだから」
だから一週間ちょっとぶり?
そんなに経っていないといえばそうかもしれないけれど、その前に一週間も一緒にいたからか会えない時間がとても長く感じた。
「あぁ、そうだね。夕食はホテルを予約してあるからまずそこに行こうか」
そういう手回しは本当に感心するのよね。
私は彼に寄り添い、
「ありがとう、アル。今夜は楽しみましょう」
と微笑み伝えた。