夜空に花火が上がり、年明けを告げる。
その瞬間、たくさんのランタンが空に浮かび上がった。
路上につり下がるランタンと、空に浮かぶランタンたちが空を明るく照らし出す。
「すごい……」
いつも庭から見るだけだったからよくわからなかったけど、こんなにもたくさんのランタンが一斉に空に浮かぶ光景は壮観だった。
私たちも、願い事を書いたランタンを手から離す。すると空にゆっくりと浮かんで、すぐにどれが私たちのものかわからなくなってしまった。
空を埋め尽くすランタンたちのおかげで辺りがまるで明け方のように明るい。それに空を彩る花火がとても美しかった。
「うわぁ……」
「綺麗だね」
隣りに立つアルフォンソが私の肩に手を置き、そっと抱き寄せてくる。
私たちが放ったランタンはもうどこにあるのかわからない。たくさんのランタンで視界が覆われている。
願い事、叶うといいな。
私の願い事は平穏な日常を送れますように、だ。だって去年、色々あり過ぎたから平穏に憧れているのよ。
アルフォンソも同じようなことを書いていて思わず笑ったのよね。
「いろんなこと、あったなぁ」
ランタンを見つめてそう呟くと、隣でアルフォンソが頷いたのがわかった。
「そうだね。だからしばらくは、静かな時間を過ごしたいね」
それは強く私も思う。事件に巻き込まれるのはしばらくはいいかな。
その時軽快な音楽が鳴り響き、人々のおめでとうの声が辺りから響く。そうだ年が明けたのだから、私もおめでとうを言わなくちゃ。そう思った時、アルフォンソが私から離れてそして、私の名を呼んだ。
「パトリシア」
「はい」
声がした方をみると、彼は地面に片膝をつき私の左手をとった。
あぁ、その時が来た。
私の心臓は高鳴り、恥ずかしさと嬉しさで身体の体温が一気に上がる感覚を覚える。
辺りにはたくさんの人がいるけれど、完全にふたりの世界がそこにあるような気がした。
彼の手にはこの間ホテルに滞在した時に購入した、ダイヤモンドにアメジストをあしらった指輪がある。
「俺と同じ時を、共に過ごしていただけますか?」
その問いかけの答えはひとつだ。
私は笑って頷き、
「はい、喜んで」
と答える。
すると、私の左手の薬指に指輪がはめられる。
ランタンの明かりに淡く輝くダイヤモンドが美しい。
アルフォンソは立ち上がると、私に顔を近づけて言った。
「愛しているよ、パトリシア」
「私も、愛しています、アルフォンソ」
そして私たちはどちらともなく口づけた。
翌朝。
いつもよりもずっと遅い時間に目をさまし、私はベッドの上で大きく伸びをした。
昨日みた花火とランタンがとても美しくって、なんだか現実味を感じていない。
私は夢を見ていたのだろうか。
ベッドから這い出て私は自分の左手を見る。すると、そこには確かに指輪がはめられていた。
あぁ、夢ではなかったらしい。本当に私、今度こそ結婚できるのかな。あの最初の婚約破棄の後、もう二度とこんなことないんじゃないと思ったけど、まさかこんなに早く婚約することになるとは思わなかった。
まだお父様たちには報告していない。まあ、昨夜私が出かけていたし、夜中に帰って来たから察すると思うけれど。
とりあえず朝食の席には行かないと。新年の朝だものね。
時間は八時過ぎ。
普段ならとっくに朝食の時間だけど、新年の朝は遅い。だって昨夜、皆遅くまで起きているからだ。
顔を洗って着替えをし、私は部屋を出て食堂に向かう。
するとお父様とお母様が起きていて、お父様はワイングラスを片手に持っていた。
あぁ、やっぱり朝から飲むのね。
「おめでとうございます、お父様、お母様」
「おめでとう。昨夜はどうだったの?」
テンション高めにお母さんが言ってくる。
「あぁ、それなんだけどね、私今度こそ結婚するわ」
言いながら私は自分の席に座る。
「……本当か、パトリシア」
驚いた顔をするお父様。お母様は嬉しそうに手を叩いた。
「本当よ」
「まさか本当に貴族と……?」
いや別に驚くことではないような?
「えぇ、フレイレ伯爵家のアルフォンソ様とね。その内ご挨拶するからよろしくね」
「よし!」
と、いきなり嬉しそうな声を上げ、お父様はぐい、とワインを飲み干す。
「旦那様、おかわりをお持ちしますか?」
「あぁ頼む」
侍女の言葉に頷くお父様はとても機嫌がよさそうだった。
これは……何か裏がありそうな。
「貴族と縁続きになるのが嬉しいのね」
呆れた様子でお母様が言う。
やっぱりそうよね。お父様の頭の中は商売のことばかりだもの。ダニエルとの婚約だって、彼の家の商売との付き合いがあるから決まったようなものだし。
とりあえずお父様のことは無視して、私はお母様の方を向いた。
「詳しいことはまだ先だけど、今度アルフォンソ様がご挨拶にお見えになるからそのつもりでいてね」
「わかったけど、彼は騎士でしょう? 危険な仕事があると聞くけれど大丈夫?」
心配げな顔で聞かれ、私は苦笑を浮かべる。そう言われると弱いなぁ。だって、ドラゴン討伐に駆り出されて目を怪我されているんだもの。しかもたくさんの人が死んだとも聞いているし。
でも。
「大丈夫よ、そんなのわかって結婚しようって決めたしそれに、彼は必ず私の元に帰ってくるから」
そう言って私が笑うと、母はちょっと驚いた顔をした後、微笑み頷いた。
「そうね。待っている人がいたら心強いものね。さて、パトリシア、貴方もお酒は飲む?」
「うー……」
どうしよう、お酒、飲もうか飲まないか。
ちなみに昨日は少し飲んだ。アルフォンソが一緒だったし、食前と食後に少しだったからなんだけど。
悩んでいるうちに、私の前にも白いワインが入ったグラスが置かれてしまう。
ちなみに朝なので量は少量だ。
これくらいならいいか……
「いただきます」
意を決して、私はグラスを手にしてそれに口をつけた。