新年の空気がすっかりなくなった一月の半ば。私はクリスティのお屋敷を訪れていた。
彼女に会うのは何か月ぶりだろうか。
うーん……数か月ぶりよね。私も忙しかったしなぁ。
ティールームに通された私は、クリスティと並んで座りお茶とケーキをいただく。
「久しぶりよね、パティとこうして会うの」
「ねー、いろいろあったわよ」
と言いながら私は彼女を見る。
クリスティの首に、どこかで見たことのあるネックレスがかかっているのに気が付いたからだ。
お兄様、いつの間にかクリスティにネックレスをあげたのね。
「ねえクリスティ、聞きたいことがあるんだけど」
「あら奇遇ね。私もパティに聞きたいことがあるの」
ニコニコっと、満面の笑みを浮かべるクリスティと視線が絡まり、妙な沈黙が生まれる。
「え、そうなの?」
「えぇ、アルフォンソさんと婚約したと聞いたんだけれど?」
クリスティとアルフォンソはいとこ同士だ。だから情報が入ってもおかしくはないだろう。それはわかっていたけれど。
「情報入るの早くない?」
「そうかしら? 貴族同士の噂話なんてあっという間に広まるものよ。まあこの話はお母様経由で聞いたんだけどね。いとこだし、嫌でも話は入ってくるの」
「あはは、そうよね」
苦笑しつつ、私はカップをソーサーに置いてクッキーを摘まんだ。
「まさか本当に婚約までするとは思わなかったわ」
「ほんとそうよね。まさか婚約破棄された者同士で婚約するなんて思わなかったわよ」
そして私はクッキーをかじる。チョコレートが入ったそのクッキーは、噛むと甘みが舌の上に広がっていく。
「なかなかひとの好奇心をくすぐる話ね。いとこと友達の話だし、婚約破棄の噂が流れた時に苦い思いをしたから口にする気はないけれど」
に、苦い思い……そうよね、クリスティからしたらいとこと友達の、妙な噂話を聞かされるハメになったんだものね。
普段聞く噂なんて知りもしない他人の話だし、私もそれにのっかって色んなことを言っていたから反省してる。
クリスティはカップを見つめて苦い顔をして続けた。
「あの時……私の誕生日のパーティーの時はだいぶ時間も経っていたし、大丈夫かと思っていたけど……パティとアルフォンソさんのお相手、どちらも浮気して婚約破棄して妊娠してくっついたものだから衝撃だったんでしょうね。あの日、色んな話を聞かされたもの。当人たちがいたというのに」
クリスティのパーティーに参加した時って、騒動から三か月経っていたのよね。
それでも遠巻きに、好奇の目を向けられていたっけ。けっして居心地のいいものではなかったな。
「そうねぇ、まあそんなことがあったから私、飲みすぎてアルフォンソ様に絡んだわけだけど」
それが本人的には良かったらしいものね。何言ったのかよく覚えてないけど。
私の言葉を聞いて、クリスティがニコニコ、と笑いこちらを見つめる。
その笑顔に何か隠されている様で、ちょっと怖い。
「そうそう、その日のとこずっと気になっていましたの。いったいあの夜、何があったのかしら?」
普段そんな言葉づかいを私にしてこないのに、笑顔の裏に隠された感情丸出しで私はどう誤魔化そうかと考えた。
きっと、彼女は察しているだろう。
でも何があったかなんてわからないはず。だって、誰が想像できるかしら? 裸で一緒に寝ていたなんて。
「何にもないわよ。ただ飲みすぎてベッドで寝てしまっただけ」
「男性とふたりきりにするのは避けた方がいいと思ったんですけど、まあそこで間違いが起きたところで問題ないかしら? とも思ったのよね」
「いや、そこ、全力で止めましょうよ」
思わず半眼で言うと、クリスティはころころと笑う。
「どうして? このお屋敷で間違いがあっては迷惑極まりないけれど、アルフォンソさんはいとこだし、貴方は友人ですもの。何かあってもいいかなって思ったのよ。どちらも特定の相手がいないことはわかっていたから」
う……まあ確かにそうだ。そうだけれど。
「それにまあ、アルフォンソさんが何かするとも思わなかったしね。騎士ですもの」
そういう信頼はあったのね。
まあ、確かに何にもされていなかったようだけれど。
「それにパティ、飲み過ぎはよくないわよ」
「それは反省しているわよ」
「結果的には良かったじゃないの。婚約できたのだし」
それはそうだけれど、何かこう、手のひらの上で踊らされた感じが強くて納得しきれない。
クリスとアルフォンソはいとこだものね。
そういうところ、そっくりだ。
「まあそうだけど……クリスはどうなのよ? そのネックレス、初めて見たけれど?」
「あら、気が付いたの?」
嬉しそうに笑い、彼女はネックレスの飾りに触れる。
初めて見たは嘘だけれど。
「新年のお祝いにいただいたの」
本当にお兄様、クリスにあげたのね。
「クリスは何かあげたの?」
「私はネクタイを差し上げたのよ」
「クリスにもいい人が現れたって事?」
そう問いかけると、彼女は肩をすくめる。
「さあ、どうなるかしらね。色んな出会いがあって別れがあるものだから」
「そうだけど、プレゼントを贈り合うなんて、特別な相手ではないの?」
「そうねぇ、私もこういうことは初めてでよくわからないのよね」
と言い、首を傾げる。
そう言えば、クリスティから異性の話なんて聞いた記憶、無いかも。
パーティーでいろんな話を聞くから、貴族なんて遊び周っているものかと思っていたけれど。
「クリスは恋人もいたことないの?」
「そんなことしたら私、お父様に何されるかわからないわよ」
と言い、不満げな顔になる。
近年、結婚前にお付き合いすることが一般的になりつつあるとはいえ親の世代は受け入れがたいわよねぇ。
それには苦笑するしかなかった。
私はクリスティをじっと見つめ、
「私、応援してるから、頑張って」
と言うと、彼女は驚いた顔をした後、苦笑して、
「そうねえ」
と、あいまいな返事をした。