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第97話 また連絡がなくなった

 婚約には、婚約式という儀式をやるのが一般的だ。

 そのあと結婚式の準備が始まり、おおむね三か月から半年後に結婚式をあげる。

 その婚約式をすっとばして婚約指輪をいただいてしまったものだから、お父様には渋い顔をされてお母様には苦笑された。


「婚約式をやらないなんて……」


「そうねえ、今時はまあ、いいんじゃないの? ふたりがよければ」


「とはいえあちらは貴族だぞ」


 貴族は世間体を気にするし、伝統を重んじる傾向にある。

 婚約式を端折ることがあるかどうかまでは知らないけれど、まあ私としては一年の内に二度も婚約式をやる気はしないのよね。

 私たち、婚約しますね、って神様に誓う場なわけだけど、そんな誓い、なかったことにされてしまったし。神様の前でした約束を婚約破棄という形で反故されるなんて思わなかった。

 アルフォンソがそんな事をすることはないだろうけれど、あの儀式に意味があるとは思えないのよね。

 それについて彼とは話し合いをしていない。


「いつあちらに挨拶に行けばよいのか、話をすすめるんだぞ、パトリシア」


「あ、あれ、うちが挨拶に行くの?」


 ダニエルの時はあちらのご両親がうちに挨拶に来たような気がするけれど……

 私の言葉に、お父様は頷き言った。


「当たり前だろう。あちらは貴族だぞ。こちらに出向いていただくわけにはいかないだろう」


 あぁ、そういうことなのね。


「わかったわ。アルフォンソ様に確認してみるけれど、たぶん家を離れていると思うから時間かかるかも」


 アルフォンソは騎士の任務に戻っているため、お屋敷にはいないはずだ。それに私も国会図書館でのお仕事がある。

 さすがに以前のように迎えに来てもらうこともなくなったのよね。

 だから私は、年が明けて以来彼に会っていない。

 一度、両親に婚約の事を報告したからそのことで手紙のやりとりはしたけれど、それっきりだ。

 いつもこうよね。

 しょっちゅう会っていたかと思ったら急に連絡がなくなるの。

 それって心配になってしまう。またこの間のようにどこか遠くに行ったりしていないだろうかって。

 私の話を聞いたお父様は、渋い顔をした後、


「まあ……時間がかかってもいいから調整は頼んだ。こちらは休みの日であれば何が何でもあけるようにするから」


 何が何でも、っていうのはいいすぎな気がするけれど。お父様、相手が貴族なものだから色々気にしているのね。まあ気持ちはわかる、かも。

 それなら手紙を書くより直接行った方がいいかなぁ。

 そんな事を思いつつ迎えた一月二十四日金曜日。

 明日こそお手紙を書こう。でもその前に、アルフォンソのお兄様であるロラン様に、彼の様子を聞いてみようと思う。でもロラン様は忙しい方でなかなか話ができなかった。

 何と言っても彼は伯爵家の跡取りでもある為、そちらの用事もあっていないことも多かった。

 朝の朝礼の時、今日はロラン様がいることを確認する。

 今日こそ話しかけられるだろうか。と思ったけれどあちらは館長、私は一般職員のアルバイトだ。

 ロラン様は他に用事があるらしくさっさと姿を消してしまい、私は仕事に追われた。


「年明けは色んな会議があるから資料請求が多くなるのよねえ」


 同僚であるセレナがそう言いながら、資料がのった台車を押している。


「新しい企画や工事のこととか、政策とか、色んなことが動き出すのよね」


「新年ってだけでいろんなことが決められるんですね」


 政治の事なんて今まで気に留めてこなかったから、ここに来てから国会ではいろんなことが決められていて、日々議論が重ねられ、それ以外にも会議やら勉強会があることを知った。

 そしてその為に色んな資料を役人の人たちや議員たちが必要として、私たちはその資料を集めて持っていくを繰り返している。


「そうなのよねぇ。庶民としては子育て支援とか生活に直結するものを重要視するけど、それだけじゃだめなのよねえ。今この国が安全に過ごせるのは外交と武力があってこそだし」


 安全に過ごせるのなんて当たり前に思っていたけれど、そうじゃないのよね。

 政治的なことは正直実感わかないけれど、アルフォンソたちが戦ってくれたから、ドラゴンの脅威は去ったわけだもんね。

 私たちが集める資料の中にはドラゴンのようなモンスターに関する資料も含まれることがある。

 そう言うのをみるとちょっと緊張してしまうのよね、またどこかで討伐が行われるのかって。そしてその為に騎士が派遣されるのだろうかって。

 そう思うと心が痛くなる。


「そうそう、連続殺人事件があったでしょう? その事件に絡んで、呪術に関する本を調査することになったらしいわよ。本を焼くようなことにならなければいいけどねえ」


 と、セレナは心配げに呟いた。

 呪術に関する本か……

 あの事件、そんな方に影響がでているのね。

 過去、異国では王朝が入れ替わるたびに文化財を壊し、書物を焼くようなことが行われていたらしい。それは今までの王朝を否定し、新しい王朝の権威を誇る為に行われていたみたいだけど、愚かな事よね。

 失われた文化は二度と戻らない。

 のちの世になって壊された資料に価値が見出されても、もうどうにもならないんだもの。

 セレナはそういうことが起きるのを危惧しているのだろう。

 確かにそうなる危険性はあるけれど、よみがえりの呪術のような、人の手が扱うことが許されない呪術、魔術は他にも存在するだろう。

 それは国が調査することになっても仕方ないと思う。

 あんな悲しいことは、二度と起きておしくないもの。

 私は、シュヴァルクさんやその奥様、そして呪術のために犠牲になった人たちの事を思い出して、哀しみで胸がいっぱいになってしまう。


「そういえば、パトリシア、事件に巻き込まれたのよね。大変だったわねぇ」


 と、セレナは同情の目を私に向けてくる。


「えぇ……いろいろあったわ」


 何も答えたくないからそれだけ言ったものの、セレナはその話を続けはしなかった。

 これ、貴族たちの噂話との違いよね。

 パーティーだったらここぞとばかりに根掘り葉掘り聞かれているだろう。

 そのへん、気楽でいいのよね。


「ところで、ねえねえパトリシア、気になっていたんだけどその指輪」


 目を輝かせて言われ、私はハッとして左手を見た。

 あ、しまった。

 アルフォンソにいただいた指輪、普段は本を傷つけたくないから外しているのに、今日はしてきてしまった。

 休みの日はいつもしているんだけどその勢いでしちゃったんだろうなぁ……

 あとで外してしまっておかないと。

 あからさまに慌てだす私を、セレナは笑って見つめる。


「どうしたの、そんな顔して」


「いや、いつもはしてこないんだけど無意識にして来てしまったみたいで」


「あらいいじゃないの。指輪して仕事している人はけっこういるし。結婚していたら当たり前だし」


「でもこれ、結婚指輪ではないし」


「そうそう、だから気になったのよ。それ、婚約指輪よね」


 それを否定する気はないから、私は頷き言った。


「えぇ、そうなんだけど……」


「よかったじゃないの、おめでとう」


 とても嬉しそうな笑顔で言われ、私はなんだか恥ずかしくなりつつ私は頷く。


「あ、ありがとう」


「えーと、ロラン様の弟さんでしょう? 騎士だし国を離れることもあるから大変ね」


「そう、なんだけど……それは覚悟しているしそれに、ほら、待っている人がいたら帰って来るでしょ?」


「あはは、そうね。守るものがあると人は強くなれるものね」


 そう。私はそれを信じている。

 でも会えないのは寂しいから私、今日の帰り、騎士たちの詰所に行ってみよう。会えないなら会いに行けばいいんだもの。会えるかな。会えたらいいな。

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