目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第109話 冒険に出かけよう

 その後温泉を出て部屋に戻り、朝食までベッドに寝転がって本を読んで過ごした。

 さて、ご飯の後は自由時間だ。

 何をして過ごすかと言ったら決まっている。


「さあ冒険に行こう、アル!」


 私は動きやすいようにと、黒のワイドパンツに黒のシャツ。黒い上着を羽織る。黒ばかりなのは汚れても目立たないからだ。

 そんな私の様子を見たアルは面白そうに笑みを浮かべ、


「冒険、っていうほどのものはないけど」


 と言った。

 そんな彼も動きやすい服装をしている。

 さすがにスーツは着ないよね。

 お城を冒険するんだもの。

 私たちは並んで城内から庭に出て、お城を見上げた。


「ねえ、お城って何階なの?」


「地上三階、地下もあるんだけど詳しくはちょっと。戦争が多かった時代があるから、地下に脱出用の通路があって外に出られるようになってる。他に……」


「脱出用の、通路?」


 それを聞いた私の目は、とても輝いていただろう。

 昔は戦争が多かったのは確かだ。領土をめぐり大陸中で戦争が繰り返されていたという。

 今は表面上平和だけれど、遠く離れたところでは今でも戦争が起きることがある。


「他にも、城主の部屋から他の部屋に行く通路があったり。外と中に繋がる通路はいくつかあるけど今は使われていないから、開かない扉も多いはず」


「開かずの扉もあるんですか?」


 思わずそんなの物語の中だけの話だと思っていたけど違うのね。あー、心ときめく。


「お城の伝説とか伝承とか幽霊出るとか、そういうのはないんですか?」


「なくはないけれど……パトリシア、そういう話をしているときは本当に楽しそうで嬉しいよ」


 それは仕方ないよね。だって本当に楽しいんだもの。

 私はびしっと指先を前に出して言った。


「だって、冒険ですよ? 楽しいに決まってるじゃないの」


 そう、冒険。しかもお城を冒険できるなんて滅多にない機会だ。

 私もアルも灯りの魔法くらいは使えるから、暗いところも問題なく入れる。


「さあ冒険へ行きましょう!」


 そして私たちは城内を散策した。

 秘密の通路に地下牢、取り調べの為の部屋にいわゆる拷問部屋も、城の地下にあった。

 そういう背景があるって思うと、今は何もない部屋でも何か冷たい空気を感じてしまう。

 そういう城だから、地下牢には幽霊の噂があるらしい。だから基本、誰も近寄らないし、掃除も複数人で行っているという。


「ここの地下牢は、急に後ろから腕を掴まれたとか、声をかけられたとか、振り返ったら血まみれの女が立っていたとかそういう噂が……」


「あるんですか?」


 本当にあるんだ。すごい、お城っぽい。いや、お城だけれど。

 怖いお城の話っていう本があるけど、あれに書かれている事は正直誇張だと思っていた。

 幽霊が出るとか、城内に謎の穴があって、捕虜をそこに捨てていたとか、そんな噂話が書かれていた本だ。

 その大半を信じてはいなかったけど、でもこうして本物のお城でそういう話を聞くと、あの話はまんざら嘘でもないのかも。

 私は正直、幽霊は信じていない。

 いや、見たけど。でもそんなこと普通はないって思ってる。

 午前中、私たちは存分に城を散策して回った。

 地下牢は冷たくて確かに今にも何かでてきそうだったし、秘密の通路は掃除がされてなくて埃だらけだし怖かった。

 探検を終えた私はとても満足していた。


「地下牢に秘密の通路。幽霊には会えなかったけどとても楽しかったー!」


 ニコニコ顔で言う私を微笑ましい目でアルが見つめる。


「それならよかった。古いお城だけれど、そんな楽しみ方もあるなんて思わなかった」


「古いお城だからよ。だって、今どき屋敷にだって監獄は作れないし、拷問部屋だってむりだもの。今は使われていなくても、昔は使われていてその空気が味わえてすっごく楽しかった」


 本物の空気は本物でしか味わえない物ね。

 そんな私の言葉を聞いて、アルは口元に手を当てて笑う。


「君らしいね、パトリシア」


 そうだ。これが私だもの。

 冒険とか推理とか、そういう言葉に目がないのは今も昔も変わらない。


「じゃあお昼の後は外に行こうか」


「そうね。ラリー元気かなぁ」


 私たちはそんな話をしながら、お昼を食べるために城内へと戻った。

 お昼の後、私たちは馬車で外に出た。

 目的地は岩の教会ネローチェだ。それと博物館に行くつもりだった。

 目的はひとつ、熊のラリーに会うためだ。

 ラリーは以前ここに来たときに知り合った、動く熊のぬいぐるみだ。

 持ち主が死んでしまい、呪いの遺物を集める博物館に預けられたんだけど、逃げ出したところを私達と知り合った。

 そして今、ラリーは博物館で働いている。

 ラリーの事は、王都にいる間にも色んな雑誌や新聞で見かけた。

 熊のぬいぐるみが博物館で働いているっていう話は、話題性は抜群で観光客もいっきに増えているとか。

 馬車に揺られ、通りを見ると祭りの準備が進んでいることがよくわかる。

 通りを彩る花々に、外灯にも花輪が飾られとても華やかだ。

 教会が近づくにつれて人や馬車も増え、そのせいか馬車の進みもゆっくりになってしまった。

 本当に人気なのね、教会。


「博物館の人気が高まっていて、カフェを増設したそうだよ」


「あぁ、博物館の出口にカフェ、ありましたね」


 あのときの時点でそこそこ席があったような気がするけれど、それでも足りないってなるってどれだけ観光客が来るようになったんだろう。


「呪いの品も増える一方らしくて。世の中にはそんなに呪いが溢れているのかと驚くよ」


 確かに、アルの言う通りだ。

 もしかしたらその多くは本当の呪いではないのかもしれない。

 以前、教会を訪れたときに司祭様がおっしゃっていた、言葉が呪いになる、という話。

 それを思い出すと大半はこじつけなのかもしれないけれど、ラリーや、私が見た不思議な本を思い出すとないとも言い切れないのかも。






この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?