【イレネス大連邦のとある大魔法使いの授業】
ヴァンパイアの最上位種・始祖様ときたら本当に困った連中でございますよ。
永遠の命があるのに、「存在の意味」だの「生きる理由」だのと、哲学にご執心。
まるで反抗期の子供みたいに、千年も万年も「私は誰だ?」って独り言を呟いているんですから。
血を吸うことすら面倒くさがる始祖様ときたら、本当に扱いに困ります。
「血など所詮は栄養価の低い液体に過ぎない」
なんて高飛車におっしゃる。
それはそうでしょうけど、あなた方が作り出した末裔たちは必死に血を求めて苦しんでいるんですけどね。
あぁそうそう、始祖様の口癖と言えば。
「永遠という監獄に囚われた私たちは──」
などと、まるで詩人のように物憂げに語り始めます。
永遠の命を得た瞬間から、みんな決まったように哲学者気取り。
不死の体を手に入れた代償に、性格が極度に面倒くさい方向へと進化してしまったみたい。
でもね、一番困るのは彼らの「実験」です。
ある日、ふと「下位種に私の血を与えたらどうなるだろう?」なんて思いつく。
そして次の瞬間、新種のヴァンパイアが生まれる。
「面白い結果だ」なんて呟きながら、その後の面倒は全く見ようとしない。
研究室のペトリ皿で培養実験をするような感覚なんでしょうね。
そうして生まれた吸血鬼たちは、血に餓えて人々を襲い、弱者は松明とニンニクを手に必死で抵抗する。
街には悲鳴が響き渡り、恐怖が蔓延する。
でも始祖様は相変わらず、宇宙の果ての館で「存在とは何か」を考え続けている。
──ちなみに。
ニンニクが効くのは下位種だけです。
始祖様に効果があるのは、永遠という重荷から解放してくれる「実存主義哲学の新解釈」くらいでしょうか。
まったく、超越種の方々は皆さん、それぞれに独特の「歪み」をお持ちですが、始祖様の性質の悪さは群を抜いています。
少なくともハイエルフ様は自分が美しいことを自覚していますし、エンシェントドラゴン様は自分の鱗に誇りを持っている。
でも始祖様ときたら、永遠の命を持て余して、自分の存在そのものに懐疑的になってしまうんですから。
「私は誰だ?」
「なぜ私は存在するのか?」
「血を吸うことに意味はあるのか?」
「永遠とは何か?」
「闇の中で光を探す意味は?」
その哲学的な悩みのせいで、下位種は迷惑を被っているのに気付かず。あぁいえ、気付いているけどどうでもいいんでしょう。
それこそが始祖様にとっての『普通』なんですから。
ああ、そうでした。始祖様たちの中にも、たまに『普通じゃない』方がいらっしゃいましたね。
もちろん、普通の始祖様も十分普通じゃないんですけど。
哲学という病に冒された同胞たちを尻目に、世界に──というか「命」そのものに、とても強い興味を持たれた方が。
ルナフォール大公カルネヴァーレ様でございます。
ああ、お名前を聞いただけで震えが止まらない方もいらっしゃいますか?
まあ、当然ですよね。
大公様の「命への探求」といったら、本当に……情熱的でございました。
生命の神秘を探るため、なんと数億人の実験体を使われたとか。
「痛みとは何か」
「苦しみとは何か」
「死とは何か」
他の始祖様が机上の空論でウジウジと悩んでいる間に、カルネヴァーレ様は実践的な研究をなさった。
まさに、行動派の哲学者でございますね。
「生命の限界を探りたいの」
そう仰って、生きた実験体の体をバラバラにして、また組み直す。
「痛みの本質を知りたいわ」
そう叫んで、ありとあらゆる拷問方法を実験なさる。
「死の瞬間を理解したいのよ」
そう呟いて、様々な殺し方を試してみる。
他の始祖様が「私は誰だ?」と悩んでいる間に、カルネヴァーレ様は「お前は誰だ?」と実験体に問いかけ続けた偉大なる探求者でございます。
そうそう。大戦の際には、なんと一つの大陸丸ごと「研究施設」にされたとか。
「これはただの実験。ワタクシが真の超越種に至る為の──」
そうおっしゃって、数億の命を奪われた。
まあ、研究熱心というのは素晴らしい資質ではございますが。
でも不思議なものですね。
カルネヴァーレ様の「研究」の痕跡は、今となってはほとんど残っていない。
記録も、遺跡も、生存者も。
ふふ。
まるで誰かが、意図的に消し去ったかのように。
──さて。
そろそろ、お静かに。
カルネヴァーレ様のお名前を大きな声で語るのは、あまり賢明ではございません。
大公様のお名前を口にするのはもちろん、ルナフォール一族の話題にも触れるべきではありませんでした。
ええ、そうですとも。
大魔法使いである彼女は、今も……まだ、どこかで……。
ふふ、でも面白いものですよね。
『白銀の騎士』様の聖なる粛清から、どうやって逃れたのか。
世界の歴史上、最も純粋で慈悲深い存在による魔法使い大量虐殺事件から、なぜ彼女だけが生き残れたのか……。
もしかして、彼女は……。
あぁ、いえいえ、これ以上は語るべきではありませんね。
どこかで、誰かが、この授業を聞いているかもしれない。
今この瞬間にも、暗闇の中から誰かの視線を感じる気がしませんか?
というわけで、今日の授業はここまでにしておきましょう。
皆さんもお気をつけて。特に、夜道では。
さあ、さっさと教室を出ましょう。日が暮れる前に。
【大魔法使いの授業を受けたとある超越種の言葉】
ふ、震えが止まらないの……!
ファルネ先生の授業はいつも大げさだけど……今日は大げさでもなんでもない……むしろ、控えめかもしれない!
あの名前を口に出すだなんて。あのヴァンパイアの名前を……。
ルナフォール一族。百年以上も前のことなのに、今でも悪夢を見るわ。
永遠の命を持つ私たちでさえ、恐れおののいた存在。
どうして白銀の騎士様は、あの女を生かしたの?一番殺してほしかったやつなのに!
考えただけでも、寒気がする。まるで背後に誰かがいるみたい。振り返るのも怖いわ。
……やだ。私ったら、まるで下位種みたいに取り乱してる。
ごめんなさい。これ以上は本当に語れない。
このことは忘れましょう。永遠に生きる私たちにとって、『忘却』は最大の防衛手段だから。
急いで帰りましょう。
日が沈む前に。