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第3話:クロとイメダ領の子供達

 竜車での留守番を任されたクロは退屈していた。


 ジンとミラが市場に出ている間、何もすることが無いのだから当然だ。温かな日差しを全身に浴びながら、竜車の上で欠伸をする。


 クロのいる竜車に近付く人は誰もおらず、そもそも宿の裏手に止めた竜車に対して盗難を働こうという人などいないように見えた。


(退屈だなぁ……、兄様とミラ姉様……まだ帰らないのかなぁ……)


 少しウトウトとしながら、二人の帰りを待つクロ。


 そんな彼女の耳に子供達の声が聞こえたのは、ジンとミラが離れて暫くした後のことだった。


「この町の子達かな……」


 見た目にはクロとそれ程歳の離れていない子供達のように見える。


 歳は14歳から15歳くらいの年長者の男の子と女の子を中心に、10人近くの子供達が集まっている。


 そして子供達は手には剣の形に加工された棒きれを持って走り回り、時折剣を交えるように棒をぶつけ合っていた。


(戦いゴッコかなぁ? いいなぁ……クロもしてみたい!)


 そんな子供達を見ていたクロの胸に芽生える好奇心。


 クロもまた近くの茂みから木の枝を拾うと、子供達を真似るように枝を振り回してみせる。


「えへへ♪」


 しなる枝はそれ程頑丈そうではないが、これならば子供達と一緒に遊べそうだった。


 枝を手にしてクロが走り出す。すると、ちょうど年長らしき男の子が棒を手にしていて、クロはその子に向かって枝を振り下ろす。


「えいっ!」

「なっ……、誰だ!」


 男の子が棒を手にクロの振り下ろした枝を受け止めようとする。しかし、やはり強度が足りなかったのだろう。クロが手にした枝は棒とぶつかった衝撃で折れてしまい、クロは「あぁっ!」と悲しそうな声を出した。


「うぅ……、折角見つけたのに……」


 悲しそうに瞳を潤ませるクロ。困ったのは、そんな彼女にいきなり殴りかかられた男の子だった。


「あ~ぁ、オリバーが泣かせた!」

「いや、コイツが勝手に……。っていうか、お前誰だよ!」


 折れた枝を手にしたクロに訊ねるオリバーと呼ばれた男の子。クロはそんな彼を見返すと、小さく「クロだよ」と名乗った。


「そのクロがどうして、いきなり俺に殴りかかってきたんだよ」

「え? だって遊んでいるんでしょ? だから混ぜて貰おうと思って」

「いやいや、だったら先にそう言えよ。いきなり殴りかかられたら危ないだろうが!」


 クロの言葉にオリバーは肩を竦めてみせる。しかし、クロは分からないといった様子で首を傾げていた。


 そんなクロに声を掛けたのは、オリバーと同じように子供達の中心になっていた一人の女の子だった。


「えっと……クロちゃんでいいのよね? 私はレイン。よろしくね」


 女の子から差し出された手の平。その手にクロが応えるように手を差し出すと、レインはクロの手を握りしめて微笑みを浮かべる。


 そんな彼女の仕草が可愛くて、クロも照れたように笑みを返していた。


「クロちゃんはこの辺では見ない子だよね」

「うん! クロは兄様やミラ姉様と一緒に旅をしているの。ぎょーしょーにんって言うんだよ」


 レインの言葉に胸を張って応えるのクロ。


「行商人? お前みたいなチビが?」


 しかし、そんなクロの言葉にオリバーが少し馬鹿にしたように呟けば、クロは少しムッとした。


「クロ、チビじゃないもん! 本当は皆よりもずっと大きいんだから!」

「どこが? 俺達の中でも小さい方だろ? 嘘つくなって」

「嘘じゃないよ。本当だもん!」


 オリバーに対して食って掛かるクロ。しかし、レインはオリバーにこれ以上からかうような真似をするのを止めようとする。


 レインはクロの頭に生えている角を見て、彼女が普通の人では無い、少なくとも獣人に近い存在だと気が付いていたからだ。だが――、


「もう! それじゃあ、証明してあげる!」


 オリバーにからかわれたクロが表情を険しくして、彼等から離れて草むらの影へ、ややあってクロの身に着けていたマントが草むらから出てきて、オリバーが目を丸くして、レインが顔を真っ赤にする。


 しかし次の瞬間、草むらから出てきたのは黒竜の姿に戻ったクロだ。

その瞬間、オリバーはその場で腰を抜かし、レインは悲鳴を上げて、子供達は固まったように動けなくなった。


「ホラ、皆ヨリモ大キイデショ?」


 言いながら太い竜の腕を掲げ、鋭利な爪を見せながら、どこか舌っ足らずな声で竜になったクロが問いかける。


 しかしクロはちょっと悲しくなった。どう見てもさっきまで明るい笑顔だった子供達が自分を怖がっているように見えたからだ。


「エット……、戻ルカラ怖ガラナイデ……」


 クロは躊躇いながらもマントを手に再び草むらに戻ると人型に変化する。


 目の前で人から竜へ、そして竜から人に戻るクロに対して、子供達は驚きを隠せない。


 クロはもしかしたら怖がられて、せっかく会えた子供達が逃げてしまうかもしれないと不安に思っていた。だが、子供達の反応はクロにとっては予想外だった。


「すげぇ! 竜になるなんて思わなかった」

「もしかして、あの竜車を引いていた黒竜? 朝から町で噂になっていたよね?」

「それじゃあ本当に行商人なんだ! ねぇ、旅のお話しを聞かせてよ!」


 無邪気にも小さい子供達がクロを中心に集まってくる。


 そんな子供達の様子にクロは驚いていた。大抵の人達はクロが竜になると怖がるのが常だったからだ。


 しかし、子供達は瞳をキラキラとさせてクロを見ていた。


「そ、それじゃあ……一緒に遊んでくれる?」


 自分に集まってくれる子供達に恥ずかしげに問いかけるクロ。子供達は勿論だと答えると、自分達が使っていた棒の一本をクロに渡して見せる。その棒を受け取って、クロは満面の笑みを浮かべていた。


「竜になれるなんて……、凄いな、お前」

「お前じゃないよ、クロだよ」


 ようやく立ち直ったオリバーが、馬鹿にして悪かったと頬を搔く。そして彼はクロに手を差し出してみせた。


「混ぜてやるのは良いけど、俺達はただ遊んでいるんじゃないんだぜ。俺達はこの町を悪徳領主から守ろうとしているんだ。この棒を使っていたのも、いつか戦うための訓練なんだ。クロも一緒に戦ってくれるなら、喜んで仲間にしてやるよ」

「悪徳領主? それって悪い人?」

「極悪人だよ。町の人達、皆が困ってるんだ」


 棒を手に考えるクロ。


 ミラには留守番を守られているけれど、目の前の子供達が自分を仲間にしてくれるのは、彼女にとってはとても嬉しい。この機会を逃せば、同年代の子達と遊ぶ機会なんて次はいつになるか分からない。


(少しくらいなら大丈夫だよね……。それに、悪い人を放っておくのは悪いことだもんね)


 そんな風に自分自身に言い訳をしながら、クロは一つ頷くとオリバー達に答えて見せた。


「悪い人ならクロが倒してあげる! クロはとっても強いんだよ!」


 そんな彼女の言葉に子供達が喝采をあげる。


 竜が仲間になってくれるなら心強いと、笑みを浮べていた。ただ一人、レインは困ったような表情をしていたが。


「とりあえず、一度戻ろうぜ。シスターにお前を紹介したいからさ」

「シスターさん?」

「ええ、私達が住んでいる教会のシスターさんなの」


 子供達に連れられるように宿から離れていくクロ。


 程なくして彼女が連れられたのは広大な花畑の先に立てられた小さな石造りの教会。そして、その敷地内に建てられた一件の木造の家屋だった。


「ようこそ、イメダ領の教会孤児院に。ここが俺達の基地になっているんだ。クロは今日から悪徳領主に対抗する仲間だ。よろしくな」


 木造の建物の中に入ると、テーブルの上には町の地図が広げられていて、壁には幾つもの木剣などが用意されている。


(まるで秘密基地みたい!)


 クロの赤い瞳がキラキラと輝き、わくわくが止まらない。


 ジンやミラがあずかり知らないところで、クロは順調にトラブルの渦中へと足を踏み入れ始めていたのだった。

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