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第4話:孤児院でのトラブル

 オリバーやレインといった年少者が集まっている秘密基地。


 そこに案内されたクロは貰ったお気に入りの棒を片手に教会敷地を二人に案内して貰う。


 石造りの教会はかなりくたびれていて所々苔に覆われていたり、脅威界を取り囲んでいる石壁が砕けたりしている。それでも子供達が生活するには充分な広さがあり、敷地内には畑までもが作られていた。


「シスター、新入りを連れて来たよ」


 そんな中、クロが案内されたのはシスターと呼ばれた女性。


 年齢はまだ二十歳になったくらいだろうか? 修道服に身を包み、プラチナブロンドの髪を伸ばした、碧眼の女性がクロを見て驚いていた。


「ほら、挨拶しろよ」


 オリバーにせっつかれてシスターの前へと歩み出るクロ。一方でクロはシスターに見とれてしまっていた。


 清楚な雰囲気に驚きながらもクロの言葉を待つ仕草。そのどれもが落ち着いていて、陽光の差す教会の彼女がとてもきれいに思えたからだ。


「え、えっと……クロです。兄様とミラ姉様と行商をしています」


 それでも何とかジンに教えられた自己紹介をすると、シスターと呼ばれた彼女はクロにも柔らかな微笑みを向けてくれていた。


「はい、クロさんですね。よろしくお願いします。私はこの教会のシスターのライカと申します」


 言いながらシスター・ライカが握手を求めると、クロが応じるように手を伸ばす。ライカの指は細くしなやかで、しかしその肌は少し荒れてしまっていた。


「それでオリバーさん。クロさんを新入りとして連れて来たと言うことは、あなた達また危険な遊びをしていたんですか?」

「別に危険じゃ無いよ。いざとなったら自分の身は自分で守れるように、皆で訓練をしていたんだ」

「貴方達がそんな心配をする必要は無いんですが……」


 オリバーの言葉に苦笑を浮かべるライカ。それからクロの持っている棒を見て、やっぱり困ったように溜息を吐いていた。


「それで、シスターは何をしていたの?」

「ええ。畑のお野菜が随分と大きくなりましたから、今日のお昼ご飯に収穫しようと思いまして……」

「やった! それじゃあ今日はシスターの作るスープ?」

「そうですね。何を作ろうかと迷っていましたが、オリバーとレインがスープが良いなら、そうしましょうか。他の子達を呼んでくれますか?」

「おう! 俺が呼んでくるよ」


 満面の笑みを浮かべて秘密基地へと戻っていくオリバー。


 レインとクロの二人は畑での収穫を終えたライカに続いて、教会の中へと入っていく。程なくして、先程一緒に遊んでいた子供達が教会の食堂に集まる頃には室内にスープの匂いが広がり始めて、子供達は笑みを浮かべながらそれぞれにテーブルについていた。


「クロちゃん、手伝ってくれる?」

「うん、良いよ」


 レインに手伝いを求められて木製の食器につがれたスープを子供達に運んでいくクロ。スープの中には幾つかの野菜や森で採れるキノコや山菜が浮いている。


 そしてテーブルには同じように木の実の入った皿が置かれていた。


 子供達とライカ、そしてクロがテーブルにつく。すぐにでもクロはスープを飲んでみたかったが、しかし食事が始まるよりも前にシスターが


「今日の恵に感謝をしましょう」と言うと、彼女の言葉に応じるように子供達が手を組んで瞼を閉じる。


 スプーンを持っていたクロが慌てて他の子と同じように見よう見まねで手を組むと、やがて食事が始まった。


 シスターの作ってくれたスープは少し味付けが薄かったが、お腹がすいていたということもあってとても美味しい。


 子供たちも口々に美味しいと言葉を交わしながら食べていく。

 と言っても、スープの量はクロがいつも食べている量に比べれば少し少ない。


「おかわりください!」


 だからクロはごく自然にお皿をライカに差し出す。しかし、ライカはそんなクロに少し困った表情を浮かべていた。


「バカ! おかわりなんて無いに決まってるだろ!」


 そしてクロを注意したのはオリバーだった。


「おかわり無いの?」

「当たり前だろ」


 疑問符を浮かべるクロに対して、当然だとばかりに答えるオリバー。


 しかし、それはクロにとっては初めての経験だった。ジンとの行商の旅では、少なくてもクロがおかわりを求めれば、彼が何かしら用意をしてくれていたからだった。


「オリバー……、構いませんよ。クロさん、おかわりはありませんが、よかったら私のスープを召し上がりますか?」


 戸惑ったクロを見て、ライカが助け船を出してくれる。しかし、そんな彼女の行動に声を上げたのは様子を見ていたレインだった。


「待ってよ、シスター。それを上げちゃったら、シスターの分が無くなっちゃうでしょ?」

「大丈夫ですよ。私は味見の時に少しいただきましたから」

「で、でも……そんなの絶対に……」


 レインはシスターが味見の際にスプーン一杯程度を口にしていたことを知っている。


 子供でもその程度では食事にはならない。まして大人であるシスターであれば、食べていないも同然だった。


「クロちゃんだって、おかわりがなくても良いよね?」

「え? う、うん……、クロは大丈夫だよ」

「ほら、シスター。クロちゃんは大丈夫だって言っているよ。だからそのスープはシスターが食べてください」


 レインの剣幕に押されてクロが頷けば、ライカは「ありがとうございます」と一言だけ悲しそうに答えて、ようやくスープを口にしてくれた。


 そして食事が終わると、クロはオリバーとレイン、そして他の子供達と一緒に再び秘密基地へと呼ばれていた。


「クロ……、馬鹿。お前が変なことを言うから、シスターに悲しい顔をさせちゃっただろ」

「……ごめんなさい。でも、おかわりは変なことなの?」

「うん、クロちゃんは分からないかも知れ無いけど、ここではおかわりなんて用意は出来ないんだよ。森の中で山菜とかを採ってくることも出来るから一日二食くらいは食べることが出来るけどね」

「そうなの? でもお店に行けば……」


 クロとしては当然の事を言っただけなのだろう。


 しかし、そんな彼女に対してオリバーとレインの二人は、やっぱり分かっていないと嘆息していた。


「店の食材なんて、とてもじゃないけど買えないよ。そうで無くても最近は税金が高くて、お金が足りなくて困っているんだ」

「寄付も募っているんだけどね……。町の人もお金が無くて困っているから、殆ど集まらなくて……」


 暗い表情を見せる二人。


 クロには何もかもが知らない事であり、税金という言葉も理解は出来ていない。それでも、二人が困っているのは分かっていた。


 そんな中、不意に秘密基地に聞こえてきた声。それは大人の男性の、まるで怒声のようだった。


「ア、アイツらが来たんだ!」


 その声にオリバーが弾かれたように秘密基地を出て行こうとする。しかし、他の子供達は怯えの表情を浮かべ、彼に続いたのはレインとクロの二人だけ。


 そして教会へと向かえば、ちょうど教会の玄関では二人の男がライカに対して迫っている最中だった。


「シスターさん、税金の期日はもうとっくに過ぎているんだ。いい加減に払って貰えないと、困ったことになる」

「も、申し訳ありません。ですが今の教会にはそのようなお金は……」

「だったらアンタ達の教会でも、領主様の指示に従って、紅花の栽培をして貰おうか。ちょうど良さそうな畑が敷地内にあるだろ? そこで紅花を栽培して、税代わりにおさめれば良いだろう?」

「そ、それは……。あの畑がなくなったら、子供達の食べる食事が作れなくなってしまいます」

「それは税金の滞納とは関係が無いだろ!」


 ライカを恫喝しているようにしか見えない男達。そんな彼等を睨みつけてオリバーが今にも殴りかかりそうにしていたが、そんな彼をレインが引き留めていた。


「あの人達は?」

「見ての通りの役人だよ。領主の野郎が雇った男達が、教会にも税金を払えって最近は毎日来てるんだ! あいつら、いつもシスターを脅して……。それで教会の畑を潰して、あの忌々しい花を育ってろって……」

「……領主?」


 クロがその言葉に思い出したのは、オリバー達が悪徳領主達と戦うと言っていた言葉。


「つまり、あの人達は悪い人?」

「そんなの、悪い奴に決まってるだろ! レインもいい加減に離せって、シスターを守らないと!」

「バカ! オリバーが敵う訳ないでしょ! 相手は大人なんだよ!」


 オリバーとレインが言葉を交わす中。


 クロはそれが当然だというように、ライカに迫る二人の男に近付いていく。


「ん……? 何だ、このガキ……。孤児か?」

「ったく……。獣人のガキまでいるのか?」


 シスターに迫っている男達がクロに気が付くがもう遅い。


「シスターさんに意地悪しないで! 悪い人はぶっとばすの!」


 クロが拳を握ると、その手だけが竜へと戻る。そしてクロが思いっきり拳を振り抜くと、二人の男はその一撃で殴り飛ばされて、昏倒してしまったのだった。

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