クロが教会で面倒事を起していたその時、ミラとジンの二人は町の人々に領主についての評判を聞いて回り、町の広場でそれぞれが集めた情報を擦り合わせていた。
「典型的なクズ領主ね」
しかし、噂話を聞いたミラは、それ程時間をかけることもなく、領主であるアンゴラ・イメダについてそう断じていた。
「落ち着けって。俺達が聞いた話しはあくまでも噂だ。信憑性で言えば低い方だし、裏付けも何も無いんだぞ」
「分かってるわよ。でもたぶん、今回に限っては噂が正しいんじゃ無いかって思うわ」
「それはまぁ、俺もそうなんだが……」
二人が聞いた領主アンゴラについての噂話は碌な話しがなかった。
アンゴラは戦争で荒れ果てたこの領地に、帝国貴族家の後ろ盾があって赴任したらしい。
彼が来るまではこの土地は小麦畑などが広がっていて、それなりに生活は安定していたそうだ。
前任の領主は有能な人だったそうで、町の農民に土地を与えて、広大な畑を相互補助を基本に、運営をさせていたそうだ。
領民は土地を与えてくれた領主を信頼し、町の整備や警備などをしてれる領主に農業で得た利益を還元し、良好な生活を築いていたらしい。
しかし、その状況はアンゴラが赴任してから一変した。
彼は領主としてこの土地の人々に対して紅花の栽培をするように働きかけ、戦後の荒れ果てた畑の殆どを、紅花用の畑にしてしまったのだ。
当然、そのような政策を行えば、そこに住んでいた農民達から反発があるのが当然だ。
しかし、戦禍に見舞われた町と言うことも有り、多くの農家の男性達が負傷や戦死をしていたと言うこともあり、その隙を突いてアンゴラは政策を強行したらしい。
もっとも、紅花自体は優良な商品であるのも事実だ。
紅花の種子から作れる食用油を始め、種子は血行促進の生薬として、華からは赤い染料が取れるなど、様々な用途に使われている。
だからこそ、紅花から作れる商品については優秀なのだが、彼はその殆どを後ろ盾となっていた帝国貴族へと売り払い、その利益の大半で私腹を肥やしていると領民の殆どが口を揃えて言っていた。
食用油こそ周辺の地域で安価に取り引きをされているが、農家の収入はその販売量に支えられている。
しかし、染料は貴族家への献上の衣服や口紅などの化粧品として使われ、生薬などは肥満傾向の多い貴族家に対して売り払われている。
畑で作られた紅花の利益の大部分は貴族家との伝手のあるアンゴラと彼の後ろ盾の貴族家に集まるようになっていた。
「それでも紅花を栽培している農家に利益がだってある筈だろ。でないと、ここまで紅花畑が広がる筈は無いだろうし……」
「本来はね。でもね、領主はそんなことは考えていないみたいよ」
言いながらミラが見ているのは、この町の人々から聞いた税率についての情報だった。
その中でもミラは特に紅花を栽培している農家についての税金について注目していた。
この領地ではどれだけ稼いだのかという利益にたいしてではなく、どれだけの土地を持っているかで税率が決められていた。
「税率はフォルンと比べて二倍近いわ。これだけの税金を掛けられたら、どうしたって栽培する商品は値上げするしかない。その上、税金が払えなかった場合は紅花での納税なら受け取るように出来ているそうよ」
「税金が払えなかった場合は、領主の屋敷で使用人として徴用されたりもするらしいが……」
「連れて行かれたのは若い女性ばかりって話よ。領主の屋敷で何をさせられているかなんて、想像するのは簡単よね」
言いながら顔をしかめるミラ。
二人が見た馬車に紅花を乗せていた男達は、おそらくは納税の為に領主の屋敷に紅花を運んでいたのだろう。そうしなければ、家族に被害が及ぶかもしれない。
この土地で暮らしている人々がどれだけ困窮をしているのか、たった数時間の聞き込みでハッキリとしていた。
「それでどうする? ここでの商売は難しいだろ?」
「そうねぇ……。できなくは無いけど、その場合はどうしたって、この土地のクズ領主を相手にするしか無いわ。
できる限りここの領主を相手にしたくないし、さっさとこの町を離れて次の町に行きたいとところだけど……」
言いながらチラリとジンの様子を見るミラ。しかし、ジンもこれは自分の手に余る案件だとも思っていた。
「この状況を何とかしたいとは思うよ。でも、俺達にはどうしようも無いだろ? それに、いくら領主がクズだからって、領民全員が餓死するような状況にはしない筈だ」
「まぁ……、それが普通よね」
胸の中にモヤモヤとした感情が残るが、二人は冷静に自分達のできることを判断していた。二人はあくまでも行商人でしかない。
ミラも憤りを感じてはいるが、これも領地経営の一つだと割り切っている節があった。
だが、そんな時だった――。
「大変だ! 教会で役人がぶっ飛ばされたらしい」
町の広場にやって来た男が広場にいた彼の友人達に話す声が二人に聞こえた。その話は瞬く間に広まり、町の人々は明るい笑みを浮かべたり、いい気味だと言葉を交わしたりしている。
しかし、ジンとミラの二人は町の人々のように楽観はできなかった。
「誰がぶっ飛ばしたんだ?」
「教会のガキ共がついにやったのか?」
「いや、なんか……教会にいた見慣れない女の子がぶっ飛ばしたらしい」
「角の生えた獣人が殴ったらしいぞ」
広間の人々の言葉に顔を見合わせるミラとジン。二人の背中に冷たい汗が流れる。角の生えた女の子、という言葉に二人の脳裏に竜車での留守番を任せたはずのクロの姿がよぎったのだ。
「ま、まさかね……」
「いや、いくらクロでも……」
乾いた笑みを浮かべながら、最悪の事態を想像するジンとミラ。
そうしている内に教会方面に武装した男が何人か向かっていく。そして、町には竜の咆哮らしき声が響き渡った。
「……間違いないな」
「ああ、もうっ! 何でこんな事に?」
その声に事件の渦中にいるのがクロだと判断した二人が同時に駆け出す。そして二人が教会に着いた時には、既に状況は最悪だった。
教会の周りには昏倒した何人もの男が転がり、教会を守るように立ちはだかっているのはクロ。そして、そんなクロに対して武装した男達が怯えの表情を浮かべながらも、剣や槍を突きつけていた。
「ク……、クロ……何でこんな事に……」
「馬鹿! とりあえず止めるわよ!」
今にも武器を向けている男達に対して爪を振り下ろしそうになっているクロ。そんな彼女を止める為にジンが駆け寄ると、ジンに気が付いたクロは尻尾をしならせた。
「兄様! ドウシタノ?」
「どうしたのはこっちの台詞だ。クロ、この騒ぎは何なんだ!」
「エ? 悪者退治ダヨ」
竜の姿でキョトンと答えるクロ。その言葉にジンが表情を引きつらせる。一方でミラは武器を向けている男達に、これ以上刺激をしないように声を掛けていた。
だが悪いタイミングというのは重なるモノだ。
「この騒ぎは何なんだ! 町にモンスターが出たと聞いたぞ!」
教会に集まっていた野次馬達をかき分けて、小太りの男が教会に現われる。周囲に鎧を身に着けたその男は怒りで顔を赤くして、連れて来た兵士を今にもクロに襲い掛らせようとしていた。
「ま、待ってくれ! クロ、とりあえず人に戻ってくれ」
「ウ、ウン……。兄様ガソウ言ウナラ……」
ジンの言葉に黒竜の姿から人間の少女へと変わっていくクロ。その光景を見ていた野次馬達が驚きで目を丸くする中、しかし状況は全く良くなっていない。
人の姿に戻ったクロを背にしたジンに対して、領主の私兵が銀色に光る刃を向けていたのだった。