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回想を終えて1:ミラとアリシナ

 ジンが目を覚ました時、最初に感じたのは柔らかくて温かな感触。


(またクロか……)


 自分の胸に身体を預けるように丸くなっている彼女の髪を撫でると、やっぱり一緒に眠っていたのはクロだったらしい。


「くふふ……♡」


 髪を撫でられたのが嬉しかったのか、身体を預けていたクロはくすぐったそうに目を細めている。昨夜もクロはミラと一緒のテントに眠っていたはずなのに、夜のうちにジンの眠っている竜車の中へと移動してきたらしい。


(クロと出会ってからもう8年か……)


 安らかな寝息をたてているクロを見て随分と昔のことを思い出していたものだと考える。出会った時にはまだ2~3歳だったクロも八年がたって少し大きくなり、当時はまだ成人していなかったジンも、今やすっかり立派な大人になっていた。


「ジン、そろそろ起きなさい」


 竜車の中でクロの寝顔を見ていると、外からジンを呼ぶ声。ついで竜車の中を覗き込んできたのは、憮然とした表情のミラだった。


「やっぱりクロ、ここに居たのね……。ジンのシスコン」

「いや、ちょっと待て。俺を非難するのはおかしいと思わないか?」

「うるさい。さっさと起きて朝食の準備を手伝いなさい」

「……わかったよ」


 朝から不機嫌そうなミラの態度に辟易しつつも、ジンは未だ眠っているクロの身体を揺らす。そこに至ってようやく目を覚ましたクロは、まだ眠たそうに寝ぼけ眼を擦っていた。


「おはよう、兄様。もう朝なの?」

「あぁ、まだ眠いのか?」

「う~ん……、もう少しこうしていたいかも……」


 眠そうに目を擦る彼女を見て、苦笑を浮かべるジン。本音を言えばもう少しの間眠らせていて上げたかったが、いつまでも休ませている訳にもいかないだろう。


 そもそも、こんな光景を見られたら彼女に何を言われるか分かったものでもない。しかし、やはり対応は遅かったようだ。


「ジン君、おっはよ♪」

「げっ……」


 竜車の中を覗き込むようにやって来たのは、イメダ領からジン達の旅に同行してきたアリシナ。帝国の軍服に身を包んだ彼女は竜車の中でジンに寄り添うクロを見て、微笑ましそうな笑みを浮かべていた。


「クロちゃん、姿が見えないと思ったら、ジン訓と一緒に居たんだね。あの時の竜の子がこんなに大きくなるなんてビックリしたよ。でもまさか、毎朝こんなことをしている訳じゃないよね?」


 言いながら笑みを浮かべる彼女に、ジンが僅かに表情を引きつらせる。目の前のアリシナは笑っているはずなのに、その目が全く笑っていなかったからだ。


「きょ、今日はたまたまだ。昨日は移動距離もあったから、少し疲れたんだろう。もう少し休ませておいてやろうかと思ってな……」

「ならいいわ。クロちゃんがライバルとか笑えないしね。それよりも早く朝食の準備をしましょう。ミラさん一人に任せるのも気が引けるしね」

「そうだな」


 未だジンに身体を預けようとするクロを竜舎に寝かせると、彼女に毛布を掛けるジン。そして竜車から彼が降りれば、ミラが不機嫌そうに、アリシナはミラを気にしないように、それぞれ朝食の準備をしていた。


(またこの二人……。気まずい……)


 二人の間に流れるピリピリとした空気に若干の気まずさを感じながら朝食の準備を手伝うジン。ミラとアリシナの間に会話は無く、爽やかな朝という訳にはいかなかった。


「兄様ぁ~……、どこぉ……」


 そんな中、ジンがいないことに気が付いたクロが竜車から降りてくる。


 そしてクロはジンを見つけると、トテトテと駆け寄ってきて、まるでそうすることが当然というように、朝食のスープを作っているジンのとなりに座っていた。


「ねぇ、ジン。スープはもういいから、水でも注いできてくれない?」

「そうだね。スープはクロちゃんに見ていて貰えばいいんじゃない?」

「わ、わかった……」


 さっきまで会話が無かったというのに、こういう時だけ意気投合する二人に気圧されて、ジンが水樽から人数分の水を用意しようとする。


 すると、そんなジンの後に当然の様についてくるクロ。


 その様子にアリシナの眉がピクッと動いた気がしたが、クロは当然の様にアリシナの変化を気にもしていないようだった。


「クロちゃん、お鍋の様子を見てなくていいの?」

「大丈夫だよ。お鍋は勝手に溢れたりしないよ?」

「そうだけどね。私、何かあったら困るから見ていて欲しいなぁ……」

「クロ、兄様と一緒がいいからやだ」

「……」


 クロの言葉にピクッとまたアリシナの眉が動く。そして彼女は嘆息すると、ジンを呼んだ。


「ねぇ、ジン君。クロちゃんにちょっと甘すぎるんじゃ無いかな? クロちゃんももう10歳くらいだよね? そろそろお兄ちゃん離れをさせたほうがいいと思うけど……」

「そうね。毎朝ジンのいる竜舎に潜り込んでいるのもどうかと思うの」


 ここぞとばかりにアリシナの言葉に同意するミラ。そんな彼女の様子にジンが表情を引きつらせると、アリシナは更に追い打ちを掛ける。


「へぇ~……。毎朝、ジン君が竜車で眠っていると、クロちゃんが潜り込んでくるんだね。まるで兄妹どころか、恋人みたいじゃない? それは保護者としてどうかと思うよ、ジン君」

「い、いや、クロはまだ子供だろ。言っても10歳くらいだし……」

「10歳って言えば、ジン君は軍の士官学校にいたよね? 10歳くらいのクロちゃんを子供扱いなんて。親離れをしていたジン君の言葉とは思えないなぁ」

「そうね。女の事同衾はどうかと思うのよ」

「うん、ここはミラさんの言うことが正しいんじゃ無い? こういうことが続くなら、私としてはジン君は竜車じゃ無くて、一人用のテントで寝て、ミラさんとクロちゃんが竜車で寝るとか方法があると思うけど?」

「もしくはジンがちゃんとクロに言い聞かせるとかね。いくらでも回避する方法はあるんじゃ無い?」

「ぐっ……」


 二人に詰め寄られて、どうしてこんな時ばかりとジンは居心地の悪さにいた痛くなりそうだった。


「ミラ姉様とアリシナ姉様って、すっごく仲良しだね」


 そんなジンの思いは露知らず、そろってジンに詰め寄る二人に、クロが無邪気に感想を口にする。すると、今度はミラが顔をしかめ、アリシナの眉がピクリと動く。


 そして二人は揃ってお互いに視線を向けて視線が交錯すると、互いに背を向けるように視線を逸らせていたのだった。



 ………………。



 イメダ領を出て早くも一週間――、帝国領西部の街道を進むジン達一行はいよいよ次の街にさしかかっていた。


「見えてきたな……」


 クロの手綱を引きながら御者台に座るジンが感慨深げに呟く。そこはかつてジンが絶望を知った街。西部の海運と交易の中心地である西の街・コロシオだったからだ。


 街の周囲を取り囲む防壁や、街に入る為の門も何一つ変わっていない。ただ少し違うのは以前に訪れた時はジンは軍服を着ていたが、今の彼は行商人という立場で寄ったことだろう。


「へぇ~……。ここが西の交易の中心地なのね」

「ああ。で……俺としてはここで炎の魔石についての交易を始めるのが良いと思うんだ」

「まぁ、妥当だとは思うけどね」


 御者台に座るジンと言葉を交わすミラ。


 そして、アリシナは竜車と併走するように馬を走らせながらジンの様子を伺い見る。彼にとってはトラウマにもなっている街の記憶。しかし、今のジンの様子には変わりが無いように見える。


(心配しすぎか……。あれからもう8年も経っているんだし……)


 ジンがここで何があったのかを、アリシナは人伝ながら知っていた。


 ジン達はそのまま門へと竜車を走らせていく。しかし今、その門の前には何台もの馬車や行商人が立ち止まっている。


 どうやら街では何かの式典が行われるようで、ジン達は街の外の商人達の列に並ぶのだった。

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